其の六 浪士、焼討
力士との事件のあと、近藤に散々怒られた。その後、近藤の素早い処置のため、大事にならず収まった。
しかし、この一件から近藤たちが力士たちに媚びを売るようになった。俺はそれが気に喰わなかった。
……いい気になりやがって。
俺はお梅の頬を撫でた。お梅はくすぐったそうにしながら、杯に酒を注いだ。俺はそれを、一気に呑み干す。
「芹沢はん? どないしました?」
俺はお梅見た。
……いつまでこいつの顔を見れるだろうか。
無意識のうちにお梅を抱き寄せていた。
お梅の頬が朱に染まる。
「芹沢先生」
平山の声だった。
お梅の顔が真っ赤になり、俺から離れた。
「何だ」
「大和屋庄兵衛が不逞浪士たちに一万両もの金を用意したらしいです」
「一万両どすか!?」
俺もお梅も唖然となった。
「浪士どもに金を出すが、我々には金を出せないと言うのか!!!?」
俺の大声にお梅は驚いた顔をした。そして、平間と新見が入ってきた。
「平間、新見、何人か集めろ! 明日の明朝、大和屋へ行く」
「はい」
二人は早速と部屋から出た。
「芹沢先生。明日はこの近くで相撲興行があります。また次の日にしたらいかがです?」
「そうどすえ?」
「知らん!! 俺はなぁ、あいつらに媚びを売っている近藤たちが気に喰わんのだ!! 何故俺が、相撲取りの世話をしなければならんのだ? そんなのやりたい奴がやればいいんだ!」
俺はあるだけの酒を呑んだ。
翌日の明朝。
俺たちは大和屋が店を開いて間もない頃に着いた。庄兵衛は居るはず。だが、番頭は主が居ないと言う。
「そこもとの主、庄兵衛は浪士どもには金を出すが、我らには出さんと言うのか?」
「それは……。庄兵衛はんが居ませんさかい……わてに聞かれはりましても……」
番頭は青ざめた顔で語尾を濁した。
「主は、夕暮れには帰って来よう」
「まあ……」
「ではその時に来る。とりあえず二百両ほど用意しておけ」
そうは言ったものの、夕暮れまで時間がある。
俺は一人、梅毒からの、死からの恐怖を逃れるため、ひたすら酒を呑んだ。
「芹沢先生。起きてください。陽が沈みますよ」
知らずに寝ていた俺を起こしたのは、平間だった。
外は朱色を帯びている。
「大和屋へ行きましょう」
「……あ!」
忘れていた。
数名の隊士に銃を持たせ、足早に大和屋へと向かった。
「番頭、庄兵衛は戻ってるだろうな?」
「それが……まだでして……」
数名を土蔵のある裏へ回した。
「では、二百両はどうなっている?」
「わてのような者に言われましても……」
「もうよい。庄兵衛の首より、もっといいものを見せてくれるわ!」
青ざめ、怯えている番頭を差し置いて俺は裏へ回った。
「火を点けろ! 全てを燃やしてしまえ!」
隊士たちは土蔵に火を放ったり、土蔵の中の品物を燃やしたりした。番頭はどうしようもなく突っ立っている。
野次馬も大勢集まってきた。
俺は燃やされていない土蔵の上に立ち、大声で叫んだ。
「我は尽忠報国の志、芹沢鴨であるぞぉ! 新選組筆頭局長であり、神道無念流免許皆伝をした! 芹沢鴨だぞぉ!!」
死ぬ前に、俺の存在を示しておきたかった。生きてることを確認したかった。
誰かに、覚えていて欲しかった。