第八話 ジョーク
こちらエイワックス、真田、応答しろ。
こちら真田、どうした。
ゴーストがまた厄介なことしてくれた。
説明しろ。
中国を攻撃した。
場所は?
ほぼ全域だ。奴ら舐めてかかってきてるのかわからんが、少数機で一つ一つ街に攻撃しやがった。中国そのものを襲った機体は数百だが、中国の軍事力じゃタロン一機でも首都は壊滅するぞ。
だろうな。スケアクロウにはまだキャットは引っかからないのか。
あぁ、ネガティブだ。キャットもわかってるんだろう。ましてやタロンにも日本での動きはない。これじゃスケクロウは文字通りただの案山子だ。
こっちも車は見つけたが、どうやら尾行がバレてたみたいだな。
なんだと!?
相手はあの幸村だぞ。近づきすぎたんだろう。女だと思って甘く見て、俺らが到着する前に確保しようとしたんだろうな。二メートル近い巨漢が伸びていたぜ。
あのバカ。
ははは、さすが俺が選んだ女だろ?
あぁ、お前に似てホントにバカだ。
まぁ、そういうな。バカを捕まえるのはバカの役目だよ。
そう願うよ。あとは頼むぞ。
あぁ、通信を切る。
ったく、あのバカすげぇな。コイツやったの絶対あいつだぜ。え?そりゃ俺がたたき込んだからな。次?そうだな。車は手放してるし、車輪の跡から見ても時間は経ってない。近くにいるだろ。織田、民家の方に回れ、アイツならそこらの車を拝借して、すぐに移動するぞ。その前に確保だ。街の出入り口に二人ずつついとけ。絶対に二人で手を出すなよ。街の中は俺と斎藤が捜索する。織田、そいつらとの連絡はオープンで密にしとけ。俺と斎藤のことは話すな。あいつ、きっと、もう聞いてるぞ。ほら、斎藤!ケイ連れて早く来い。港があるぞ、港が生きてりゃ魚介が食えるかもしれんな。え?わーってるって。仕事はするよ。とりあえず腹が減ったんだよ。缶詰はお前らにやるから、それくらいの贅沢は許してくれ、ははは。
こんにちは、番組を中断して臨時をニュースをお送りいたします。
こちらは現場の王・李玲です。
私は今、上海南部に蘇州、 無錫、昆山一帯と隣接する工業都市に来ています。
私の正面に見えますのがロシアのゲローイ・スラーヴァ社が保有する子供向け玩具の生産工場なのですが、昨夜遅くに行われたアメリカによる中国全域に対する攻撃を受け、建物が破損しているのが見えますでしょうか。
煙突は傾き、建物の一部が倒壊しています。見えますでしょうか。現在はロシア軍と日本の軍隊が周囲一帯を立ち入り禁止としています。
なぜロシア軍と日本軍が出動しているのかはわかりませんが、彼らの説明によりますと、大量の放射能物質を確認したということです。
こちらの工業地帯には原子炉はありません。また激しく倒壊の様を見せているのはゲローイ・スラーヴァ社が保有する子向け玩具の生産工場だけです。
軍が立ち入り禁止としている一帯というのもゲローイ・スラーヴァ社が保有する生産工場を中心としたエリアとなっています。
なぜ日本軍が中国の地に来たのか。そして、迅速過ぎるロシア軍の行動、なぜ我が国の軍が現場にいないのか。
詳しい情報が入り次第、お伝えいたします。
王・李玲が現場からお伝えしました。
もしもし、誰だ?
やぁ、友よ。
・・・誰だ?日本人じゃないな?
ははは、日本語の発音とは実に難しいな。中国の件、迅速な行動に感謝している。
アメリカの者か?
あんな野蛮人と一緒にしないでくれたまえ。我々は同じルゥカヴァディーチリの元に戦う同志ではないか。
ロシアの人間が私に何の用だ?
あぁ、アメリカの軍事テロの件だ。君らに協力したいのだが、どうかね?
見返りは何だ?
勘違いしないでくれ。ちょっとした協力を要請したい。少女を探しているんだ。日本の旭山市で消息を絶った。
少女?ロシアの空軍を顎で使う中将にそんな趣味があるとはな。
日本人がジョークを言うとはな。なんとも質の悪いジョークだ。まぁ、いい。それで、私のジョークはいらんかね?
了解した。話してくれ、情報提供者よ。
奴らの早期警戒管制機の位置を捕捉した。北海道の旭山市上空だ。
我が軍のレーダーには捉えられていない。何もないぞ。
あぁ、何もない。レーダーには映らない。目にも見えない。だが、ルゥカヴァディーチリは見える。それが真実であり、お前たちに与えられる情報であり、任務だ。
随分上から物を言うのだな、友よ。
防衛大臣浜田清一よ、我らがルゥカヴァディーチリの声を聞け。姿なき野蛮人をどうするのかはお前たちの自由だ。だが、情報は聞いただろう?少女を捕らえろ。
随分ご執着のようだな。
あぁ、大事な友人を殺されたものでな。
そうか。冥福を祈るよ。情報提供には感謝する。少女の捜索もこちらで行おう。
助かる、友よ。後ほど写真を送る。名前はユイ・アマカワ。
了解した。協力に感謝する。
あぁ、祖国は聞いている。
ふん、質の悪いジョークだ。グレゴヴィッチよ。
神崎颯太は黙々と歩き続けた。テントの中で回収したリュックを背負い、夜の間もあるいた。だが、車でも二、三時間はかかる道程だ。挙句、道路も荒れ果て、必要以上に体力を消耗させられる。
ふぅ、と一息吐き出し、道路の端っこに座り込んだ。足にはまだ余力がある。一時間程度休めばまた歩き出せるだろう。
テントから拝借してきた水筒の水はまだ十分ある。食料も今日と明日の分がある。節約すれば三日はもつだろう。
途中には町がある。最悪そこのキャンプでまたいろいろ分けてもらえることが出来れば、旅は楽になるだろう。
我ながら自分の行動力に驚いていた。ついこの前は天川結衣に手を引っ張られてようやっと歩いていたはずなのに、今の颯太は自分の意思で大地を踏みしめている。
そのことにわずかに感動を覚えた。
思えば様々な瞬間を思い出すと天川に手を引かれている自分がいた。颯太の視線の先にはいつも天川がいた。
初めて出会った夜、天川に誘われるようにブランコを漕いだ。
天川が初めて目の前で空を飛んだ時、天川は大丈夫という言葉を口にして去っていった。
授業中の日常、視線を向けた先で天川の視線とぶつかった。
いつも天川に惹かれていた。
どうしてそのことを忘れていたのだろうか。
疲れていたのだと思った。
たくさんいろいろなことがあった。
目の前で友人が傷つき、ムキになって天川の言葉を遮った。
天川が人を殺すところも目撃した。
動物を当たり前のように殺す天川も見た。
それらすべてが颯太のためにしてくれた行動であるということをいまさらになって理解する。いや、理解はしていたのだ。受け入れていなかっただけ。非現実的過ぎた現実が、あまりにも怖かったのだといまさらながらに理解する。
少し眠っていたから、天川の強さも、自分の弱さも受け入れることが出来たのだと思った。
怪我の功名とはこのことを指すのだろう。
思った以上に遠回りをしてしまったが、ようやっと向き合うことが出来る気がした。
もう背中を追いかける颯太ではないのだ。今度顔を合わせる時、気持ちを伝えようと思った。
ようやっと、勇気を振り絞る覚悟が出来たのだ。今まで振りかざすことの出来なかった勇気が、颯太の体を奮い立たせる。
今までに実感したのことない高揚感が颯太の原動力となっていた。そろそろ向かおうかと立ち上がろうとした時、
「おいついた」
ふいに聞こえた声に顔を上げると桐野柚葉が立っていた。
肩で息をして、見ただけでもう体力の限界だということがわかる。桐野はぜぇぜぇ言いながら颯太の横に腰を下ろした。
手にしていたペットボトルの水を一気に半分ほど飲み込むとぷはーと息を吐き出した。
「え?なんで?」
どうして彼女がいるのかわからなかった。しかも、明らかに疲労困憊の様子だ。
桐野はしばらく呼吸を整えるように、深呼吸を繰り返すとうっすらと笑みを浮かべた。
「だって、」
もう会えないような気がしたから。桐野はその言葉を飲み込んだ。
「旅は道連れでしょ?」
弱弱しく笑うと桐野は、はぁ、とため息を一つ吐き出した。
桐野の深刻そうな横顔に颯太はそれ以上問い詰めるような真似は出来なかった。
持ち上げた腰を再度落ち着ける。
「他のみんなには?」
エプロンを着けた三国直子の顔が浮かんだ。
颯太を追いかけるように言ったのは三国だった。テントの中で様々なものを物色している後ろ姿に三国は気づき、桐野に最低限の荷物を突きつけた。
「行きなさい」
怯えるように颯太の背中を見ていた桐野に小さなバックを手渡す三国の目はまっすぐだった。
桐野は颯太の質問に首を横に振ると恥ずかしそうに笑った。
「黙ってきた」
まるで、家出してきた子供がそれを誇らしく思っているかのような口ぶりだった。
「神崎君こそ、どこに行くの?」
ふと颯太から視線を外すと桐野は俯きがちに言葉を紡いだ。
その答えを聞くことを望んでいないかのようだった。耳をそばだてながらも、その答えに怯えている。
颯太は道の向こうを見ていた。桐野の姿は颯太の目には映っていない。
ぎりと奥歯を噛みしめた。
「海だよ」
静かに響いた漣のような声に桐野はどこか安心した。けれど、そこに天川という存在がいるような気もしていた。
それが男なのか、女なのか。そして、颯太にとってどういう存在なのか。最悪のケースを想像していた。だからといって、引き返そうなどと提案できるはずもなかった。
「そっか」
ただ、受け入れることしか出来なかった。
「おなか空かない?缶詰でよければあるよ。水も多めに持ってきたから、よかったら飲む?」
沈黙に耐え切れなかっただけだった。それは優しさでもなんでもない。それとわかっていながら、桐野は少しだけ泣きたくなった。
気遣わないでほしい。いっそ、あっちへ行け、と追い払ってくれた方がよっぽど諦めがついたのに。
「おなか空いちゃった」
瞳を潤ませて笑う。精いっぱいの笑顔に颯太は優しく笑い返してくれた。
それが少しだけ苦しいと思った。
恋をした。
質の悪いジョークだ。




