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ほろほろ鳥も夢をみる  作者: Miki Kukiri
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短編:はらさか 後編 



(はらさか 承前) 


 《はらさかのことをおもい出したのは 中学二年生のときだ 俺のかよった地元の中学校は 部活動がたいしてさかんではなかったので 帰宅部の生徒と部活動をさぼった生徒が いっしょになって遊ぶことは よくあった 

 遊ぶと言っても 田舎なので娯楽がろくにない 誰かの家に やり終えたゲームをまたやるために集まる以外は 子どもっぽいばかなことばかりやった なにか時間をつぶす口実があれば なんでもよかったんだ


 《話すこともやることも尽きがちで 同級生が集まってもたいくつなだけだとおもわれてきたあるとき たしか秋だったか おれが……そう 俺が あの婆さんからきいた村はずれの坂の話をおもい出して 仲間連中に話してきかせた 

 仲間のなかに チェロとよばれているやつがいた 彼は 外国人の血でも入っているのか 白い肌にそばかすの多い めだつ顔だちで 瞳の色はうすかった どんな事情でそういう顔のつくりになったのか 本人にたずねたことはない 彼は周囲の他人の耳をいつも意識しているように 大きな声でしゃべった そしてふざけるときは 過剰なくらいにやってしまう性格だった いきおいがつくと容易にとまらなくなるのだが 誰かのアイディアを仲間が行動にうつすときは いつもチェロにはじめのいきおいを期待したものだ 

 このチェロが 俺からはらさかの話をきいておもしろがり じゃあ夜にその坂へ行って なにがおこるかたしかめてみようぜ と言いだした そして いつも彼の意見が通る習慣どおり 仲間の全員で行くことになった 

 ほんとうに強い興味がわいたわけではないし たたりがあるからやめておこうぜ なんて言ったやつも ほんとうにたたりをおそれたわけではなかった 全部ひっくるめて 俺たちのひまつぶしにすぎなかった 

 あのころの俺たちは 子どもだが子どもじゃない でも大人でもないという 中途半端な時間をもてあましていたので その時間をつぶせるなら 行動も 対象も なんでもよかったのだ おたがいの体をいじったり クラスの女子をよびつけてその体をいじったりしたように いわくのある坂道を ちょっといじってやろうとしただけだったんだ 


 《さっそくその日の夜に 問題の坂に行くことになった かならず懐中電灯を持参すること 家族には秘密にすることなどを決めて いったんわかれた そして晩飯を食べたあと 家をめいめいぬけ出して集まった いつもつるんでいる仲間で 来ないやつはいなかった…… 

 はらさかまでは 全員が自分の自転車をこいで行った 坂が近くなると舗装のされていない道路になった タイヤにふまれて小さな石がぶつぶつと音を立てた 

 俺たちの村から迂回せず到着したのは 坂の下がわだった 

 夜と言っても九時ごろで 子どもが外出するにしては遅いというていどの時刻でしかなかったが 坂には全体的に重い暗さがあった 夜がよどんでいるとでも言えばいいのか…… 空に月はなく かわりに秋の星がたくさん強い光を放っていた 空のほうがざわざわと生きものの気配を宿している気がした でもその星々の光は 坂のまわりにはまったく届いていないようだった 

 塚が黒く盛りあがっているのがわかった 道路のはすむかいに みすぼらしい電柱が一本立ちその電灯が 幼児がぐずるように ついたり消えたりしていた 

 俺たちは 迷ったが塚に自転車をよりかからせてとめた 電灯からの光がほどほどに届くし 草むらが あるていど隠してくれるからだ 俺たちの全員が 坂のたたりより どこからかあらわれて自転車を盗んでいく 人間の泥棒のほうを ありうるものとして警戒していた 


 《道は斜面の裾で急に曲がり 台地のふちにくの字を刻んで上へむかっているはずだった 坂道の途中に灯りがないので よく見えない 長さはだいたい五百メートル のぼりきった果てでふたたび急に道が曲がり 台地の上の野につながるんだ 小学生のときの記憶では その辺りにも塚があり 電灯もあったとおもうが やはり電球がふるいのか 上のほうでもかすかな光が強まったり弱まったりするのが 草木のあいだからもれているだけだった 俺にはそのようすが 下の電灯と送りあうなにかの合図に見えた 

 虫の声があまりきこえず 辺りはやけに静かだった 

 そんななか チェロが突然奇声をあげ闇にむかって走りだした そして うう こわいこわい と大げさな演技をしながらもどってきた いつものふざけだ 仲間たちも大きな声で笑ったり話をあわせたりした 内容のない言葉が坂全体に響いていった 眠っている生きものがいたら かならず起きただろう チェロははしゃいでみせてはいるが 来たことを後悔しはじめていて それを隠したがっているんだ と俺はおもった 

 俺はと言えば 別の意味で後悔していた 小学生のときのひとり遊びの場所に 中学生になってもどったことが ばかばかしくなったのだ まわりを巻きこんで話を大きくするのが好きなチェロに 自分のおもいついたことを不用意に伝えるのは もうよそう……と考えた 

 すぐに帰ってもよかったが チェロがそのうちまた ここへおもいつきで夜に仲間をつれてさわぎに来たがるかもしれない 今夜一回きりをつきあって なにもない つまらない坂道だとわからせたほうがいいとおもった 

 だから俺がみんなをうながして先頭に立ち あの婆さんがいけないと言った夜のはらさかにむかって 歩きはじめたんだ 


 《その夜のことをふり返ってみると 特別な事件はなにも起きなかったとも言える ゾンビが出てきたわけじゃないし 幽霊を見かけたわけでもない モンスターに襲われたりしたわけでもない 真っ暗な坂道を 懐中電灯をたよりに歩いて上まであがり また下までおりてきたというだけだ 

 だが 坂を歩いているあいだ中 ぞっとするような つめたい嫌な感じが そばにあった 踏んではいけないものを踏んでいる気がした 

 夜の闇が濃くて息苦しかった たいした長さの道のりでもないのに ひどく疲れた 

 ときどき なんのにおいかわからない悪臭が 鼻の穴に入ってきた 俺だけが感じているわけじゃないと見えて うしろを歩く仲間のなかにも 咳をするやつがいた 

 不快さから俺は怒ったようにどんどん歩いた 

 坂の上には 当然俺が一番目に着いた やはり電灯がそこにもあって ちかちかとついたり消えたりしていた 俺はふり返って 懐中電灯のあかりが六つ やや距離をおいたところから追いついてくるのを待った 

 全員があがりきって おたがいに顔を見あわせると みんな気分がわるそうだった チェロでさえだまっていた 

 途中で折りとったながい草を手に持って 路傍の草をたたいたり においを払ったりしているやつがいた しばらく誰もしゃべらなかった 

 突然 シューッと大きな音を立てて空を光が動いたので 俺たちはびっくりして空を見あげた 流れ星らしかった 

 俺はぐったりした気持ちで もういいよな 帰ろうぜ と言った みんなはうなずいた 

 坂をおりるときも 不快さをこらえながら しかしなんとなく走ってはいけない気がして 歩いてくだった 

 はらさかの入口である塚からみんなが自転車をおこし 道に出た 俺が一番最後だった 俺のもの以外の自転車はそこになかったのを おぼえている これでなんとか今夜の冒険は終了したとおもった 

 みんな自転車をこいで はらさかから離れた 俺が集団の尻についた 誰もうしろを見なかった 未舗装の道のせいか ペダルが重かったが だんだんとスピードを速めてこいだ 競走でもするように…… 


 坂が見えなくなりまあまあ明るい十字路に到着したので みんなとまって一息ついた 

 全員が言葉少なになってしまっていて チェロもしゃべらない だから俺がここからはめいめいに帰るようにと言おうとした 

 でも そのとき 気がついたんだ 


 ーーおい 誰かひとりいなくなってるぞ 


 俺が言うと みんな はっとして顔を見あわせた 誰かを はらさかに置いてきてしまったかと あわてたんだ でも 誰がいなくなったのか わからない 


 ーーたしかにいなくなってる 

 ーー七人いたよな 


 俺も 坂の上で 自分が持つもの以外の懐中電灯の光が 六つあったのを見たことを おもい出した 


 ーーぜったい七人いた 

 ーー置いてきちゃったんだよ 

 ーー誰を? 

 ーー迎えに行ってやらなくちゃ 

 ーーだから誰をだよ! 


 チェロが怒った声をはりあげると みんなだまった たしかめにもどる気には 誰ひとりなれなかった 


 ーー俺が最後に自転車をおこしたとき ほかに自転車はなかったよ みんな自転車にのってあそこに行ったんじゃないか そして自転車にのってもどってきた 俺がその一番うしろにいた まちがいない 誰も置きざりになんかしていない 途中でとまったりころんだりしたやつもいなかっただから……ほかにひとがいたような気がしているだけなんだよ いなくなったらおたがいわからないはずないだろ? 誰もいなくなってなんかいないんだよ だから…… 

 ーーだから……? 


 チェロがきいてきた 俺は疲れた気分でこたえた 


 ーーだから 今夜はもう帰ろうよ…… 


 俺の言ったことにみんな賛成して わかれた すぐたしかめにもどらなかったことは よかったのか わるかったのか ひょっとしたら まだ救えた誰かを切りすててしまったのかもしれない 

 帰宅がおそくなって 母親に叱られた 風呂に入ると いつもと変わらない夜のつもりになった


 でも眠れなかった はらさかに行ったメンバーの顔をひとりひとりおもいうかべた 誰かが欠けたのか 欠けていないのか どうしてもわからなかった 気のせいだとおもいこむには大きな不安が胸にあって 消える気配もなかった 


 《眠れずに次の日学校に行くと ゆうべの仲間が自然と集まった みんなもやはり俺とおなじ疑問と気味わるさを持ったままだった 

 ふしぎなのは 学校でも また村でも 中学生がひとり行方不明になったなどというさわぎはおきなかったことだった 

 田舎のたいくつな中学校生活が 進行していった 

 あの夜の仲間は 仲たがいしたわけではないが あまりいっしょに集まることをしなくなった 


 俺は はらさかをひとりでそっと見に行った もちろん昼間だ 中年男がのったバイクが坂道をおりてきて走り去ったので 少し勇気が出た 俺ははらさかの入口である塚のそばへ行った そしてあの夜の 自分が自転車をおこしたときの動作を再現してみた 

 暗くてもほかの自転車を見おとしたりはしていなかった と確信した 

 それでも 坂をふり返って俺はおもった


 ーーあの婆さんが言っていた はらさかがひとをくう話は ほんとうなのかもしれない くわれたことをまわりが気づかないまま 誰かがいなくなるんだ あの晩 やっぱり誰かがくわれたんだ 婆さんの父親や爺さんも きっと俺たちと似たような経験をしたんだ…… 


 あの夜の仲間は 全員村を出た 

 中学校を卒業してすぐに出ていったやつ 地元の高校を卒業してから出たやつと それぞれだ 日本の各地に散らばったが 連絡をたまにとりあうくらいの関係はつづいた 

 友情というより みんな 自分の感じていることを共有できる人間を 切実に欲したのだとおもう 

 実は 俺たちひとりひとりも 自分の内部から なにかをごっそり奪われた あるいはなくしてしまった という感じが ずっとしていて どうもあの夜以来のことらしいと おたがいに話すなかでわかった その感じは徐々にひろがってきていて とまらない 

 連絡をとるたびに みんな不安で不幸せなままだとわかり 重い気分になるが 一方で そんな状態にあるのは自分だけではないのだと 少しは安心もできる 

そしてゆうべとうとうチェロが死んだ たぶんあの夜以来 ずっとはらさかにじわじわと内がわからくわれていたんだ 

 仲間うちでは 物事はたいていチェロが最初にはじめたものだ つづくのは 俺かもしれない いや 一番尻かもしれない……》 


   *  *  * 


 そいつは酒をのんでも顔色があおざめたままで みぞおちの辺りを掻きながらうとうととし出して しまいには 魂でもくわれたみたいにがっくり力がぬけて 寝入ってしまったよ 

 テーブルの上で酒がこぼれたんで 拭いてやった そしてこの美少年のなれの果ての男に だいぶふえた勘定書をすべてまかせて おいらは居酒屋を出た 

 夜空には 星がまばらにあってちらちら光っていた 

 誰かさんが消えたのは 十字路でとまったときだったかもねえ とおいらはひとりごとを言ったよ 

 腹があれば口も尻尾もある 塚は腹にあたる部分の目安で はらさかとはもっと先までの おなじころつくられた道全部を言うのだから そのつもりで 大蛇の姿をした星にのまれたりからまれたりしないよう 気をつけろと 婆ちゃんがおいらに教えてくれたがね…… どうやらあいつには言い忘れたらしいさね 





          はらさか 了 






2019年2月24日に投稿サイト〈セルバンテス〉にて発表した作品『あの坂道に』を今回大幅に改稿し、タイトルも変更しました。 

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