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第47話:あの時の後悔。

閲覧ありがとうございます( *¯ ꒳¯*)

Side:ルウ・ブラン



 ふわふわとした雲。

 一見、形状になんの意味も持たないその浮遊物を見て人々はそれを『何かに似て見える』と捉えることがある。

 見えるものは人それぞれ相違があり、鳥の頭のようだと言う人もいれば、芽吹いたばかりの双葉のようだ、と言うものがいるかもしれない。


 俺――ルウ・ブランはそんな、見るものによって形を変える夢のような存在である雲を眺めながら呟いた。


「…ルウさん、割とマジでもう用無し説」


 あ、教会の屋根の上からこんにちは。

 どうも、本気で暇を持て余しているルウ・ブランこと川端優樹です。


 いやさ、最近やけにみんなが張り切ってるっていうか、俺になーんにも仕事も相談もよこしてこなくなったのよ。


 7日くらい前に、俺が落ち込んでそれを励ますために感謝の手紙を書いてくれたんだけど、そこから俺に対する関心が減った…と言うより『ルウ・ブランになにもさせたくない』って感じの雰囲気を感じるようになったんだよな。


 あ、ちなみに落ち込んでたのはすぐ治ったぞ。

 俺は基本単細胞生物だからな。

 驚いたし、あの宝石を見るような視線を食らった時は怖かったけど、よくよく考えてみたらルウ・ブランの見た目が良すぎたから起こった出来事なわけで。


 ルウ・ブランの容姿端麗!って言うのを知らしめられたムーブだったと思ったら、承認欲求満ち満ちになって悩みとかどーでもよくなっちった。


 それで、気落ちから回復したのはいいとして、本当にやることがないんだよな。


 もう教会の治癒院としての機能は、俺の必死の宣伝によって取り戻すことができたし。


「…しかし、少し宣伝効果が強すぎましたかね? まさか毎日100人程度の怪我人がやってくるとは……」


 おかげで子供たちは治癒師としてのキャリアが始まったばかりだと言うのに、クタクタになりながらヒールをしている。


「…むう、客が多いなら、ルウさんだって頼ってもらっていいのに」


 子供たちはクタクタにはなるものの、それにやりがいを感じているようで、俺がヒールしようとすると「あたしたちの仕事よ。なに横取りしようとしているの?」とクラーラあたりから叱咤が飛ぶのだ。


「…はぁ、暇ですね。畑はルウさんの付け入る隙はありませんし、冒険者も…ちょっと、んー…」


 ため息混じりに言いこぼす。


 なぜ冒険者に対して肯定的ではないかというと、まず、あんなに目立ってしまったのがトラウマ気味になっていて重い腰が上がらないの言うのが一つ。


 そしてもう一つはーー。


「…セルベルさん、多分一緒にいると気まずさで死ねます…」


 そう、セルベルであった。


 俺はあの日以降、セルベルと目は合うことがあっても互いにそらし、言葉は交わすことは無くなってしまった。


 もちろん早朝、剣の稽古もローストのみと行っている。


 そんなすべての元凶のあの日、なにがあったのかと言うとーー。



▶︎▷▶︎▷▶︎▷▶︎▷



 ――俺はあの時、祭司に黙って寄り添ってもらっていた。

 相談に来てくれた祭司だったが、俺の悩みは相談して解決するものでもなかったため、ひたすら横にいてもらっていたのだ。


 老人の包容力は凄まじいって、昔からよく言うからな。


 そしてだいぶん落ち着いて来た頃、地下室の扉がコンコン、と2回ノックされた。


「…俺、セルベルだ。開けてもいいか」


 セルベルの落ち着いた声に俺は「…どうぞ」と言って扉を開けても構わないと伝える。


 鍵もかかっていない、木製の軽い扉だ。

 小さな軋む音と共に、簡単に扉が開かれた。

 

 セルベルは俺の表情を窺うと、口を開いた。


「ブランさん、少しは良くなったか…?」


 諭すような、落ち着いた声。

 そのニュアンスだけでも、セルベルがいかにルウの身を案じているのかが伝わってくる。


 俺は「心配かけてんなぁ」と思いつつ、小さく頷くことでセルベルの言葉に答えた。


「…そうか、よかった。ブランさん、上でみんなが待ってる……なんか話があるみたいだ。行けるか?」


 俺の悩みは勝手に解決しており、もはやこの地下室にこもっている必要はないので「…はい」と答える。


 そしてわざわざ呼びに来てくれたセルベルに感謝を伝える目的で言葉を続けた。


「…呼びに来てくれたのがセルベルさんで、よかったです。…本当にいつも、ありがとうございます。…心配してくれる人は、素敵ですね」


 ふふ、っと微笑みながらセルベルに感謝を伝えた。


 しかしこれは、非常に余計な行動だった。


 ――セルベルはルウに好意を寄せている。

 その感情は、初めて助けてもらった日から、剣の稽古をするたび、子供たちにヒールを教える姿を見るたび、ましてや目が合うだけで膨れ上がっていく。


 セルベルは完全にルウ・ブランという人間に惚れていたのだ。


 ルウの言動は、そんな思春期の恋心をいとも容易く決壊させた。


「――ブランさん。俺も、ブランさんのこと、すごく素敵だと思ってる」


 ルウのいう『素敵』とはまた別のニュアンスを含む『素敵』という言葉に、ルウはかなり困惑した。


「…助けられた日から、いつも俺はブランさんをみてきた。どこにいても自分の色で輝き続けて、周囲を照らすブランさんを」


 …ちょ、ちょいちょい、待て。

 俺はお前のことが好きで『素敵』とか言ったわけじゃないんだが!?

 もっと軽く、『ええやつやん!』程度の気持ちだったんだけど…。


 俺は急いでセルベルの言葉を否定しにかかる。

 ――こいつに自分の過ちを気づかせてやらないと、誰も望んでない展開になる…!


「…待って、待ってください! …セルベルさん、それは違います……」


 両の手のひらをセルベルに向けて、待つように諭す。


「…セルベルさんは、何か勘違いをされてます。…助けられた時、セルベルさんの意識は曖昧で…そんなぼんやりした状態だったからこそ、甘い感情と勘違いしているのでは…」


 そう、だから勘違いです!

 セルベル、お前は俺に恋なんかしていない!

 いいかげん目、覚ませ!


「…最初はそうだったのかもしれない。けど、ブランさんを何度も見るたび、剣を交えるたび、この心は本物だって思い知らされた」


 ――っだああぁぁ!

 まずいまずい、俺が真剣に稽古してやってた中、てめぇはそんなこと考えてたのか!?

 んなことより、どうする?

 俺は側だけは美少女極まりないルウ・ブランだが、中身は歴とした男だぞ!

 告白なんざされたら……たまったもんじゃない!


俺が「…えっと、あの」と言い淀んでいると、それを恥ずかしがっているとでも解釈したのか、セルベルが矢継ぎ早に言葉を繋げる。


「――ブランさん、見た目にそぐわず強いところ、でも決して驕らないし、落ち込むところも全部素敵だ」


 セルベルはルウに歩み寄り、その距離は1メートルもない。

 セルベルの荒い呼吸と、最初にあった頃よりも少し伸びた茶髪の一本一本の揺れすらわかる。


 ――顔も真っ赤で、硬そうな赤い唇が揺れる。


「…ブランさんが、俺よりずっとすごい人だってわかってたから、こんなこと言うの、ずっと怖かったんだ。…でも、言わなきゃ後悔する。俺は本当にブランさんがーー」


 おわああああああ!

 ストオオオオオップ!!!


 ――ルウは神速で両の手を用いセルベルの口を覆う。


 そして俯きながら震える声をこぼす。


「…セルベルさん、待ってください……」


 俺は男だ。

 セルベルと同じ、男だ。

 だからこそ、その言葉だけは言わせるわけにはいかねえ。


 勝ち目のない戦いにわざわざ出向くよりアホなことなんてないだろ? お前はいいやつだ。俺なんかよりもっと似合う人なんてごまんといるはずだ。


「…本当に、それだけはダメなんですって。ルウさんには、その資格がありません。その大切な言葉を、もっと他にかけるべき人が見つかるはずです……だからーー」


「――俺にはルウしか、ありえない」


「――きゃ」


 セルベルがルウの言葉を遮ったかと思うと、ルウの静止を突破して背中に腕を回しーー抱きしめられる。

 あまりの出来事に『らしくない』声が漏れた。


「…かわいい。ルウ」


 やめろぉぉぉ!

 耳元で囁くな、なんの地獄系ASMRだよ!


 のおぉぉぉぉおお! 抱きしめられてるせいで手が出せねぇ!

 やっめろ、ばか、言うなよ、それ以上何も言うなよーー。


「――…好きだ」


 あぁぁあああああああ!


 あぁあぁぁぁぁぁ……。


 終わった。


 …完全に終わった。


 うおおぉぉぉおん、なんで男に抱きしめられながら告白されなきゃなんねぇんだよおおぉ……。


 俺が何か悪いことしたのか…?

 もうやだ、おうち帰りたい…。


「……ごめんな…さい」


 ルウは俯きながら静かに答えた。

 

精一杯の回答だった。


 その言葉を聞いたセルベルは「…そう…か」と耳元で囁き、回していた腕を離す。

 そしてルウから2歩さがり、その場で立ち尽くした。


 俺はセルベルの顔が見れなかった。


 ――あいつは今、どんな気持ちなんだろうか。

 

 そんなことを想像すると、頭が上がらない。


 …何より、こんな演技に本気にさせてしまったことが、本当に申し訳なかった。


「……まあ、そうだよな」


 二人の沈黙を破るようにセルベルが小さく呟いた。


「ルウ…ブランさんが、俺なんかに振り向いてくれるはずがなかったよな…はは」


 ルウを諦めるような言葉。

 しかし、俺はそんな言葉を口にするセルベルを直視できなかった。


 …本当に、なんて声かけてやったらいいのかわかんねえよ…。


 だから俺は逃げ出すことにした。

 最初にセルベルが言ったこと。それがいい口実になる。


 俺はどこまでも最低だ。


「…セルベルさん。あの…上で皆さんが待っておられるんですよね…? そろそろ行かないと…」


 俯き気味の顔を正面――セルベルに向け、俺は自分の行いに失望した。


「…ぁ、ああ、そうだ。そうだった」


 俺の視線の先、セルベルは瞳いっぱいに涙を溜めて、頬を伝わないように必死に耐えていたのだ。


「――ブランさん、いこう」


 そう言ってぎこちなく口角をあげ、目を細めーー瞳から押し出された涙が一筋の水路を築きながら頬をつたい、顎から雫となって宙に落ちる。


 …セルベル、涙が。

 そんな言葉をかけていいのかもわからず、俺はその涙を見て見ぬふりして力無く頷いた。

 

 顔をあげて祭司にも声をかける。


「…祭司さま、ありがとうございました。…行きましょう」


 俺がそう呟くとセルベルが小さく「祭司さま…いたのか…」と呟いていた。

 

 まさかこの狭い部屋の中にいて、そこまでルウ・ブランしか見えていなかった事実を知り、セルベルがいかにルウを思っていたのかが伝わる。


 …土下座して謝りたいほど、申し訳ない気持ちになったのはこれが初めてだった。



▶︎▷▶︎▷▶︎▷▶︎▷



 ――結局階段を上がる時、セルベルとの会話はひとつもなく、告白の後、俺たちは互いに距離を置いていたのだ。


 正直、クソ憂鬱である。


 ルウ・ブランの演技という俺のお遊びに、本気の恋をさせてしまったというのと、その恋を適当に踏み躙ったという事実が、俺を悩ませるのだ。


「…ルウさん、ここにいる必要があるんですかね…」


 もうみんな、ルウ・ブランを必要としていない。切磋琢磨して生きる力を得たのだ。


 そこに、いるだけで人の心を汚すような存在が居て良いはずがない。


「…ですけども」


 俺はすでにこの生活に依存してしまっていた。

 誰かと一緒にいることにひどく安心感を覚えてしまっているのだ。


 ホークやアリ、アッルンガーレにラアレ、ウミド。

 祭司にクラーラに、ナンヌやリュバン。

 他の人たちも含め、ルウがルウでいられたのは彼らのおかげなのだ。


 ホークという人間と出会ってから、偶然生まれた奇跡のような人間の輪。


 ゼロから再びこんな関係を築けることは金輪際、ないだろう。


「…はぁ。どっちつかず、ですね」


 もう少しだけ、ここにいてみよう。

 それで、俺の立場がこのまま変わることがないと判断したら、すぐにここを去ろう。


 どこに行こうか。

 いっそのこと、ペイザンヌ皇国にでも自分を売りに行くか?


 …いや、流石にそれは考えなしのアホんだらだ。


 次どこに行くかも考えつつ、もう少し決心がつくまでここにいよう。


 そんなことを考えながら、教会の屋根の上、空を漂い動かない白雲に、踏み出せない自分を重ねるのだった。


⬛︎ーーーーーーーーーーーーーー

・アイテム/【毒鳥の羽】

〈説明〉

毒鳥の翼から取れる、紫色の薄い羽。

毒鳥は集団で狩りをする。

大勢で空を駆け回り、抜け落ちた羽に触れた者を動けなくして、食べるのだ。

ーーーーーーーーーーーーーー⬛︎


ルウ「…ありがちな素材アイテムです。毒を付与する武具や、毒に耐性のある武具を作る際に使用します」

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