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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
大切なものが何か気付くに至った理由
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二十九話 糸ヲ操ル力

「そう、アリーシャさんはクルディアの人だったの。え、じゃあ、アムジットはアリーシャさんの実子じゃないのね。仲が良いから全然分からなかったわ。へえ……って驚いてる場合じゃない。今リオンさんも一緒に来てるって言ったわよね。そのリオンさんはどこにいるの?」


 手に付いた血を洗い落とし、ディーが持って来た服――無地の藍色のドレス――に着替え、医務室近くの部屋の長椅子に腰を下ろそうとして、雷華は首を傾げた。

 話を聞き終えて、ルークたちが自分を見つけるために尽力してくれたのだと知り、胸が熱くなった。と、同時に、多くの人に心配と迷惑をかけてしまったことに、申し訳なさを覚えた。ルークの口からリオンとエルの名を聞いたときは、一瞬聞き間違いかとさえ思った。何と礼を言えばいいのか、考えただけで気が重くなる。


「グレアスは……謁見の間にいる。火事の話を聞いて俺たちが飛びだしたことの釈明をしているのではないだろうか」


「ええっ、ルーク、女王様との謁見の途中だったの!? 駄目じゃない、早く戻らないと」


 まさか謁見を放りだしていたとは夢にも思わず、眼を見開いて大きな声を上げる。部屋の扉の前に立ち、雷華たち三人のやり取りを黙って聞いていたディーも、驚いたようだった。何か言おうと口を開きかけ、しかし何も言わずに口を閉ざした。


「大丈夫だろう。グレアスほど話術に長けた人間を俺は知らない。問題なく話は進んでいるはずだ」


 雷華とディーの驚きをよそに、ルークはさして慌てた様子もなく長椅子に座り、長い足を組む。


「確かにリオンさんに口で敵う人なんてそうはいないでしょうけど、それでも戻らないとまずいでしょう。ルークが一番立場が上なんだから」


 いくらこの世界に疎い雷華でも、彼らの行動が相当な非礼にあたることは分かる。ロウジュはともかく、ルークは王子として来ているのだから、外交問題になってもおかしくないような気がするのだが。しかし、彼は女王との謁見よりもディーの存在に重きを置いているようだった。


「そんなことより、何故そいつと一緒に行動しているのだ」


 扉の前に立つディーをルークは鋭い眼で睨む。


「女王様との謁見をそんなことって……分かったわ、簡単に説明するわね」


 話を聞くまで謁見の間に戻らないつもりらしい王子に、雷華は溜息を吐いて頷いた。彼の対面に腰を下ろす。


「この国の人間、みんな敵。違う?」


「違うわ、ロウジュ。本当に悪い人間は一人だけなの。いえ、一人だけだと思うの。まだ証拠はないのだけど……そういえば、私の荷物ってどこにある?」


 ミレイユのあるじは誰なのか、見当はついているが確証を得るために彼女の過去が見たいと思い、雷華が眼鏡が欲しいと言うと、ルークが焦った声を発した。


「ライカ!?」


「ディーはもう知ってるわ。ちょっと、事情があってね」


 髪が光ったところを見られ、言い逃れできない状況だったと説明する。このときに黒犬のルークが本当は人間なのだということまでは話したが、どこの誰かまでは話していなかった。しかし、今までの会話と名前から、ディーはルークの正体に気付いただろう。


「荷物、謁見の間の控室にある。取ってくる?」


「ありがとうロウジュ。でも大丈夫よ、後でディーに取りに行ってもらうから」


 身体をぴたりと寄せて隣りに座るロウジュの頭を撫でる。彼の黒髪は変わらず絹のようなさらさらとした触り心地だ。気持ち良さげに眼を細めるロウジュとは対象的に、向かいに座るルークはこめかみに血管が浮き出ていた。


「えっと、じゃあ簡単に話すわね。私が眼を覚ましたのは――」


 細かいところは省き、重要だと思える部分だけを手短に話す。当然、ディーに忠誠を誓われたことは話さない。余計ないさかいを招くだけだというのが分かりきっていたからというのもあるが、何より雷華自身があれをなかったことにしたかった。

 ミレイユが何故瀕死の状態になったのかまでを話し終え、ふぅ、と息を吐く。ディーの反応を見ようと視線を向ければ、彼は怒りの形相で部屋の扉に手をかけるところだった。


「どこに行くの」


「決まっている。ミレイユのところだ。シルグを殺した奴を生かしてはおけない」


 殺気の篭った低い声。彼が握っている扉の取っ手がみしりと軋んだ音を立てた。


「私の話を聞いてなかったの? 彼女は命令されていたのよ。自分の意思で行動していたわけじゃない」


 長椅子から立ち上ってディーに近づく。将軍は怒りで頭に血が上り冷静さを失っていた。今この部屋から彼を出せば、確実にミレイユを殺してしまうだろう。それだけは絶対に避けたかった。


「ミレイユは、あの女はお前まで殺そうとしたんだぞ。何故助けた!」


「そんなの決まっているわ。彼女に生きていて欲しかったからよ!」


 ひと際大きな声で言い返す。それ以外にどんな理由があると言うのか。


「……本気で言っているのか」


「当たり前でしょう。本当に悪いのはミレイユさんに命令していた奴よ。彼女のしたことは罪だけど、それは彼女が望んでしたことじゃない」


 信じられないと言った表情で自分を見るディーにしっかりと頷く。そう、一番の悪はミレイユに用なしだと告げた人物だ。そしてその人物こそが、女王シェラルダとその姉エレミヤの対立を、裏で操っていたのだと雷華は確信していた。  

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