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ほろほろ鳥も夢をみる  作者: Miki Kukiri
63/68

短編:はらさか 前編 



□はらさか 




 おいらが派遣で働きに行ってる 錆びた空き缶みたいな倉庫にな まわり中からそりゃあもう嫌われてる若い社員が ひとりいるんだ いつもいらいらしたようすでさ ちょっとしたことですぐ怒鳴りだしやがる 

 じつはこいつは 性格のわりにはなかなかいい男って(つら)をしている むかしは外見でカネをかせげるくらいの美少年だっただろうよ 

 いや 倉庫にパートで働きに来ている女連中の意見だよ 仕事中だろうと 大きな声でこんなことばかりしゃべっているやつらさね 

 だが その美少年クンの十年後のすがたになった男はな 日ごろから顔色がまあわるくてなあ…… みぞおちの辺りを掻くくせもあるんだわ 胃でもこわしているのかもしれねえね 

 で そいつが少し前に おとくいの怒鳴り声もあげないで しっぽを切られた犬みたいに静かにしている日があった 

 おいらはまあ 怒られようがばかにされようが気にしないたちなんで 年下のそいつともわりと話す仲だった それで 晩に居酒屋にさそって 沈んでいるわけをきいてやったのさ なにかあったのかい とね 


 ーーきのう 知りあいが死んだというしらせが来たんだ 肺ガンだったらしい…… 

 ーーへえ 葬式には行かないのかい 

 ーー弔電は打った 遠くに住んでいたんだよ 俺は故郷を出てここにいるが 彼も 故郷からなるべく離れたところに住みたがった 

 ーーおさななじみってやつかね? ああねえちゃん ビール大ジョッキでもうひとつ 

 ーーなじみってほど親しかったかどうか 田舎の中学校では 同じクラスになった何人かで いろいろばかをやったが 彼もそのころの仲間のひとりさ うん あのときの仲間はみんな故郷を逃げだしたな…… 


 なんだい たいした事情じゃなかったか とおいらはおもった だからてきとうに切りあげて帰ろうとした 

 すると そいつがおいらを引きとめて むかしのことを話したくなった どうかきいてくれないかと気弱に頼むのさ ちょっとばかり迷惑じゃああったが そいつのめずらしいようすに興味を引かれたもんで 腰をおちつけてきいてやることにしたよ 

 そいつはみぞおちの辺りを掻きながら ぽつぽつと話しはじめた 


 ーー知りあいが死んだことに あまりかなしい感情はない ただ あの夜に仲間で経験したことが やっぱり彼の死の原因である気がして この際いろいろとおもい出してみたいんだ ふだんはなるべく忘れようとしているんでね…… 


   *  *  * 


 《俺の故郷の村の はずれのほうに 隣村(となりむら)との境を通る 一本の坂道があって はらさか とよばれていた 

 むかしは 台地の上面に出る坂の上と 台地の裾である坂の下と それぞれに集落があったらしいが 俺に物ごころがついたころには どちらにも 一軒の家もなくなっていた 

 なに 別にほかの坂と大きくちがう形をしていたわけじゃない 荒れた原と原をつなぐだけの 細い坂道さ いつになっても舗装がされない いわく因縁があったが…… 

 学校の遠足行事の季節には 小学生がおおぜい通ったものだし 俺はさらにその坂で 速度をあげて自転車でくだる遊びを 何度もやった 自家用車だと すれちがうのに苦労するくらいの道幅で ほんとうに ど田舎によくあるふつうの坂でしかないんだ……昼間はな 


 《はらさかに夜に行ってはいけないと 俺にむかって言ったのは たぶん うちにたまに茶のみ話をしに来ていた 婆さんたちのひとりだったとおもう 

 うちのお婆さんは社交的な性格で ひまをもてあました婆さん連中がたずねてくると 家のなかにこころよくむかえ入れたものだ 俺の親父とおふくろが共かせぎで留守がちだったことも うちに集まりやすかった理由だろう 

 この うちにたむろすることを好んだ婆さんたちのなかに かつて坂の下にあった集落の 子孫すじのひとがいたんだ そのひとがはらさかで雑草を刈っているのを 見かけたことがある とくに 坂の脇にある塚……土饅頭(どまんじゅう)と言うのか 盛りあがった土の塊を ていねいにととのえていた 坂の上にも塚があって 本来は上の集落の子孫すじが整備しなければいけないのだろうが もう誰も手を出したがらないと見えて 草がいつも生いしげっていた 婆さんも 坂の上まで整備をやってあげる気はないようだった 婆さん以外のひとがはらさかで草刈りをしているのを 俺が見たことはなかった 


 《うちのお婆さんが死んでしまって うちによく来ていた婆さん連中も いっせいに寄りつかなくなったのだが 坂でたまに見たあの婆さんだけが 一度 俺を(・・)たずねてきた 

 俺が小学校六年生のときだったか ひとりで留守番をしているところに 縁側のほうへかってにまわった婆さんが 田舎ものらしい 使い古しの雑巾のような顔で ぬっとあらわれたので おどろいた 迷ったが家にあげて 見よう見まねで茶も出した 茶菓子は出さなかった なにをしに来たのか知らないが はやく帰ってほしかった 

 仏壇に手をあわせたあとで 婆さんが言うには ーーあんたのお婆さんが亡くなりなさって わたしももうすぐあの世へ行くとおもうが あんたをあの坂でよく見かけたことが少し気にかかって こうしてたずねてきた とのことだった 


 ーーあんたのお爺さんとお婆さんには わたしは恩がある それをこの世でろくに返せなかったのは あの世でわびねばならんのだけども あのひとたちの孫であるあんたが あのおっかないはらさかにくわれるのを とめもせんで死ぬわけにはいかんとおもったんだわ 


 なんのことを言っているのだろうと不審に感じたし もう坂道でたあいもない遊びをくり返すこともしていなかったのだけれど 婆さんの光るような小さな目に圧倒されて そのままつづきをきくことにした 


 ーーはらさかは ほんとはとてもおっかない場所なんだよ 道がひとをくうといううわさがあって わたしがむかし わたしのお爺さんにきいたら まことだと言っていたわね 

 坂の上と下に 塚があるでしょう あれはな なにものかの墓なんだわね それだから 荒らすとものすごくたたるそうなんだわ だすけ わたしも親からならったとおり 草刈りとかお供えとかをしていたんだがね…… 


 たたりという言葉には 少し興味を持ったけれど 話自体は信じなかった 遠足で通ったとき ふざけた生徒が道の脇にそれて あの塚の上にのぼったりしていたものだが たたられたらしい出来事なんか なにもきいていなかったからだ 


 ーーあの塚はな 仲のわるい領主どうしがけんかしながら話しあって 荷駄の通れる道をあそこにひらくことをきめた際に 工事がうまくいくよう こわいまじないをしたあとなんだよ なんでも いけにえとして大きな黒蛇のような生きものを殺して ふたつに分けて坂の上と下にそれぞれ埋めたのだとか……そんな気味のわるい話が残ってる 

 ーー蛇のような生きものって? 

 ーー星さね 

 ーー星? 急に意外な言葉が出てきて 俺はおどろいた 

 ーーはらさかの道を作るよりもずっと前の時代に 空からあの坂の辺に星がおちてきたそうさね それを祠をたてて神さまのようにまつっていたらしい ところがこのお星さま 空に帰ることをしないかわりに 夜になると黒い蛇の姿であちらこちらへと這っていって 人間にからみつくくせがあったんだと とくに若い男の子がお好きだったとか 

 その黒蛇のお星さまを工事のときとっつかまえてふたつに切った すると 血ではない嫌な色の汁がだらだら流れ出て 辺りがとてもなまぐさくなった 黒蛇の目がちかちかと光った それであわてて埋めて塚をつくり まじないをすませたということさね わたしのような あの辺にもともと住んでいた人間の子孫のあいだで ずっと伝えられてきた話だよ…… 実際あの坂を通ると妙なおっかなさを感じることがあったから ほんとうのことだとおもったほうがいい 

 あの坂の近所に誰ひとり住まなくなったのも 星のたたりだって言うひとはおるし 土建屋だの不動産屋だのでさえ かかわりたがらないそうだしねえ 


 《ひとが住まなくなったりしたのは ただ単に不便だからだろうと 俺はおもった なんだか話をききつづけるのがばからしくなってきた 


 ーーでもお婆さんはあの坂で草刈りをしても 結局なんともないじゃないですか 

 ーーそれはやっぱり 作業を明るいうちにしているからだよ 昼間はあの坂だって どうってことはないんだわね 

 こわいのは 夜だよ 夜にはらさかでさわがしくしたらいけない いいかね 夜にははらさかを通るだけでも考えなしに運をためすことになるんだ わたしのお爺さんも父親も きびしくわたしに言いつけたもんだよ はらさかにくわれた人間がほんとうにいるんだとね 誰のことだとか 名前はきかんかったがよ…… 


 そのあと 話のながい婆さんに なんと言って帰ってもらったのかは おぼえていない それ以来 家でも外でも この婆さんの姿を見たことはない おそらく自分で言ったとおり まもなく死んだんじゃなかろうかとおもう 

 村のはずれにある坂になんぞ もう用はなかったので 警告なんてされてもされなくても 俺は行かなかった 




         はらさか 後編につづく 





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