第16話「あら。私の名前を知っているのね? お嬢さん」
「――礼拝日だってのに、閉まってやがるな」
シャミナードという神父が運営しているはずの教会。
ちょうど礼拝日だったこともあり、あの少年から聞いたこと以上の下調べはせず現地に足を運んでいた。素知らぬ顔で礼拝に参加すれば良いと思っていたが。
「しかもこの感じ、たまたま今週は不在とかじゃなさそうですわね?」
「……ああ、中に誰も居ないかどうかまでは分からんが、正門はしばらく閉じられたままって感じだな」
土埃に汚れた正門を閉ざす鎖を見つめ、アンソニーが呟く。
まさかこうなっているとは。
あの少年からもう少し聞き出しておくべきだったか。
「出直します? もう少しこの教会についてここら辺の人に聞いてみるとか」
「……それも手ではあるが、あまりしたくないな」
横目でアンソニーの視線を見つめる。
その鋭利さは、既に臨戦態勢という感じだ。
今日までの旅の中で一番鋭い視線をしている。
「どうして?」
「相手に俺たちの存在を気取られる。
情報を集めるということは、自らの存在を晒すということでもある」
……この話は、捜査官としての経験というよりも、斥候役としての経験から来る言葉なんだろうな。直感的にそう思う。そして、こいつがその気ということは。
「危ない橋を渡るぞ、付き合ってくれるか? お嬢ちゃん」
「ふふっ、私はまだ善悪の判断がつかない子供ですもの」
こちらの言葉を聞いてフッと笑ったアンソニーが軽々と柵を飛び越える。
まったく、トラップの警戒もしないとは。
いや、何も起きなかったということは既に見抜いていたのか。
そう思いながら足に魔力を纏わせ、宙を昇る。
柵を越えたところで一歩一歩、ゆっくりと降りていく。
「流石は魔法使い」
「仰っていただければ、伯父さまの分もご用意しましたのに」
言いながらアンソニーの半歩先を進む。いくつか警戒用の魔法を展開しつつ。
ここら辺、何を張るかが難しいんだよな。
敵が長けた魔術師であれば、警戒のための魔法に勘づいてくることも多い。
かといって無警戒であれば、単純な仕掛けに獲られる。
「――人の気配がある」
教会の扉の前、アンソニーが呟く。
こちらはこちらで魔力を放てば、その情報を確定することができる。
問題は、相手が魔術師でなくとも気取られてしまうことだ。
視線を送る。アンソニーは静かにこちらを制した。
そして扉に手を掛ける。彼のタイミングで入るというわけか。
ならばこちらもそれに合わせよう。
「――門は閉めているのに礼拝ですか? 神父様」
アンソニーが開け放った扉の向こう側、1人の男が立っている。
誰も居ないというのに恭しく祈りを捧げている老人が。
彼がシャミナード神父というわけか。
「……思っていたより遅かったな」
こちらを認め、杖をつき、向き直ってくるシャミナード。
俺たちが来ることを予想していたのか?
あの少年から話を聞いていたのか、別の事情か。
「最初から君たちが仕事をしていれば、こんなことにはならなかったろうに。
どうして、あの子のことをそっとしておいてやらなかったのか」
いったい何を言っているんだ……? 俺たちを何と勘違いしているのか。
「”アンタの口を封じに来た”とでも思ってるのかい?
逆だよ、殺し屋を20年も抱えていた聖職者さんに聞くことがある」
アンソニーの言葉で、情報が繋がる。
シャミナード神父は俺たちのことを殺し屋だと思っているのだ。
セドリックを雇った人間が口封じのために送り込んできたと。
「ッ、どの口が……!」
さて、どうしたものか。この神父自体が戦闘職には見えない。
教会は、魔法と似て非なる神の力を使える者たちを抱えていると聞くが。
どちらにせよ、一度拘束してしまうべきか。
逃げられる可能性は潰しておいた方が後々が楽になる――
(なんだ、この糸、どこかで)
――周囲を見渡した瞬間だった。
何か糸のようなものが、視界に入ってきたのは。
見間違いだろう。そう思って瞼を閉じ、開き直す。
けれど、一度認識してしまえば余計に鮮明に見えてくる。
魔力で編まれた糸が静かにアンソニーへ伸びていく。
そして俺は、この魔法に、この魔力に見覚えがある。
色と言うほど鮮明ではないけれど、確かに見える。
誰の魔法なのか、俺には分かる。
「伯父さま――っ!!」
アンソニーを突き飛ばし、彼を狙っていた糸を掴む。
予想通りそれはこちらの右腕を貫通してくる。
痛みはない。侵食し、支配する。それが彼女の魔法だ。
糸を用い、無機物有機物に拘わらず操作する。
マリオネットの魔法、独特すぎていくら教えられても真似ができなかった。
けれど対処法は知っている。今の俺ならば簡単にそれができる。
右腕に侵入してきている魔力を意識し、その向こう側にまで拡張する。
そしてそのまま、一気にこちらの魔力を流し込む。
これが対処法、完全に乗っ取られるよりも前に自らの魔力を逆流させるのだ。
「っ……出て来い! フレデリカ・ブライアント・サンダース!!」
こちらの魔力をもろに喰らったはずだ。
それでも姿を晒さないのは、さすが母さんというべきか。
母がここまで戦闘に長けた魔術師だとは知らなかった。
「あら。私の名前を知っているのね? お嬢さん」




