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十七話 俺流たったひとつの冴えたやり方



 翌日はかなり寝不足な状態で目を覚ました。

 深夜までずっと思案を練っていたせいではあるのだが、これから自分がやろうとしていることを想像して、かなり気が重くなってしまったのも原因の一つではある。

 昨日あれだけ姉貴に励まされておいてこのザマなのだから、我ながらなんとも情けない話だ。

 とはいえ、今さら決意を曲げるつもりもない。

 だいぶ頭を悩ませてくれたが、どうにか小日向の告白疑惑を払拭する方法を見つけたのだから。

 あとは、実行するのみだ。

 そんなわけで、今日は昨日より早めに起床し、手早く朝の支度を済ませて、いつも通り家族のだれとも挨拶を交わすこともなく一人で家を出た。

 今日は今にも雨が降りそうな曇天だった。まるで今の俺の気分を表しているかのようだ……とまでは思わなかったが、これから自分がやろうとしていることを考えたら、足取りは自然と重くなった。

 わかっている。これからやろうとしているのは、自分でもかなりトチ狂った方法だというのは。

 それでも、俺はやると決めたのだ。

 自分自身が後悔しないためにも。



 その後、結局雨に降られることもなく、俺は無事に学校へ到着した。

 小日向よりも早く来たかったので、今日は急ぎ足で来たのだが、それでも部活の朝練などで、すでにけっこうな数の生徒が来ていた。ご苦労なこった。

 朝から元気溌剌に掛け声を上げながら校庭を走り回る生徒たちの近くを何度か横切りながら、俺は下駄箱へと向かう。

 道すがら、今回立てた作戦を幾度となく脳内でシミュレーションする。

 昨日から何度も練り直した作戦なので、イメージはしっかりとできてはいるが、しかし所詮はイメージだけなので、絶対に上手くいくとは限らないし、またその保証もない。

 だが、小日向ならきっと俺の想像通りに動いてくれるだろう。

 ひとまず今は、そう信じるしかあるまい。

 そうこうしている内に、自分の教室の前へと来た。

 この時間内なら小日向はまだ学校に来ていないはずだが、もしかしたらという可能性もあるので、そっと戸を開けて様子を窺う。

 なんだが昨日とまったく同じことをしているなと自分に呆れつつ中を見渡すと、それなりにクラスメートはいたが、予想通り小日向はまだ来ていなかった。ついでに言うとリア充グループもだれ一人として来ていない。時間的にはそろそろ来る頃合いだろうか。

 あんまりちんたらしていると周りに不審な目で見られかねないないので、さっさと中に入って自分の席に着く。

 あとは、小日向とリア充グループが来るのを待つだけ。

 その間、このバクバクと早鐘を打つ心臓を少しでも鎮めておこう。



 それから十五分くらいしたのち、徐々にクラスメートたちが集まってきた。

 小日向はまだ来ていないが、陽キャグループ(いつもの四人)はすでに全員揃っている。

 余談だが、喜界島が来た時は露骨に不快な表情を──双葉が来た時なんて射抜かれるんじゃないかってくらいの凄まじい眼光で睨まれた。あれはカタギの人間が出せるような気迫やないでえ……。

 そんな中で唯一良かった点があるとするなら、山岡と加賀谷だけは俺に敵意を……それどころか一切興味もなさそうにしていたことぐらいか。

 まあそれは他のクラスメートも似たり寄ったりな反応なので、あいつらの中では単なる噂程度にしか受け取っていないのかもしれないが。昨日の俺の弁の影響もあるのだろうが、やはり俺なんかが学校一の美少女である小日向と付き合えるはずがないとか考えているのだろう。当然の思考だ。



 しかしそれも、小日向の反応次第でどう転ぶかわからない。



 あくまでもこの状況は、小日向がまだこの騒動に対してなにもコメントしていないから騒動にならずに済んでいるのであって、万が一にも俺と二人で休日に遊んでいたことがバレてしまったら、おそらくただでは済まないだろう(主に俺の身が)。

 ゆえに、面倒な事態になる前に、早急に対応する必要がある。

 ただ一つ気掛かりなのが、小日向はこの騒動をもうすでに知っているのか否かだ。

 周囲の反応から察するに、今のところ俺の嘘がバレた様子はなさそうだが、これまでにだれかが小日向と連絡を取っている可能性だってある。

 もしも、当に双葉たちから件の告白疑惑を聞いていたとしたら、今頃かなり困惑しているに違いない。

 そうなると、動揺のあまりボロが出る危険性だってあるし、やはり早々に解決しておきたいところだ。

 あー、でもなあ。やっぱやりたくねぇなあ。方法が方法だから明日学校に行きづらくなるし。なんなら今すぐにでも帰りたいくらいだ。帰って昼寝でもしていてえ……。

 いてえと言えば、心なしか腹も痛くなってきた。ついでに頭もなんだか痛い。むしろ全身が痛い。それ以前に俺自身が痛い。ってやかましいわ!



「……おはよ~」



 と。

 緊張のあまりセルフツッコミまでやり始めた頃、待ち人である小日向が妙に恐縮した態度で教室の戸を開けた。

「おっ。綺麗ちゃんじゃ~ん! もう体は大丈夫なん?」

 いきなり詰め寄ってきた喜界島に、小日向はビクッと驚いたように肩を跳ねさせつつ、

「……あ、うん。もうなんともないよ~」

 と微苦笑して応えた。

 確かに血色を見る限りは普通そうだが、どことなく表情が固い。まるで相手の反応を逐一警戒しているかのようだ。

 それとさりげなくではあるが、たまに俺の方を申しわけなさそうに視線を寄越しているのがかなり気になる。

「ほんとは昨日LINEで具合とか訊こうかと思ったんだけどさー。ジュリアに止められたせいで全然連絡が取れなかったんだよなあ。すごく心配だったのにさー」

「当たり前っしょ? 病人に無茶させんじゃないわよ」

 不服そうにそう愚痴を零す喜界島に、双葉が呆れた顔で吐き捨てるように言う。

「とか言って、どうせジュリアのことだから、お前だけ密かに綺麗ちゃんとLINEで話してたんだろ?」

「昨日はさすがにやってないっての。今日の朝だけはLINEでやり取りはしたけど」

「結局してんじゃん! ずっりい! お前だけ綺麗ちゃんに連絡するなんて!」

「ウチはいいのよ。だって綺麗とは小さい頃からの親友同士なんだから」

 ふふんとドヤ顔で胸を張る双葉。これがジャイアニズムか……。

「あはは。なんか心配かけちゃったみたいでごめんね~?」

「いやいや、綺麗が謝る必要なんてなんにもないから。悪いのは全部長政だから」

「なんでオレ!? べつにオレ関係なくね!?」

「だって綺麗が体調不良になったのも、疲労のせいらしいし、心当たりがあるとしたらあんたしかいないじゃん」

「なんでだよ!? 心当たりなら他にもあるだろ! そこにいるぼっち友情くんとかさ!」

 と。

 その言葉を皮切りに、クラス中の視線が一気に俺へと集中した。

 それは双葉とて例外ではなく、むしろここにいるだれよりも獰猛な眼差しをこっちに向けて、

「……ああ。それなら大丈夫。朝LINEで綺麗に訊いたら、きっぱり否定されたから」

 とぶっきらぼうな口調で応えた。

 なるほどな。どうりで小日向の方からやたら視線を感じるなと思っていたら、そういうことだったのか。

 大方、俺に迷惑をかける形になってしまって申しわけないと思っているのだろうが、こっちにしてみれば普段通りにしてくれている方が大いに助かるんだけどなあ。とは言え、小日向も気が気でない状態だろうし、否定してくれただけでも御の字としておくべきか。

「え? マジで綺麗ちゃん!?」

「う、うん。あの駅の前で写っているやつでしょ? 全然あたしじゃないよ~」

 突然ぐいっと顔を近付けてきた喜界島に対し、若干引きつった笑みを浮かべて返答する小日向。

「そっか~。それ聞けてめっちゃ安心したわ~。あれ? それでなんでジュリアは機嫌悪そうにしてるん?」

「綺麗が否定してくれたこと自体は嬉しいんだけど、あいつに言い負かされたままってのが気に入らないのよね……」

 あー。それでさっきからこっちをちょくちょく睨んできていたのか。極道の人に目を付けられているみたいで怖いから、今すぐやめてくんないかな……。

「それに、完全に疑いが晴れたわけでもないしね」

 嘆息混じりに呟いた双葉の言葉に、小日向が一瞬肩をビクッとさせた。

「え? どゆこと?」



「長政は気付いてないの? さっきから綺麗、ちょっと様子がおかしいとは思わない?」



 ──まずい!

 あろうことか、一番厄介な双葉に勘付かれてしまった!

 くそっ。でも考えてもみればそりゃそうか。双葉の方が俺なんかよりもずっと小日向と付き合いが長いんだし、むしろすぐに気付いて当然と考えるべきだった。

「な、なに言ってんのジュリア~。あたしのどこが変だって言うの~?」

「綺麗はそれで誤魔化せているつもりかもしんないけどさ、さっきからやたらそわそわしててすごく変よ?」

「そ、そうかなっ? そんなこと全然ないと思うけどっ」

 慌てて笑みを取り繕って明るく振る舞う小日向ではあるが、それが余計不審に見えてしまう。はっきり言って逆効果だ。

「ねえ綺麗。正直に答えて。昨日見せた写真は、ほんとに綺麗じゃないのよね?」

「……ほ、ほんとだよ? ほんとにあたしじゃないから」

「じゃあさ──」

 と。

 依然として首を振り続ける小日向に対し。

 双葉はさながら大切な人を断罪するような切なげな面持ちで。

 はっきりこう告げた。



「なんでさっきから、あいつの方ばっかり見てんの?」



 そうだ。

 俺で気付けたのなら、双葉だって気付けないはずがないのだ。

 先ほどからずっと、小日向が俺を見ていたことに。

「──っ!? そ、それは……」

 双葉に指摘され、あからさまに狼狽える小日向。

 それは口に出さずとも、言外に肯定しているも同然だった。

「え!? マジで!? ちょっと嘘でしょ綺麗ちゃん!?」

「うわ、言われるまで全然気付かなかった……」

「おれも……。これはびっくりだね……」

 口ごもる小日向を見て、三者三様の反応を見せる陽キャグループの三人。

 それは徐々に周りにいる人間にも伝播していき、クラス全体がにわかにざわめき始めた。

 これはやばい……。動揺する小日向を見て、クラス中の人間が猜疑の目を向けてきている。

 早くなにか言わないと、ますます疑いが深くなるぞ小日向!

「ねえ綺麗。なんでなにも言わないの? お願いだから違うって言ってよ……」

「ジュリア……」

 切なげな瞳を向ける双葉に、小日向も困惑した顔で見つめ返す。

 双葉からしてみれば、大切な親友がよく知りもしない野郎と付き合っているかもしれないわけだし、気が気でないのだろう。しかも周りに黙って密かに付き合っていたとなれば、その心中も穏やかでないのは想像に難くない。

 だがしかし、それは小日向とて同じはずだ。

 もしもここで正直に話そうものなら、たとえ恋人疑惑は晴れたとしても、隠れオタクだということが周囲に露見してしまう。

 それだけでなく、仮に恋人ではなかったとしても、俺と二人で色んな場所に遊びに行っていたことを今までずっと隠していたのだから、双葉たちにしてみれば気分のいいものではないはずだ。

 特に、俺に対しては。

 だから小日向は、なにも言えないのだ。

 正直に話すことも、嘘を吐いてこれ以上親友を騙し続けることも。

 だれかが、この場をなんとかしない限りは……。

「はあ~……」

 深い深い溜め息をついて、俺は瞼を閉じる。

 わかってはいるのだ。今すぐにでも助けに出るべきだというのは。



 だがここに来て、俺は完全に怖気づいていた。



 朝、あれだけ決意を固めてここに来たというのにこれなのだから、情けないったらありゃしない。

 姉貴が今の俺を見たら、きっと鉄拳制裁が下されるに違いない。

 所詮俺なんて、こんなものだ。

 いざ本番を前にして腰が引けてしまう、矮小な生き物なのだ。

 もしもこのまま見て見ぬ振りをすれば、どれだけ楽なのだろうと考えてしまうくらいに。

 だけど。

「──行かないわけには、いかないよな」

 なぜなら、自分にまで火の子が振りかねない事態なのだから。

 なせなら、一度は小日向を助けると決めたのだから。

 なぜなら──



 小日向が時折俺の方を見ては、救いを求めるような瞳を向けてくるのだから。



 これで助けに行かないなんて、それこそ男が廃るってなもんだろ?

 カッと瞼を開き、震える足に喝を入れるように拳をぶつけて、俺は立ち上がる。

 向かう先は、言うまでもなく──



「小日向さん」



 俺のその一言に、クラス中の視線が一斉にこっちへと集まる。

 そりゃそうだ。それまで沈黙を保っていた疑惑の一人が、ようやく動きを見せたのだから。

 きっとみんな、この件に関しての釈明をしてくれると思っていることだろう。

 しかし、悪いな。

 お前らの思惑に乗るつもりは毛頭ない──!



「小日向さん。この間の返事、聞かせてもらえてもいいかな?」



「えっ……?」

 俺の問いかけに、なんのことだかわからないと言った風に戸惑いの表情を浮かべる小日向。

 無理もない。むしろ返事をすべきはこっちなのに──小日向と友達になるかどうかすら伝えてないのに、突然返事を聞かせてほしいと意味不明なことを言っているのだから。

「……ちょっと、急になにあんた? まだ話してる途中なんだけど?」

「ごめん双葉さん。今は少しだけ黙っていてもらえるかな?」

「んなっ……!?」

 俺の言葉に、双葉が双眸を剥いてわなわなと唇を奮わせた。

 そりゃ俺みたいな最下級のザコに生意気な口を叩かれたら、だれだって腹が立つわな。

 それがエベレストより高いプライドを持つ双葉ともなれば、怒りの心頭どころの話ではないだろう。

 しかし、お前に構っている暇はない。

 今は、俺のなすべきことをさせてもらう。

「えっと……。望月くん、返事ってなんのことかな?」

「あれ? 忘れちゃったのかな? この間、ちゃんと気持ちを伝えたはずなんだけど」

「気持ち……?」

「うん。俺の気持ち」

 依然として当惑したままの小日向に対し、俺は決定的となるセリフを告げた。



「君のことが好きだっていう、俺の素直な気持ち」



『え、えええええええええええええええええええええっ!?』

 俺の言葉を聞いた途端、クラス中が一気に唖然騒然となった。

「あの小日向さんに告白したってマジ!?」

「嘘だろ? イケメンで有名なサッカー部のエースの告白すら、あっさり断ったって噂もあるくらいなのにか?」

「身の程知らずよねー。あんな地味なのじゃ振り向きもしないでしょ」

「いやでも、なんだかけっこう動揺してなくね? これはひょっとしたらひょっとするかもだぞ?」

 どよめきと共に、様々な反応がクラスメートたちに広がる。

 それは俺の眼前にいるリア充グループとて例外ではなく、

「ちょ、綺麗ちゃん!? 今の話ってほんとなん!?」

 と、特に喜界島なんかは泡を食った顔で小日向に詰め寄っていた。

「いつ!? 一体いつから!? だからさっきから、ちょいちょいこいつの方を見てたん!?」

「えっ? そ、それはなんていうか……」

 喜界島の問いかけに、小日向は言葉尻を濁してちらっと俺の方を見てきた。

 よし。予想通りの反応だ。

 小日向なら根も葉もない話を聞かされても、ひとまず口を閉ざして俺の反応を待ってくれると信じていた。

 あとは、小日向が俺に告白したという誤解を、どうにかして解消するだけだ。

「いつからって、この間偶然駅でばったり会った時だよね? 小日向さんは告白してきた俺に気遣ってか、会ってないって言ってくれたみたいだけど」

「えっ。そうなの綺麗!?」

「ふえっ?」

 驚いた表情で訊ねる双葉に、小日向はあっけに取られたようにぽかんと大口を開けたあと、一瞬俺に視線を寄越して「まあ、うん……」とゆっくり頷いた。

 いいぞ小日向。口に出すわけにもいかないので、どうにか視線だけで「とりあえず頷いておけ」と意思伝達したのだが、なんとか伝わってくれたようだ。

「ていうかあんた、やっぱ綺麗と会ってたんじゃん! 昨日は従姉妹と会ってたとか言ってたくせに! この嘘吐きがっ!」

 などと、すごい剣幕で怒鳴る双葉に、

「そりゃ正直に言えるわけないだろ。こっちは小日向さんに告白してるんだぞ? 親しい相手でもないのに、こんなこと恥ずかして人に言えるかってーの」

 と、俺はとっさにもっともらしい言い訳を口にして回避する。

「うっ。一理あるわね……」

 先ほどまでの勢いが嘘のように、すっかり消沈とする双葉。さすがの双葉も、これには反論しにくかろう。一晩ずっと思索を練った甲斐があったというものだ。

「でもさ、じゃあなんで綺麗はあの時変装みたいな格好してたの?」

「あ、あれは変装っていうか……そ、そう! 気分転換だよ! たまにはああいった落ち着いた格好もいいかなって思って!」

 おっ。ナイスアドリブじゃないか小日向。

 また返答に窮するようなら俺がフォローしようと思っていただけに、正直これは意外だった。

 おかげで、俺の話に信憑性が増してくれた。

 俺ばかり話していたんじゃ不審に思われかねいし、だいぶやりやすくなったぞ。

「なんだ……。それで昨日のLINEでも、わざとウチに嘘をついたの?」

「ご、ごめんねジュリア?」

「べつにいいけどねー。あの時綺麗が写真に写っているのが自分だって正直に認めていたら、告白された話までしなきゃいけなかったわけだし。それで話が下手に広がってこいつに恥ずかしい思いをさせないように、あえて誤魔化したんでしょ? 綺麗はこんなゴミにでも優しいね~。ほんと良い子だわ~」

「そ、そんなことないよ~」

 どこか安堵したように口許を綻ばせて言う双葉に、微苦笑しながら首を横に振る小日向。

 つーか、ナチュラルに人をゴミとか言いやがったぞこいつ。ぜってー死ぬまで忘れないからな、このクソギャルが。

「ていうか長政。聞いていた話と全然違うじゃない。だれよ、綺麗から告ったって言った奴。これはあとで銃殺刑ね」

「あ、あっれ~? おかしいな~。ダチにはそういう風に聞いて……って銃殺刑!? 撃たれんのオレ!?」

 ジト目で睨みを利かせてくる双葉に、喜界島はタジタジになりながら応える。どうやら喜界島も適当に聞いていただけで、はっきりと聞いたわけではなかったようだ。うむ。これは返って好都合。

「でもこれでようなく納得したわ。それでさっきからこいつの顔をちらちら見てたのね。そりゃクラスメートに告白されたら気になっちゃうわよね。お互い視界に入っちゃうわけだし」

「……う、うん。まあね……」

「で? どうすんの綺麗?」

「え? どうするって?」

「だから、こいつの告白」

 眉間にシワを寄せながら、煩わしげに俺を指差す双葉。

「もちろん、断るんでしょ? こんな人目のあるところで改めて告ってきたその度胸は買うけど、それとこれとは話は別だし」

「俺もぜひとも聞かせてほしいな。せっかくの機会だし、ちゃんとこの場で答えを聞かせてほしい」

「えっ? こ、ここで……?」

 周囲の視線が気になるのか、顔を赤らめながらきょろきょろしだす小日向に、俺は毅然とした態度で「うん。ここで」と言葉を返す。

 小日向にしてみれば、こんな人前で返事をするなんて恥ずかしいことこの上ない状況だとは思うが、それは俺とて同じだ。むしろこんな衆目の中で告った分、こっちの方がよっぽど精神的にキツいくらいだ。

 しかも場合によっては公開処刑となるかもしれないわけで、さっきから心臓がやばいくらいに動悸して今にも倒れてしまいそうである。

 まあこっちとしては、断ってくれないと逆に困るわけなのだが……。

「聞かせてくれるかな? 小日向さんの今の気持ち」

 クラス中のみんなが固唾を呑むように真剣な面持ちで小日向に注目する。

 しかし、小日向だけは。

 みんなが好奇の眼差しを向ける中で、小日向だけは、俺を気遣うような儚い瞳でこっちを見つめていた。



 ──望月くん、本当にいいの?

 ──ここで言っちゃったら、あとで大変な目に遭っちゃうよ?



 実際にそう聞いたわけではないのに、小日向の曇った表情を見ているだけで、そんな彼女の心の声が聞こえてくるようだった。

 きっと小日向も、ここに来て俺の意図がわかってしまったのだろう。

 俺がこれからやろうとしていることに。

 だから俺は、確かな意思を持って僅かに頷く。



 いいぞ。はっきり言ってしまえ小日向!



 果たして小日向にも俺のそんな心の声が届いたのか──

 小日向はキュッと唇を真一文字に閉じたあと、今まで見たことのない真摯な表情を浮かべながら、凛とした声音で一息に告げた。



「ごめんなさい! 今はだれとも付き合うつもりはありません!」



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