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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
再び攫われるに至った理由
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六話 神ノ望ム星

 ディーと一番親しいのは『星狩り』で働くミラだと口を揃えて言う双子と共に、ルークはまだ営業前の食堂兼酒場の扉をくぐった。一人で構わないと言ったのだが、全く聞き入れてはくれなかったため、仕方なく連れてきたのだ。

 厨房にいた『星狩り』の主人――キールが隣でそう呟いた――にミラの所在を訊くと、返ってきたのは大きな舌打ちと否の言葉だった。


「ミラに会いたいだと? あいつはもうここにはいないぜ」


 『星狩り』の主人は、野菜の皮を剥きながら怒りを含んだ声でそう言った。水の入った木桶の中で乱暴に洗い、手荒く皮を剥いては叩きつけるように芋や人参を鍋に放りこんでいく。手慣れた手つきだが、ふとした瞬間に包丁をルークたちに向けて振りかざしてきそうな何とも言えない恐さがあった。

 マールとキールに至っては、『星狩り』の主人と相対した瞬間からルークの背に隠れてしまっていて、孤児院で一緒に行くと言ったときに見せた強気な態度は、綺麗さっぱり消え失せていた。


「三日前に突然辞めるなんぞと抜かしやがって、それっきりさ。こっちはいい迷惑だよ」


 だんっ! 野菜の皮を剥き終わった『星狩り』の主人は、今度は肉を捌きはじめた。俎板まないたの上に置かれた何かの肉の塊が、主人が包丁を振り下ろすたび小さくなっていく。背後から小さな悲鳴が二つ聞こえてきたことに、内心溜息を吐きながらルークは口を開いた。


「辞める理由を訊いたか」


「当然だ。だが、ただ辞めるの一点張りだったよ。ったく、ここを辞めても行くところなんてないはずなのに、どこに行っちまったんだか。人に恨みを買うような女でもなかったから、誰かに追われてるなんてこともないと思うんだがな……ん? いや待てよ、そういえば」


 肉を捌く手を止めて、『星狩り』の主人は包丁を持ったまま腕を組んだ。


「どうした」


「辞めた日の朝、あいつ店の前で男と会ってたな。ミラは人気があったから誰かに呼び出されるなんてことは珍しくもなんともないんだが、あの日の男は初めて見る奴だったから印象に残ってんだ」


「ど、どんな男だったっすか? 二人の会話とか聞いてたりしないっすかね」


 ルークの後ろから顔だけ出して、キールが訊ねた。おそらくこのままでは賞金稼ぎの名がすたるとでも思ったのだろうが、『星狩り』の主人が俎板に包丁を勢いよく突き立てるのを見て、すぐに首をひっこめた。


「兄さんより少し若いくらいの男だったと思うぜ。この国の奴じゃねえ。剣以外に折りたたまれた小型の弓を装備していたから、多分クルディアの人間だ。前にここに泊まったクルディアの賞金稼ぎに同じような弓を見せてもらったから間違いねえ。折りたたみ式の弓なんざ、この国で売ってねえからな。なんでも、あの国は狩りが出来なきゃ生きていけない地域が多いらしいじゃねえか」


「クルディアの人間がミラと会っていた……どういうことだ? 主人、話は聞いていないのか」


「俺の姿を見た途端、男は人ごみに消えちまったからなあ。ショーグの姪がなんとかって言ってたと思うけどあんまり自信ねえわ」


 ちょうど店の前を馬車が通ったからな、と言ってまた肉を捌き始める『星狩り』の主人を横目に、ルークは彼の言葉を頭の中で何度も反芻はんすうした。


 (ショーグの姪、ショーグの姪、ショウグノメイ……そうか、そういうことか)


「忙しいときに悪かった。これは礼だ」 


 懐から銀貨を三枚取り出し、すぐ傍の机の上に置いて『星狩り』の主人に背を向ける。聞きたいことは全部聞けた。もうこの場所に用はない。


「こんなに貰っていいのか? 大したことは喋ってねえと思うが」


 野菜の入った鍋に水を入れていた『星狩り』の主人が銀貨を見て眼を丸くする。


「いや、十分役に立った……最後に一ついいか」 


 扉に手をかけようとして、ルークは立ち止まって後ろを振り返った。 


「なんだい、何でも訊いてくれよ」


「ミラがどこの国の生まれか知っているか」


「クルディアさ。着の身着のままでイシュアヌに来て行くあてもないから雇ってくれって泣きつかれたんだ。まあ、こっちとしちゃ真面目に働いてくれればどこの生まれでもよかったからな。あいつが働くようになって客も増えたし」


 また誰か雇わないとよその店に客を奪われるとぼやく『星狩り』の主人に礼を言って、ルークは店の外に出た。途端に朝の賑やかな喧騒が耳に入ってくる。大きな籠を背負って走る男とマールがぶつかりそうになったのを、彼女の腕を引いて助けた。


「あ、ありがとうごまいますー」


 ぺこりと頭を下げるマールに軽く頷いて、空を仰ぎ見る。自分とライカは同じ空の下にいる、同じ陽の光を浴びている。違う世界にいるわけではない。そう思ってはみても、心は晴れない。傍にいてくれなければ何の意味もないのだ。


 (空を飛びたいと思うのは、幼少のとき以来だな)


 リムダエイムの上空を旋回する鳥の群れは、とても優雅で自由に見えた。  

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