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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第四次空襲警報 第三次世界大戦
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第九話 銃声の響いた日 前編

 真田さなだはパラボラアンテナを組み立てていた。だが、ふと気が付いたのだが、庭先でアンテナを組み立てとしても、どうやって屋根にまで上るのか。

 あいにく真田はそこまで力仕事に向くタイプではない。

 持ち上げることは出来ても一人で屋根にまで上り、そこでアンテナを固定するなど、出来るはずもなかった。

 そこでようやっと、無駄なことをしている、ということに気が付いた。

「出来そうですか?」

 隣でその作業を見ていた吉野圭一よしのけいいちが問いかける。

「いや、無理だろ」

 呆れ果てたような顔で振り返った真田に吉野は苦笑いを浮かべた。

 実際に祖父がパラボラを設置する時には業者に依頼していた。一般的なテレビの電波を受信するパラボラとは違い、それよりも一回りも大きい。

 おかげで大層な出費となり、その日の祖母の怒りが爆発したために、その日のうちに他界したとも聞いた。

「だったらなおさら無理だ」

 業者という単語が時点で真田は諦めることにした。だから、と言ってぼうっとしているわけにもいかない。

 どうしたものか、と次の手を考えて、空を見上げた直後だった。

 ずしん、と隣の家に嘴が突き刺さるのを見た。

 家の中で目を覚ました三浦紗枝みうらさえが再び悲鳴を上げていた。

 その声に後押しされるように、吉野もまた悲鳴を上げた。

「なんでウッドペッカーが」

 真田には天川結衣あまかわゆいが現れたように見えた。だが、そこから姿を現したのはむさくるしいおっさんだった。

 黒いスーツを着ている。だが、頭につけているヘッドセットは天川が搭乗する時に身に着けているものと酷似していた。

 とっさに真田は銃を取り出す。その速さに負けじと男もまた銃を取り出していた。

 互いの銃口がにらみ合う。

「グレゴヴィッチさん!」

 殺伐とした空気を吹き飛ばしたのは吉野の嬉々とした声だった。

 真田はようやっと吉野が指していたあの人と日本人というキーワードが一致した。

 目の前にいる男は真田が知るグレゴヴィッチではない。見たこともない男だった。

 目の前に立つグレゴヴィッチの表情からも真田に対する何かを探ろうとするような目を向けられているのを感じた。

 互いがどういう立場なのかを互いは知らない。

 吉野がいなければ、真田は即座に引き金を引いていたことだろう。

 グレゴヴィッチが立っているのはウッドペッカーに似た姿をした飛行物体。音もなくこの距離までやってきたのだ。

 今の彼にとっては脅威以外の何物でもない。それ故に、真田は銃を下ろすことが出来ない。

 グレゴヴィッチも同じだった。だが、経験の差が警戒心を鈍らせた。

 上空からすでに真田の姿は見えていたのだ。本来ならば離れたところにクリューブで降下し、徒歩で近づいて様子を見るべきだった。

 ロシアへと単身乗り込み、敵と交戦し、日本へと帰ってきた。その道中にも日本空軍と交戦し、疲弊してたどり着いた先だった。

 その疲労もまた彼の判断力を鈍らせた結果なのだろうと思った。

 今も右手に銃を握ってはいるが、疲れ切った頭ではしっかりと狙いを定めることは難しかった。

 未だに体の芯が震えている。たかだか数十分のやり取りだというのに、何時間もマラソンをさせられたような疲労感だった。それを悟られまいと必死だった。

 毅然とした態度を取り、目の前の男を見据える。男の銃口は一瞬たりともぶれる気配はない。隙を見せればすぐにでも怒鳴り声を上げて弾丸を吐き出すような形相を見せている。

「あんたは何者だ?」

 真田はゆっくりと問いかけた。

「わ、私はグレゴヴィッチだ。お前こそ誰なんだ」

 実に弱腰である。だが、それ故に真田は安堵した。こういったやり取りに慣れていないということをその一言で理解する。

「所属はどこだ」

 真田は答えの代わりに、一方的に質問を投げつける。

「・・・FSBだ」

 グレゴヴィッチは下手に出ることを選択した。言わずもがな真田に対して自分が弱者であることを認めるも同然だった。

 もちろん、グレゴヴィッチもそれは理解していた。理解していたからこその選択だった。

 同じポーズを取っているにも関わらず、今にも飲み込もうとするかのような威圧感。

 彼はすでに蛇に睨まれた蛙だった。いや、すでに胃の中の蛙と言った方がしっくりくるかもしれない。

 下手に出ることを正しいと認識した時点でグレゴヴィッチはすでに飲み込まれているのだ。

「目的はなんだ」

「あんたを探すこと」

 誠実でいようと思った。それこそが、今を打開する策であると判断した。

 グレゴヴィッチは敵意がないということを示すように片手を上げながら、ゆっくりと銃を足元に置いた。

「何のために」

 グレゴヴィッチはわずかにためらった。だが、嘘を吐けと命じられてポンと嘘を吐けるほど、彼は器用ではなかった。

「殺せと命じられた」

 率直にその事実を伝える。その事実に誰よりも吉野が衝撃を受けた。

 吉野はグレゴヴィッチがそのようなことをする人物だとは思っていなかった。彼にしてみれば、グレゴヴィッチはヒーローである。

 当然、吉野の目にそう映るように仕向けたのはグレゴヴィッチだった。

 誤算は雪のように降り積もり、その層を厚くする。

「誰にだ」

 今の真田には目の前の男を信用することが出来なかった。

 グレゴヴィッチという男。それは真田にとって最も強敵であると同時に、最も信頼に足る男。

 その名を名乗る男が、彼と同様に信頼できるとは思えない。ましてや人間を操るという超常現象を容易にこなしてしまうほどの相手。

 目の前の敵を見定める。

冴島さえじまという男だ」

 聞き覚えはない。だが、見当はついた。

「ロシア人、身長は一九〇。グレーのスーツの白髪の男か」

 グレゴヴィッチはわずかに驚き、静かに頷いた。

 やはりか。

 ゴーストとの接触があったという事実。グレゴヴィッチを名乗る男をここで殺すという選択肢が消えた。

 真田を殺す。その命令を彼が知るグレゴヴィッチが下すとは思えない。それは理屈の通らない直感。

 友と呼んでくれた男を、ただ信頼する。それだけのこと。

 真田はゆっくりと銃を下ろした。

「俺は真田。いや、わたる・ニコエラヴィチ・エリツィン。グレゴヴィッチ、俺に力を貸せ」

 グレゴヴィッチを名乗る男を信用できない。ただ、グレゴヴィッチという男を信頼したかった。

 それは友に対する贖罪なのか、真田にもわからなかった。

「どういうことだ」

 グレゴヴィッチもまた揺れていた。その力強い言葉と共に差し出された右腕。

 その腕に手を伸ばしかけた。しかし、すんでのところで止まった。

「お前と同じ名前の友がいた。それだけだ」

 だから、手を握ろ、とばかりに真田は手を差し出す。

 グレゴヴィッチはあきれ果てた。つい先ほどまで互いに銃口を向け合っていたはずだ。だが、今度は一方的に握手を求めてきている。

 何よりもグレゴヴィッチが呆れ果てたのは、自分自身だった。

 自分とはなんと容易い人間なのだろうと思った。

「あぁ、友よ」

 嘆息を一つ吐き出すと、真田の手を握りしめた。

 道理や理屈にまみれた世界で、道理や理屈をひっくり返した繋がりが一つ生まれた瞬間だった。だが、そこから生まれたヒロイズムが一つ壊れる瞬間でもあった。

 吉野は警戒する。目の前の二人が行う奇行の真意。

 吉野は思い出す。三浦を守るという使命とリュックの中に隠された猟銃の存在。

 吉野はただ、思考を巡らせる。誰よりもよくない方向へと。

 

「これが、俺がホラート・シャフィル山で手に入れた日誌と俺が見てきたものだ」

 吉野よしの宅にて真田さなだとグレゴヴィッチは向かい合っていた。そして、グレゴヴィッチは自らの目で見た事実を述べた。

 ホラート・シャフィル山、ディアトロフ峠に突き刺さったタワーの存在。

 そこに現れた無数の鉤爪ドーチカ

「俺には日誌は読めんが、エリツィンは読めるのか」

 グレゴヴィッチという皮を被った男にとっては未知の言語だった。

 真田はあきれたようにため息を吐き出した。

「お前は本当にFSBか?母国語だろ」

 グレゴヴィッチは困ったように頭を掻いた。

 その理由をグレゴヴィッチはまだ知らなかった。

「核弾頭が落ちた地点の観測報告書だ」

 どの地点に置いても放射能は検知されず、原因不明の変死体を発見した。爆心地においては未知の建造物を発見する。

 グレゴヴィッチ自身が見た情報よりもはるかに有力な情報である。

 そのタワーを調べる必要がある。探索隊を襲ったタロンの群れ。その存在が彼らを待ち構えていたという事実が、その地点を調べるというには十分すぎる理由である。

「それでどうするんだ」

「その通り」

 だが、調べようにも真田は動くことが出来ない。グレゴヴィッチにエイワックスまで運んでもらうという手もあったが、真田の予想通りグレゴヴィッチもゴーストに狙われている。当然、真田も標的の一人である。

 二人で行動をしようものなら、カモがネギを背負って歩いているようなものだ。

 出来ることなら、それは避けたい。かといって、グレゴヴィッチにメッセンジャーを頼んだとしても、容易にエイワックスまでたどり着ける保証も、エイワックスがグレゴヴィッチを受け入れてくれる保証もない。

 せめて、真田の声が届けば。

「確かに」

 グレゴヴィッチも同様に頭を抱えた。

 真田の状況を理解し、自分の状況も重ね合わせ、そのうえで出た一言だった。

 凡庸な頭とはなんとも不都合極まりない。

「アンテナが何とかなればな」

 真田は窓の外で横たわる大きな皿を見た。物憂げに空を見上げている姿には憐みすら覚えた。

「壊れてるのか」

 ずず、と吉野圭一よしのけいいちが出してくれた湯気を上げる湯呑に口をつける。

 グレゴヴィッチは一瞬顔を歪め、舌をチロりと覗かせて口を閉ざした。

「・・・猫舌か」

 あまりにも可愛げのない姿に真田はジト目で尋ねた。グレゴヴィッチはわずかに恥じらいながら小さく頷いた。

 うげ。

「とりあえず、無線機自体は生きてるけど、あれが壊れてるから受信も送信も出来ないんだよ」

 ふむ、とグレゴヴィッチは考える。

 しばらくの逡巡。

「俺なら出来るかもしれん」

「マジか」

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