4.
『死んだ』というその事実を周囲に証明するために、葬儀前日までは本物の私が死体のフリをする。
幸いなことに、意識以外、体内の時間が止まっている状態なので、お腹は空かない。ただ、暇なだけだ。
たまに、兄様や両親が、一方的に報告がてら、怪しまれない程度に話しかけに来てくれたが、やはり暇なものは暇だった。
ちなみに、埋める直前――出棺のタイミングで、秘密裏に私そっくりに作った人形にポジションを変更する運びである。公爵邸内で簡単にできる。
最後に人形にその場所を渡すというのならば、最初から人形でも良いではないかと思われるかもしれない。しかし魔力を込めただけの作り物だとまじまじと観察された場合、バレる可能性が高いのだ。特に、魔法が使える貴族まみれになるであろう私の葬儀。そこを『偽物』で騙しきる自身はなかった。
所詮無機物は無機物であり、元々魔力を持つ人間の身体とは全く違う。後から魔力を込めて注いだだけのものだと一目騙すことが限界なのである。
葬儀が近付くと、程度親交があった貴族や王宮関係者などと言った一部の人間たちが私の遺体を確認しに来るだろう。そういう事情もあり、他人の魔力が自然と測れる優れた魔導士達を騙すにはこの方法しかなかった。
葬儀に関しては、今現在のクロシュテインの主流が火葬になっていることが幸いした。
この国では以前は土葬が基本だったが、喰花病が流行してからは火葬が主流になったのだ。死体に接触したことによる喰花病の感染もあり得たからだ。現に、私もそれが原因で発症したと考えられている。
それ故に、今回も私の葬儀でも火葬が選ばれることはなんら違和感がなかった。完治したと言えど、元は喰花病の患者だ。いくらでも言い訳はできる。
火葬すれば、偽装死体が残る心配はない。
なにせ今回は灰になるまで焼いてもらうつもりなのだ。炎は全てを焼き尽くす神聖なもの。
全てが燃えてしまえば、魔力すらも浄化され、遺灰に魔力の残滓が少しこびりついている程度になるだろう。肉体を完全に失ったヒトの一部は、一部のこびりついた残滓を残して徐々に魔力を失っていく。作り物の骨や灰に長期間魔力を込めれば、近いものを作れるということは既に実証済みだった。抜かりはない。
既に葬儀は家族だけで見送るという形になっている故に、家族以外の人間も私の身体と対面することが出来る前日までで『死の偽装』が誰にもバレなければ、私の勝ちである。
とは言っても、本当に直前まで何が起きるのかが分からないのが、現実。最後の最後、偽装が終わって、新しい生活を始めるまでは気を抜けないが。
レンドーレ公爵家の第三地下倉庫。本来であれば他の倉庫に収まりきらないような対災害時のための食料などを保管しておく場所だが、現在その空間に存在しているのは私だけだった。部屋からベッドごと運び出されたので、自室にあった柔らかいベッドの上にそのまま横たえられている。
肌が少しひりつくほどの寒さを持つこの場所。
けれど今の私にとっては丁度良い場所だった。最低限の照明のみが灯されたこの空間。この静寂と包み込むような闇は思考すらも飲み込む。
家族以外の他人の目を全て欺くのだ。
普通であれば偽装をする緊張やら、万が一バレるかもしれないという不安感や恐怖心などで心が休まることはないだろう。
それに加えて今は既に薬を飲み、ほんの少しも動くことが出来ない。それらがもたらす負の感情は底知れない。
しかし、私は自分でも驚くほどに落ち着いていた。
家族以外で自分に対して関心を向ける人間などいないだろうという思い込みもあったのかもしれない。ここに安置されてから数時間が経過した辺り。何も深く考えることはなく、出所不明の謎の安心感から完全に気を緩めていた。
私は全てをやりつくしたから、もう、ここから先は信頼できる家族が全て手筈通りにやってくれるという安心感もあった。何もしない、久しぶりの感覚だった。
しかしそんな平穏は長くは続かない。何の予告もなく、平穏は破られた。
壊れたかと思う程の勢いで開かれた扉。体内の時間操作の関係上、動いていないはずの心臓が驚きで跳ねた様な気すらした。
何かと思い、意識を向けてみるとエストが息を切らして、私が安置されている場所に部屋に入ってきたのだということが分かった。
「ックレ、ア……?」
私の身体の前で繋がれていた手を取られる。あまり自身の体温がないせいか妙に熱く感じてしまう。今気付いたが、薬を飲んで仮死状態でも、身体の感覚は感じられるらしい。
「っなんでだよ、なんで、お前が――」
彼の表情は当然目視することが出来ない。しかし、その途切れそうなほどによわよわしい声音からエストはもしかしたら泣いているのかもしれないと直感的に思った。
彼は優しい人だ。元々婚約を解消する予定であり且つ一緒に居た時も、呆れるくらいにダメダメな婚約者だったというのに、なんだかんだ面倒を見てくれた。そんな風に、一緒に過ごす内に少しは情が湧いていたのかもしれない。
恋情ではないことは分かっている。友情、同情、憐みか心配か……どんな感情でも良かった。彼の感情が動くほどに少しでも何かしらの気持ちを向けてもらえていたのならば――。
だとしたら……嬉しい。
その後も呆然と私のクレアという名前を呟き続けるエストの声を聞いて、自分は少しくらいはこの人の心に入れていたのかなと漠然と感じる。
私は満足していた。
なにせ私の元々の予想では、忙しい彼は、運が良かったとしても葬式の当日までは会いに来てなどくれないと思っていたから。家族と一緒に婚約者としての礼儀として招いている葬儀の日まではその声を聞くことなど叶わないと思っていたから。
自分が死んだという事実で余計な重荷が下りたと喜びはしても、本当の意味で悲しんでなどくれないと思っていたから……。
予想外の彼の反応に対して、不謹慎だが嬉しいと思ってしまった。
これできっと、私の中でも思い出として完全に昇華できる……これ以上ない美しい思い出として――。
今の身体では涙を流すことも叶わないが、本当は涙が出そうな程に嬉しかった。
私はこれでもう、満ち足りている。この思い出だけを持って、生きていける。
彼以上に大切な人など、もうできないことを確信している。今後、一人で寂しい人生を歩むだろうが、今日のこのできごとを思い出すだけで幸せだ。
予想もしていなかった最後の邂逅は、私のこの決意を、より固くするのだった。




