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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
全てを知り未来を選ぶに至った理由
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終話 再ビ廻ル色

 ヴォラヒューム大陸北部の国クルディア。そのクルディアに数多くある町の一つで、愛おしそうに女性を抱きしめている男がいた。男の名はバルディオ・ヴェルク。


「戻るのは三日後になる」


「ええ、気をつけてね。行ってらっしゃい」


 バルディオは名残惜しそうに女性から離れると、彼女に背を向け馬に乗ろうとした。

 と、そのとき、一陣の風がバルディオの前を通り過ぎていった。ほんの一瞬だったが、風からは懐かしい匂いがした。それと同時に、紅玉石、首飾り、という言葉が頭に浮かんだ。紅玉石の首飾りなど、見たことも贈ったこともないというのに。 


「俺は、何かを忘れている……?」



 ヴォラヒューム大陸にある四つの国の一つ、イシュアヌ。マーレ=ボルジエとクルディアに挟まれているこの国には、他の三国よりも多くの賞金稼ぎが存在した。賞金稼ぎといえば当然、賞金首を捕まえることが仕事なのだが、全員が全員優秀なわけではなく、腕が未熟な者も少なからずいる。賞金稼ぎが賞金首に変わる、なんてことも珍しくない。だが、反対に凄腕の賞金稼ぎもいる。レヴァイアもそのうちの一人だ。 

 王都リムダエイムの下層区画にある孤児院。そこが彼の家だった。 


「あっ、お帰りなさい! 今回も上手くいった?」


 レヴァイアが孤児院の門をくぐると、彼に気が付いた女性がにこやかに駆け寄ってきた。


「当然だろう。誰に訊いている。ただいま、フェリシア」


 フェリシアはレヴァイアの娘であり、孤児院の先生でもあった。


「レヴァイアさん、お帰りなさいっす!」


「お帰りなさいですー」


 扉が開いて顔がそっくりな男女が飛び出してきた。双子のキールとマール。彼らもまた賞金稼ぎだ。経験は浅いが、腕はなかなかのもので、すでに何人もの賞金首を捕らえていた。


「キール、マール、お前たちはこれから出るのか?」


「はい、これからリーレグランにいる……賞金首を……捕まえに……」


 キールの声がどんどん小さくなっていく。今まで笑顔だったマールも急に難しい顔になった。何故かレヴァイアの顔を見てリーレグランと言った瞬間、胸が痛んだ。言いようのない喪失感に襲われた。間違いなく彼は目の前にいるというのに。


「なんで、こんなに哀しいの……?」



 マーレ=ボルジエの王都ユーシュカーリアの西にある町、アフェダリア。町の中心に泉を湛える美しい景観と、芳醇な果実酒で有名なこの町から、一人の男が旅立とうとしていた。


「気を付けてね、ロウジュ」


「大丈夫、王都に行くだけ。それより、俺がいない間に料理しないで。隣のリリさんに頼んでるから」


 母一人子一人で育ったロウジュは、町から町を移動する商人の用心棒や、アフェダリアの住人から依頼される獣退治や雑用をして生計を立てていた。その関係で町から離れることは多かったが、今回は何かを依頼されたわけではなかった。何故か王都に呼ばれている気がした。大切な人が自分を呼んでいる気がした。母親以外に親しい人間などいないというのに。 


「もう、私だって料理出来るのに。そりゃあ、ロウジュやリリには負けるけど」


「駄目。母さんの料理は凶器。じゃあ、行ってくる」


 そう言ってさっと馬に乗り、腹を蹴る。後ろで母親が何か言っていたが、すぐに聞こえなくなった。町を出て一目散に街道を駆ける。ロウジュは見えない何かに吸い寄せられるように、王都に向かって馬を走らせた。 



 夜二の刻を少し過ぎたころ、マーレ=ボルジエの王都ユーシュカーリアに聳え立つ城の厩舎に、ルークはいた。服はいつも着用している騎士服ではなく、白いシャツに黒いズボン。


「ルークウェル殿下」


 翼竜を厩舎に戻し、宿舎に戻るところだった騎士のエルクローレンが、ルークに気付き近づいてきた。


「ご婚約、おめでとうございます」


「ああ」


 胸に拳を押し当て敬礼するエルに軽く頷く。

 ルークはつい先日、王であり父であるガイゼンバルクの薦めに従い、公爵家の令嬢と婚約を交わした。第一王子である兄のリーシェレイグには、幼少のころから婚約者がおり、近く婚姻を結ぶことになっているが、彼には今までそのような存在がいなかった。好意を寄せる異性もいなかった。恋愛に興味がないといってもいい。だが、王族として結婚は義務。子孫は残さなければならない。だから、婚約した。何も間違っていない。なのに、ルークは何故か自分が重大な過ちを犯しているような気がしてならなかった。


「どちらに行かれるのですか? よろしければお供致しますが」


「いや、必要ない」


 エルの申し出を断ってルークは厩舎から自分の馬を出し、鞍を取り付けると飛び乗って城下へと駆け出した。この栗毛の馬は最近城に献上された馬の中の一頭で、一目見て気に入った。自然と名前が浮かんできたのだ。この馬はモクランだと。

 馬を走らせながらルークは思う。自分は城下に用などない。リオンに会う予定も、クレイがソルドラムから来る予定もない。それなのに何故、城下に向かっているのだろうか? 考えても答は出ない。だが、不思議と引き返そうという気持ちにはならなかった。それどころか、早く行かなくてはという想いがどんどん強くなってくる。ルークは見えない何かに突き動かされるように、馬の腹を強く蹴った。 


 城下にある数多くの酒場。一度だけクレイに連れられて来たことはあったが、特に面白いと感じなかった。むしろ酒場特有の賑やかさは自分には合わないと思った。

 だが、ルークは今、自らの意思でその酒場に足を踏み入れようとしていた。酒場の名は『無限花』。近くの馬番に馬を預け、扉に手をかける。

 と、同じように店に入ろうとしていた男と眼が合った。 


「…………」


 初めて見る男。なのに、見た瞬間気に入らない奴だと思った。ルークの眼が自然と鋭くなる。


「…………」


 相手の男もルークを睨み返してきた。が、ルークの首元に彼の視線が移ったとき、それは驚きに変わった。


「お前、それをどこで手に入れた」


 ルークの首元を指差す男の手首には、紅玉石のついたチョーカーが巻かれていた。そしてルークの首にもよく似た紅玉石のチョーカーが。

 何故、と思った。だが、同時にこれは偶然ではないと心のどこかが訴えていた。


「お前こそどこで手に入れた」


「…………」


 二人の間に沈黙が落ちる。互いが互いの答えを知りたがった。何故なら、二人とも自分がいつから持っているのか分からなかったからだ。

 沈黙を破ったのは、外で客引きをしていた男だった。


「はいはい、お兄さん方。どうぞどうぞ、もう始まりますからね。二名様、ご案内!」


 客引きの男に背中を押され中に入る。店内には酒の匂いが充満しており、ルークは顔を顰めた。そして、席に座るとますます顔を顰めた。当たり前のように男と同じ席に案内されたからだ。


「皆さん、お待たせ致しました。今宵の歌い手はヴィトニルからいらした美貌の吟遊詩人姉妹、シャルーネさんとエフィーナさんです。滅多に聴けない異国の歌をどうぞお楽しみ下さい!」


 店の奥にある舞台、その少し手前で中年の男が声を張り上げて叫ぶと、二人の赤髪の女性が姿を現した。今から席を変えるのは迷惑になるだろうと思い、ルークはしぶしぶ諦めた。


「マーレ=ボルジエの皆さん、こんばんは。まずはヴィトニルに古くから伝わる恋の歌をお聞き下さい」


 二人の女性は歌い出す。高く、低く、朗らかに、艶やかに、美しい旋律が彼女たちの口から紡がれる。

 聞いているうちにルークの心がざわつき始めた。胸が熱くて、痛くて、苦しい。締め付けられる。何かを言いたい。だが、言葉が出てこない。もどかしい気持ち。


「この歌に何が……」


 呟きながら向かいの男に視線を送ると、彼もまた苦しそうに顔を歪めていた。

 もう少しで重大な何かを思い出せる。思い出せれば男が誰なのかも分かる。ここに来た理由はこの歌を聞くためだったのだと、自然とそう思った。

 そして、ついにそのときは訪れた。


  過去に無くした 未来と出会う

  繋がりの証 強く強く握りしめ

  今日も私は この歌を歌う


 シャルーネとエフィーナが歌い終える。その瞬間、二人の男は『無限花』を飛び出した。 



紫悠しゆう、今日はもう上がろうか」


「そうですね」


 雷華は欠伸を噛み殺しながら頷いた。夜十一時半。もうすぐ今日が昨日に変わる。

 今日は殺人事件の聞き込みをしている最中に偶然、拳銃密売容疑で指名手配中の男を発見し、逮捕した。その報告書のせいでこんな時間になってしまった。しかし、肝心の殺人事件はまだ解決には至っていない。明日も朝早くから駆け回ることになるだろう。


「送ってやろうか?」


「いえ、まだ電車が動いているので大丈夫です」


 先輩刑事の申し出を断り、雷華は椅子から立ち上る。彼はひらひらと手を振りながら部屋から出ていった。

 彼は、最近捜査一課に異動になった刑事で、雷華よりも四つ年上だ。行動力があり頭も切れる。その上スタイルも顔も良い。彼とコンビを組むことになった雷華を羨ましがる女性の同僚は多かった。だが、雷華は彼に惹かれなかった。理由は分からない。一緒に仕事をする仲間としてはとても頼りになるとは思うのに、不思議と恋愛感情が生まれることはなかった。

 電車に揺られ、最寄りの駅で降りる。家は歩いて五分のところだ。一刻も早く帰って疲れた体を休めたい。しかし、今日に限って何故か雷華の足は家のある方角とは反対に向かっていた。そちらに行かなければならない気がしたのだ。

 自然と胸元に手がいく。そこには紅い石が嵌めこまれたペンダントがぶら下がっていた。とても、とても大事なもの。だが、いつから持っていたのかはどうしても思い出せなかった。

 人気のない道を歩いて行くと、公園に着いた。ブランコと滑り台があるだけの小さな公園。切れかかった街灯が明滅を繰り返している。初めて来る場所。しかし、目的地はここだと雷華は思った。誰かがここで自分を待っている。


「こんなところに一体誰が――」


 どくん、と心臓が大きく跳ねた。


 (ああ、そうだった……だから私は……)


 くすんでいた景色が、鮮やかに色付いていく。

 彼女の視線の先には、紅い石のペンダントをつけた一匹の黒い犬と一匹の黒い猫がいた――

   

 これで「黒犬と旅する異世界」は終わりとなります。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

 番外編は『緋の扉&黒犬と旅する異世界  共同部屋』に載せておりますので、よろしければお読み下さいませ。

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