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26/61

第25話:果てるところに。

閲覧ありがとうございます( *¯ ꒳¯*)

遅くなりました……今回、9000字ほどあります。

次話、もしくはその次の話で1章は終了の予定です。

side:ルウ・ブラン



 俺はエレドリームレイピアを握りしめ、携えた状態で前方にいる大敵を睨む。


 民家の屋根ほどまである巨躯に、命を潰すためだけに備えられた大剣。そして何より、その崩壊した顔面が、周囲の空気さえも捻じ曲げるような有無を言わせぬ威圧感を漂わせていた。


 …ったく。結局俺はまたこいつとタイマンでやらなきゃなんねーのかよぉ…。


 一度同じ戦い方をして負けた身だ。


 ルウの鼓動は、緊張から次第に早まっていく。


「…ふぅ」


 息を整え、集中する。

 研ぎ澄ませるものは剣も感覚も、全て研いでおくべきだ。


 …一方のエクソは、微動だにせずその場に立ち尽くしている。


 だが、それ決してただの静寂などではない。エクソの存在そのものが、ルウに対して強力な威圧感を与えていた。


 …何を企んでやがる。意図が全く読めねぇよこんちくしょう。


 ただ、確実に言えることは、エクソは未だ、俺よりも強いということだ。


 …気は抜かないし、手も一切抜く気はねぇ。


 とにかく泥臭くても、地面に足つけて全力で立ち向かってやる。


 俺のそんな意志が通じたのか、エクソが瘴気を噴き出した。


 はは、まるで「お前からかかってこい。再び相手をしてやる」って言いたげな態度だな、肉団子。


「…舐め腐りやがってますね」


 俺は剣を握る力をさらに込めると共に、重心を落とし、いつでも飛び込める姿勢をとった。


「…乗ってやりますとも、その挑発に。…さあ、決戦といきましょうか!」


 そしてついに、俺は敵の懐へと走り出したーー。


 赤い眼光が常に俺を捉え続ける。


 おいおい、そんなに見るなって。恥ずかしい。


 俺の足の速度は、はっきりいって尋常ではない。


 即座にエクソの懐に潜り込み、突きをお見舞いする。もちろん、すぐに後ろに飛んで距離を空けられるよう、重心はすでに足に乗っている。


 エクソは俺の突きを、右手に持った大剣を盾のようにすることで防いで見せた。


 そして、視界の端では左手が俺が後ろへ飛ぶことを阻止するために回り込んでいるのが見えた。


「…こんなにわかりやすい重心の先置き、ブラフだってことにも気がつけませんでしたか?…〈葬送無双〉」


 俺はエクソの懐で、高速で武器を振るい、不可避の斬撃を5回連続で叩き込む、斬撃系統の上位スキルを発動させた。


 剣閃が光り、次々と、大剣を貫通する鋭い斬撃がエクソへと繰り出される。


「ーーアァアアォォォォ!!」


「…痛がってもらえているようで、何よりです」


 胸部付近の鎧がパックリと裂け、紫色の血を吹き出して悶えるエクソを傍目に、俺は奴の左手に当たらないよう旋回するようにして距離を取る。


 スキルツリー【ソードマーグヌス】のスキル[葬送無双]は、不可避の攻撃でありながら更に防御力を無視した固定ダメージが与えられることから、攻撃力の低い中衛職や、準前衛職達御用達のスキルとなっていた。

 この技が好かれていた理由は他にもあり、ダメージ計算が、攻撃力とレベルの合計で行われるため攻撃力が低くても火力が伸びやすいという点にもある。


 もちろん準前衛職の魔法剣士である俺も例に漏れず、このスキルを愛用していた。


 久々に叩き込めたけど、やっぱりこれ強いわ。


「…さて、次はあなたから来るんでしょう?」


 大抵、どの敵と戦う時もターン制だ。

 どちらか一方が動けば、次にもう一方が動く。


 このエクソとの戦いもその例に漏れず、エクソは俺からの攻撃を受けた屈辱と怒りを燃やし、足先に瞬発力を蓄えている。


 そして、赤い眼光がルウ・ブランを捉えた瞬間、エクソは暴風のように突進した。


 うひょー、早え。さて、どうやって凌ぎ切ろうかね…。


 俺は刺剣を体の前に構え、すぐに防御できるように感覚を研ぎ澄ませる。


 そこに、地面を割く勢いで繰り出される衝撃波を纏った鋭い横薙ぎの一撃が迫る。


 ルウの上半身と下半身を真二つにする勢いで振り切られた斬撃を、俺は刺剣を使ってなんとか受け止める。


 しかし、エクソの大剣に込められた衝撃波はその防御をする抜けて体にぶつかり、じわじわと体力を削るのがわかる。


「…っく」


 …おっも過ぎだろ。なんつー威力だよマジで。


 吹き飛ばされないように、地についた両の足に全身全霊を込める。プルプルと両足が震えているのはその攻撃に耐えかねてなのか、怖気からなのか、武者震いから来るものなのか、もはやよくわからない。


 視界の端に黒い物体が急速でこちらに向かってきているのが見えた。


 ーー蹴りか。


 半ば直感的に蹴りを察知した俺は、後方へと飛び退く。


 飛び退いた瞬間、エクソの短く、しかし大きな脚から繰り出される蹴りが俺が立っていた場所を勢いよく貫き、ゴウッと大きな風切音が鳴る。


 …うへぇ、危なすぎるだろ、あの蹴りは。


 俺は飛び退いた先で一息着こうと、エクソを見たまま不動の姿勢をとるつもりだったのだがーー。


「ッオォォオォアアァオアァオアアァア!」


 エクソの鎧の刻印が暗く光り、再び濃密な瘴気が噴き出す。そして瘴気は重い闇を孕んだ太い4本の触手となってルウに向かって襲い掛からんとしていた。


 ーーちょちょちょっ! さっきからそっちが行動しすぎじゃない? バトルはターン制、そう相場が決まってるよな!?


 まるで俺に隙を与えないかのような、絶え間ない攻撃に焦る。


 4本の触手はゆらゆらとうごめきながらその魔の手を俺の方へと伸ばす。


「…こっちは一人なのに、その攻撃手段と行動回数はどう考えてもズルじゃないですかね…。こんなの即、クレームものですよ…」


 クソ野郎が!っと不満を感じながらも俺は今の絶望的な状況に集中せざるを得なかった。


 瘴気の触手はまるでタコの足のように1本1本に意思があるかの如く、四方からルウを取り囲むように動く。


「…エグ過ぎますって」


 俺は全身を使って触手を避け、剣で弾き、バックステップで距離をとって再び避けるの繰り返しを行う。その際にももちろんエクソから視線を外すことはない。


 ーーあの糞肉団子、悠長に突っ立ちやがって。俺の相手はこの触手で十分だとでも言いたげだな!

 決めた。ぜってぇにこの触手を見切って肉団子に一発かましてやる。


 俺は避けながらひたすらに触手から抜け出す隙を窺う。もうある程度この4本の動きにも慣れてきたところだ。


 俺は後ろに飛び退き素早く刺剣を構えると、初撃の一本を切り飛ばした。その剣の勢いを利用し、さらにもう一本の触手を切り払う。


 傷つけられた2本の触手は瘴気を霧散させながら、なおもまだこちらへと向かって来る。しかし、明らかに動きが鈍っているのがわかった。


「…この調子で切り続けていけば、いずれはーー」


 そう呟きつつ未だ活発な2本の触手を切り払おうとしたその時だった。


 突如目の前に、切り払おうとした個体とは別の2本の触手が姿を現しーー。


 ーーえ、あ、やべ。


 ーー咄嗟の出来事に剣での防御も避けることも叶わず、一本はルウの左肩に、もう一本は右脇腹に深く突き刺さった。


 まるで体内で小規模な爆発が起きたかのような、瞬間的な痛み。


「ぅぐっ…ぇはっ…」


 思わず呻き声が漏れる。


 体内に走る鋭い痛みに一瞬パニックになりそうになるもなんとか持ち堪えると、ルウに刺さった触手を刺剣で切り裂く。


 その剣の速度は先ほどに比べ重鈍で、弱々しい。


「…げほッ、なるほど…状態異常[瘴気毒]ですか…」


 俺はその身体状況からゲーム内にあった状態異常を挙げた。


 瘴気毒は普通の毒とは違い、対象に持続ダメージと弱体化を付与する厄介な状態異常である。


「…いえ、そんなことよりーー」


 くっそ、あの2本の触手、俺がさっき切り飛ばした奴らだ…。

 一瞬弱ったように見せかけて俺の意識から除外し、不意を突いて攻撃してくるとは、してやられた…。


「…エクソが立ち止まっているのは、触手を操るためだったんですね」


 延々と瘴気を出して触手を回復させてやがる。これじゃキリがない。…まじでどうしたらいいんだ。


 俺は重い体でなんとか4本の触手を防いで見せる。しかし、依然としてこの状況から脱せるイメージが湧いてこない。


 …判断ミスだな。俺が油断してあの2本をターゲットから外したせいでこうなった。ルウ・ブランだったら絶対にしない、川畑優樹だったから起きたミスだ。


 俺なりに色々考えてきた。立ち回りに攻撃手段に、回避と攻撃のどこに重点を置くかどうかとか。


 …でも、そんなの結局意味がなかった。


 現に今、こうしてエクソと対峙して何一つとしてまともに実行できていない。


 所詮、妄想の域を出ない甘い考え方だったんだ。


 …どうしたらこの状況から抜け出せる? どうすれば勝てる…?


「…うざいくらいに、傷が痛みますね」


 体に残る深い傷と、瘴気の痕跡が痛みとなって、ルウの思考を邪魔しにかかるのだ。


 視界に靄がかかり始め、それとともに身体の自由も徐々に失われていく。


 ーー限界が、近づいているのだ。


 しかし、それはルウを苦痛に塗れさせている触手においても同じであった。


 ルウのエレドリームレイピアが触れるたび、触手は徐々に削れて行き、その活発さと凶暴さを失っていった。


 そしてーールウのエレドリームレイピアにかかっていた〈エンチャント・ストームウィスパー〉が切れるのと同時に、エクソが操っていた4本の触手は瘴気となって霧散した。


「…はぁ、はぁっ……やっと、終わってくれましたか…〈オープン・ステータス〉」






★ーーーーーーーーーーーーー☆

・名前:ジョブ:Lv/【ルウ・ブラン:魔法剣士:233Lv】


〈種族〉

・夢渡り


〈能力値〉

・[HP:8,420/30,530](+1,000)

・[MP:6,113/18,419]

・[筋力 :504](+250)(-50)

・[器用さ:433](+150)

・[耐久度:141](+350)(-50)

・[素早さ:274](+150)(-50)

・[賢さ :398](+200)

・[魅力 :507]


〈カスタムスキルツリー〉+3

◆【ソード・マーグヌス】

[かぶとわり][ビッグバン][葬送無双][雷鳴破裂斬][急所突き]


◆【オール・エンチャンター】

[オール・エンチャント][エンチャント持続時間+120秒][常時属性ダメージ][オーバーダウン][重ねがけの技法]


◆【極域風魔術】

[ウィグリッド][ベイグルーン][カタストロフ・タイフーン][常時風属性ダメージ][風属性ダメージ+150%]


〈パッシブスキル〉+3

◇【魔法剣士】

[エンチャント強化][エンチャント速度up][被ダメージ-10%]


◇【ソーサラー】

[魔術ダメージ+200%][魔術被ダメージ-30%][低域魔術全使用可能]


◇【ホーリーナイト】

[ホーリースマイト][ヒーリングレイン][ディバインシールド][ディバイン・ジャッジメント]


〈装備〉

●【頭:アストラル・バンド】

[消費MP-5%][オートヒール][賢さ+120]

■【体:リュクス・ガーブ】

[属性被ダメージ-10%][耐久度+200][HP+1000]

〓【腕:アルトラル・バングル】

[詠唱短縮][器用さ+150][賢さ+80]

▼【脚:リュクス・グラディエーター】

[状態異常耐性][耐久度+150][素早さ+150]

▲【武器:エレドリームレイピア】

[属性ダメージ+50%][防御貫通][筋力+250]

◆【外套:】


〈装飾品〉+5

★【光の指輪】

[被ダメージ-5%]

★【魔術師のペンダント】

[魔術ダメージ+50%]

★【神秘の崩壊石】

[ラスト・フレア]

★【天使のはね】

[被ダメージ-5%]

★【縁起のブレスレット】

[オート・ヒーリングレイン]


〈付与効果〉

・[瘴気毒]


☆ーーーーーーーーーーーーー★




 ほらみろ、予想通り[瘴気毒]に侵されている。アルハントリスクにおけるステータス(-50)は、あまりにも大きい。


「…全く、やってくれましたね〈ストレージ〉」


 俺は回復アイテム〈セラフィムエッセンス〉を使用して体力を回復する。


 ふむ…体力は20,000程度まで回復か。オートヒールの回復で体力は徐々に回復するから応急処置としてはこれでいい。


 次に[瘴気毒]の処置なのだが、現状持ち合わせのアイテムでは、この状態異常を治すことはできない。しかし、[瘴気毒]は比較的短時間でその効力を失うため、それまで耐え続ければ良いだろう。


 …とは簡単に思ってはみるものの、ステータスが大幅にダウンした状態で、再び触手なんて使われたら、絶対俺に勝ち目なんてないだろうな…。


 俺は呼吸を整えつつ、糞肉団子野郎の方を見る。


 そこには、傷ひとつない状態で悠然と佇む巨躯の醜き騎士がいた。


「…まあ、薄々気がついていましたけども、先ほどの触手攻撃は、あなたにとって時間稼ぎだったんですよね、先にもらった傷を回復するための…」


 エクソが触手を操っている間、あいつは一切動かず、ただひたすらに瘴気を漏らしては触手の回復に当てているように見えた。しかし、実際のところ触手は囮でしかなく、己の回復をするための時間稼ぎに過ぎなかったのだろう。


 ゴミカスボスすぎるだろ!

 強ボスが回復しながら攻撃なんて、相当なクソゲーでもそうないぞ…。


「…狡猾ですね、本当に。さて、ルウさんの方が少しばかり分が悪いですが、仕切り直しです…」


「…オァアァオアァオオォォォォ」


 エクソのどこか嬉々としたような低い唸りに、俺は悔しさから唇を噛み締める。


「…まるでルウさんが虚勢を張っているとでも言いたげな声色ですね」


 実際のところ、虚勢は張りに張りまくっている。単なる強がりかもしれない。


 それでも、そうでもしないと精神が持たないのだ。


 エクソという恐ろしい強敵を目の前に、その力を味わって、ルウ・ブランの中の川畑優樹が怖気付いている。


 せめてルウ・ブランを、強き人を演じていなければ、今にもその心は折れて、諦めてしまいそうなのだ。


「…勝つためなら、嘘でもなんでもついてやりますよ…!」


 肩で息をしながら、両の手でエレドリームレイピアを構える。そして、再びエクソの懐目掛けて走り出したーー。


 その足は最初に比べ、重鈍である。しかし、その剣に宿った貫の意志は変わらない。


 ルウの一閃がエクソの右腕に向かって放たれる。


 ーーそう、狙うは部位破壊による行動制限だ。

 あのエクソは主に右利き。右腕を壊せば弱体化するはず。これが俺に残された最後の希望であった。


 しかしーー。


「…オォアアアオォォォオオオ!!」


 ーーエクソは大剣を盾のようにすることで、刺剣の一撃を防ぐ。


 …だよな。最初の時もそうだった…で、今回は追撃を潰すために早々に蹴りを入れてきてるわけか。


 葬送無双で負わされた深い傷のことを、エクソはどうやら覚えていたらしい。そして、その対処として追撃を許さない素早い蹴りが飛んできている。


 俺はその蹴りをジャンプすることでなんとかかわす。


 蹴り入れられた空気がビョォォっと嫌な音を鳴らすのを耳にしながら、俺は一旦後退する。


「…その大剣、絶対卑怯ですってば。武器でガードできたら、盾の意味ないじゃないですか」


 考えろ、考えろ。あの防御を突破してなんとか攻撃を叩き込める算段を…。


 次の瞬間、エクソが体を捻りながら大剣を振りかぶってきた。


 …ああくそ、考えてる暇が無ぇ! とりあえずエレドリームレイピアで防御するのは悪手だ。防いだら行動できなくてそのまま追撃を喰らうのがわかってる。


 上段からの勢いづいた振り下ろしを、横に飛ぶことで避ける。大剣は空を裂き、大地を粉砕する。


 地面の破片がパラパラと俺に当たる。


 …やっぱり火力おかしいだろ。馬鹿力にも程があるっての。


 で、振り下ろし後に硬直はあるのか?


 立ち止まって見てみれば、振り下ろした状態からゆっくりと戻ろうとしているのが目に入った。


 これは、隙か。


 すかさず無防備な状態のエクソに刺剣の一撃を与えるために駆け出す。


「…そんなに悠長にしていていいんですかーーあぇ」


 次の瞬間、俺の目の前に現れたのは大量の土砂と、その土砂を巻き上げながら接近する巨大な黒錆びた塊ーー大剣。


「ーーまずッ」


 辛うじて刺剣を使って斬撃を受け止めるも、その衝撃は剣を貫通して全身に響き、宙に浮いた俺は簡単に吹き飛ばされた。


 地面をなん度もバウンドしながら転がる、ルウ・ブラン。


 鈍い痛み、刺すような痛み、滲む痛みが全身に走る。


「ぐぅっ…」


 ……失敗した。あれは…ブラフだったのか。

 痛てぇ…。あの肉団子、徐々に賢くなってやがる…。


「…アアアァアア」


 遠くから、エクソの声が聞こえる。

 まるで、『お前に勝ち目などない』と言っているかのような、そんな声色。


 俺は再び立ち上がろうと、腕と足に力を込めーーびくとも動かない。


 …おい、嘘だろ?


 これってまさか、ダウンか…?


 アルハントリスクにおいて戦闘の要素である『ダウン』。それは、プレイヤーが敵に対して大ダメージを与えた際や、不意打ち攻撃、弱点属性攻撃などをした際に敵を一定時間行動不能にすることができるといったものである。


 …だけど、ダウンってプレイヤーはならないはずじゃーーー。


 思うように体が動かず、焦りから呼吸が荒くなる。


 ーーーいや、そもそもなんで俺はこの世界がゲームと全く同じであると思い込んでいた…?


 スキル使用が戦闘時以外にできることなんかで、この世界はゲームにそっくりなだけの世界だとわかっていただろ…。


 敵にダウンがあるなら、もちろん俺にも同じように設定されているのが自然…。


「…俺、色々と間違えていたのか……」


 ルウの澄んだ声が震える。


「…この世界にきて、ルウになって、強くなった気でいた。でも、この世界はゲームとは違ったし、俺はルウ・ブランにはなれなかった」


 俺はいつの間にかこちらへと近づいてきていたエクソを見る。


  ーー見上げるほどの巨躯。頭以外を覆う黒く錆びついた鎧には無数の刻印が刻まれ、濃厚な瘴気が絶えず漏れる。

 顔面はまるで溶けたかのように崩壊した顔で、眼窩の中では赤い光が糸を引く。口元は裂け、大きく開いた口からは、抜け落ち不揃いの歯が顔をのぞかせる。

 そんな、ある種騎士のような外見のバケモノは背中に巨大な血肉のついた剣を背負っており、その剣がどれだけの命を潰してきたのかを容易に想像させた。


「…ひぃ」


 ルウの口から、恐怖で引き攣った、まるで壊れた楽器のような声が漏れる。


 …意味わかんねぇよ。なんで俺がこんな目に遭ってるんだよ…。おい、近寄るんじゃねぇよ…!


 立ち上がろうと、食いしばる歯に力が入る。


「…んぎぎぎーーー」


 ーーしかし、立ち上がれない。


「まじで来るな!…やめろ肉団子…」


 …俺は、死んだらどうなるんだ…?


 そもそも、楽に死ねるのか…?


 ーー首を切られたら、どれほどの苦痛を伴うーー。


 そんな想像を、幾度となく繰り返す。


「…ひぃやだ、し、し…死にたく、ない……」


 俺の視界に大きな影が映り込んだ。


 それは紛れもない、月明かりの逆光で影を纏ったエクソだった。


 エクソはゆっくりと顔を近づけて来る。その姿は、まさに悪夢そのもの。


 顔面全体が激しく崩れ、まるで溶けた粘土のような異様な形状と死んだ動物から漂うような鼻をつく悪臭。

 眼窩には赤い光がぬらぬらと揺れ動きながらルウの顔を見ていた。

 口元は裂け、歯は抜け落ちて不揃い。


「…やめーー」


「ーーアオァアアアォァ! オアアアァアアアッ!」


「ひゃぃ…」


 顔の前で、突如として発せられた叫び声。

 まるで腸を激しく揺さぶられたような激しい振動が俺の全身を襲う。


 背中は汗でぐっしょりと濡れている。


「…もう、やめ…て…」


 俺のそんな声を聞いて、反応を楽しむかのようにゆっくりと触手を伸ばしてくる。


「ああああああッ!」


 瘴気を纏った太い数本の触手がルウの四肢に絡みついた。四肢は強い力でがっちりと固定され、一切の可動を許さない。


 そしてーー。


「…死にたくな…」


 一本はルウの首を締め上げていた。


 痛い、痛い、痛い、しぬ…。


 触手による締め上げと、触手にまとわりついた瘴気による腐食が、ルウの身体を少しずつ壊しているのがよくわかる。


 …それでも、まだやれることは…ある……。


「…す……〈ストレージ〉…」


 最後の希望にかけてストレージを開く。しかし、首にまとわりついた太い触手によって視界が塞がれ、ルウが今ストレージのどこを触っているのかわからない。


 …切り札…俺の、神秘の……。


 次の瞬間、エクソの顔が大きく映った。

 そして口を開きーー。


『…オ前ハ無力ダ。抗オウト、変ワル事ハ無イ…』


 そう言った気がした。


 …急に締め上げが強く……息…でき…な………ルウ…助け……。


 …そしてついに、俺の意識は途絶えた。


 最後にストレージから取り出されていたのは、切り札などではなく、なんの力も持たぬただの花、精霊のグラジオスであった。


 花畑、アリがくれた一輪の花がルウの頭の上にポソりと乗っかった。

⬛︎ーーーーーーーーーーーーーー

・アイテム/【エンジェルハニー】

〈説明〉

これを舐めれば天使の美声が手に入る!

そんな謳い文句で取引されるこのハチミツは、非常に濃度の高い逸品である。

ポーションなどに加えることで効果時間を延長・増幅させる。

ーーーーーーーーーーーーーー⬛︎


ルウ「……ハチミツが喉に良いのは抗炎症作用と殺菌作用があることや、保湿なんかができるからなんだとか」

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