第17話「――あまり舐めてると本気で怪我するぞ、ババア」
「あら。私の名前を知っているのね? お嬢さん」
マズい!! 思わず母さんの名前をフルネームで口走ってしまった。
いや、母さんと呼ばなかっただけまだマシか。
怖気るな、フランク。今ここで弱れば、簡単に制圧される。
母さんは姿を現したのだ。
薄暗い教会の中、5年ぶりに親子で向かい合っている。
なんでこんなことになっているのか。
よりによって、なんでこんなところで出てくるんだ……ッ!!
「ご自分の有名さはご存じないのかしら? おばさん」
「フフッ、見え透いた挑発ね。2日前はお姉さんと呼んでくれたのに」
流石によく覚えているな。
まぁ、確かにこちらは目立つ組み合わせだった。
そして、今この瞬間も母さんはよく見ている。
シャミナード神父を押さえようと身構えているアンソニーに糸を伸ばした。
牽制のためにこちらも魔力を放つ。頬を掠める程度の破壊光線を。
母さんは全く動じない。ただの威嚇だと見抜いているのだ。
……さて、ここからどうするか。
こちらとしては母さんがあちら側に居るのだ。
一度、落ち着いて話を聞いても良い状況ではある。
しかし、母さんとしてはそうではないだろう。
今の俺のような子供を本気で殺しに掛かってくることはない、としても制圧は仕掛けてくるはずだ。こちらがシャミナード神父を拘束しようとしていたのと同じ理由で。
まず力で押さえつけた方が、優位を取って話を聞けると。
「ッ――――?!」
ゆらりと距離と詰めてくる母さん。その動きは独特で反応が一瞬遅れてしまう。
……これが父親であれば1回くらいは本当の喧嘩をしたこともあって手の内も知っていたのかもしれない。けれど俺は母さんの”魔法”しか知らない。
フレデリカという魔術師、その戦闘スタイルの半分しか知らないのだ。
戦闘における彼女の身体の扱い方を、全くと言っていいほどに知らない。
「あら、戦闘経験はあるみたいね? まだ若いのに」
近づいてきた母さんに向かって拳を放った。
全力ではないけれど魔力を乗せて強化した一撃を。
けれど、それは彼女の糸によって止められてしまう。
胴体に打ち込むはずだった一撃は、魔力の糸で編まれた網によって防がれる。
そして網は一気にこちらの腕を侵食してくる。
気づかれないように忍ばせていた1本の糸ではない。
束になった魔力がこちらに流れてくる。
「……へぇ、やっぱり分かったうえで対策してるね?」
「調べてきましたからね、ここら辺の魔術師は」
こちらを侵食してくる糸を逆流するように魔力を放つ。
弾けた魔力を持って、自然に距離が開く。
「ふぅん?」
けれど母さんは即座に床を蹴り上げ、こちらを鋭い蹴りが襲う。
間一髪で避けられたけれど、ガキの顔面を狙ってくるとは。
容赦がないな。母さんがここまで肉弾戦に強かったなんて知らなかった。
「っ、こちらが加減していれば……! 女の子の顔を狙うなんて!!」
「ふふっ、どうせ当たらなかったでしょう? 君さ、強いね――」
ステップを踏みながら放たれる母さんの拳を受け流す。
まったく何が悲しくて実母と殴り合っているんだ。
……父親のことを何も教えてくれなかった時も、どうしてこんな田舎から出て都会に行かないのかと思った時も、俺を祖父さんの所に置き去りにして方々を歩き回っている時も、ついぞ一度も殴ったことなんてないのに。
「――あまり舐めてると本気で怪我するぞ、ババア」
「良いね、本気を見せてくれるかな? お嬢さん」
自分自身に防御術式を展開し、そのまま突っ込む。
それを見抜いた母さんも攻撃魔法を放ってくる。
俺と同じような魔力光線だ。けれど俺の防御魔法も強化してきている。
今の防御魔法は、あの暗殺者にだって破れはしない。
「うそ、これで破れないなんて……っ!」
「――青ざめましたね?」
完全に懐に飛び込み、防御術式を展開したまま母さんの顔面に拳を叩き込む。
積年の思いはあったが、流石に本気で撃ち抜くことはできなかった。
拳を開いてしまったのは俺の甘さだ。
けれど、あちらはこちらの防御術式を破れない。
だから好き放題に攻撃できる。一方的に。
鳩尾にもう一発喰らわせてやろうか。
アンタを無力化できれば、完全にこっちのもんだ。
「っ――?!」
「ふふっ、若い若い♪」
放った拳を最適のタイミングで握られる。
展開している防御術式の外側。
母さんの握力は凄まじくて引き戻すこともできない。
そして、それに驚かされて頭が真っ白になっている一瞬。
そのせいで反応が遅れた。
床を這うように伸ばされた糸が、こちらの足から侵入していたッ!!
「ひゃあ、ぁっ――?!?!!」
不意の浸食、踵から太腿にまでせり上がってくる違和感に思わぬ声をあげてしまう。逃れようと暴れたせいで床に倒れ込み、そのまま母さんごと引きずり落ちる。頭を打つかと思った。けれど痛みは殆どなかった。
「……どうして、敵を助けるような真似を」
「まぁ、さすがに君みたいな歳の子に後遺症が残ったらコトだし?」
母さんの左手がこちらの頭の下に入ったのだ。
彼女は倒れ込む俺を庇ってくれた。
それでいて母さんの魔力は止まっていない。
完全にこちらを獲りに来ている。無傷とはいえ、拘束するつもりだ。
「っ、でも、負けません」
まだ自由になる左手で腰のベルトに手を伸ばす。
サイドバックルに仕込んでいたものを掴み、放り投げる。
「なっ、巨大化した――?!」
片手に収まる程度の人形が宙を舞い、一気に人間サイズへ変わる。
俺が用意してきたもののひとつだ。即席ではない練り上げたゴーレム。
これまでに造ってきたどのゴーレムよりも強い。
完全に鎧を着こんだバッカスをモチーフに造形した。
「……抵抗しても無駄ですよ。貴女に勝ち目はありません」
「っ、どうかしら? 糸は貴方の半分を蝕んでいるのよ」
「こんなもの、私の魔力で吹き飛ばせます」
といってもここまで深く浸食されていると無傷では済まない。
「やめておいた方が良いわ。足を治すには時間が掛かることになる」
「ッ……でも、私のゴーレムなら貴女の首を撥ねられます」
「そうしたらあなたの腰から下を吹き飛ばす、って言っても?」
至近距離、真上から母さんが見下ろしてくる。
彼女の赤い瞳が、こちらを見つめてくる。
「……”引き分け”で、手を打ちませんか?」
「そんなこと言って、私が糸を引っ込めたらこの子に襲わせるんじゃないの?」
「……しません、そんなこと」
そう言いながらゴーレムを縮小化する。元の人形サイズに戻す。
「良いわ、信じましょう――」
母さんが魔力の糸を引っ込めて立ち上がる。
……実はこのゴーレム、小さくても戦闘力は変わらない。
人間サイズと同じパワーで戦うことができるのだ。
けれど、それを使う必要はないだろう。
「正直、お互いに戦う必要はないって分かっていたでしょ?」
「はい。少しの不安と優位を取っておきたいという欲、ですよね?」
「まぁね、ここまでの実力者だと分かることに意味もあったし」




