十八話 慣れないことはするもんじゃない(俺も小日向も)
その後、周りがどんな反応を示したかは、正直よく覚えていない。
というより、みんなが騒ぎ立てる前にさっさと退散してしまったので、クラスの様子を見るだけの余裕なんて全然なかった。あのまま残っていたら確実に嘲笑の的にされるだけだったろうし、早々に教室から出た方が無難だと考えたからだ。
しかしながら、まったくの無言だったとかと言うとそうでもなく、去り際になにか言った方がいいかと思って、ありがとうぐらいは一応言い残しておいた。
まあ、どうせだれも聞いちゃいなかっただろうが。
今頃、小日向を囲んでのお祭り騒ぎになっているだろうし。
はてさて。
そんなこんなで脱兎のごとく逃げ出した俺ではあるが、現在、人目を避けるために人通りの少ない校舎裏の花壇のそばに腰掛けていた。
低いレンガの上に座っているので、両足が伸ばせなくて若干姿勢が辛くもあるが、今はそれすらどうでもよく思えてくるくらい疲弊していた。
いや、ほんと疲れた……。
「つーか、すげえ緊張したあ~……」
深い溜め息混じりの呟きを漏らして、俺はうなだれるように頭を垂れた。
うわー、未だに心臓がバクバク鳴ってる。小日向に近付いた時なんて心臓が飛び出そうなほど高鳴っていたが、まだ尾を引いているようだ。
そりゃそうだよなあ。告白(しかも人前で)なんて、今まで一度もやったことないし。一応何度もイメージトレーニングはしておいたが、いつボロが出やしないかと心配で背中に冷や汗を掻きまくっていたのはここだけの秘密だ。
「あ~。今日はもうなんもしたくねえな……」
そう独りごちて、ぼんやりと空を仰ぎ見る。
朝家を出た時はあんなに曇っていた空が、今は少しだけ陽光が零れている。この分だとその内晴れそうだ。心境的には大雨が猛威を振るっているところではあるのだが。
今はまだ始業時間前だから当分ここに居られるけど、教室に戻ったら絶対クラスの連中からバカにされるんだろうなあ。考えただけで暗澹としてくるな……。
しばらくそんな感じでぼーっとしていると、校舎内から徐々に喧々諤々とした騒ぎ声が強まってきた。スマホで時間を確認してみると、ちょうどHRが始まる十分前。どうりでうるさく感じられるわけだ。
時間的には、そろそろ自分の教室に戻らないといけないのだが──
「戻りたくねえ~。このままサボりてえ~」
嘘偽りない切実な心情が声となって零れ落ちる。
ほんと、マジでサボれたらサボりたいところではあるのだが、しかしそれを一度でもやってしまったら、確実に親へと連絡が行ってしまうわけで。そうなると必然親に事情を話さなければならないわけで。とはいえ、本当に今日あったことを話すわけにはいかないわけで……。
「どう考えても袋小路じゃないっすかヤダ~っ」
思わず髪を掻きむしってぶんぶんと頭を振る俺。
自分で望んでやったことはいえ、この状況はかなり辛い。ぶっちゃけ想像以上だ。さっきから頭の中が渦を巻いたようにぐるぐるとしていて、さながら酩酊しているかのような錯覚にさえ陥る。
今さら後悔なんてしていないけども。
ただ今は、どこでもいいからだれも俺の知らない土地に行ってしまいたい気分だった。
「──望月くんっ!」
と。
すっかり鬱状態に入っている俺のところに、今となっては耳慣れた掛け声が遠くから聞こえてきた。
言わずもがな、その声の主は──
「小日向……さん?」
校舎の横手から、俺のいる花壇へとまっしぐらに走ってくる小日向。
そんな小日向の姿に、俺は意表を突かれて勢いよくその場で立ち上がった。
「はあはあ……。よかった。やっと見つけた……」
と、肩で息をしながら、小日向は若干怒ったように眉根を寄せて言葉を続ける。
「も~。今までどこにいたの? 急にいなくなっちゃうからすごく心配してたんだよ?」
「えっ? な、なんかすんません……」
なんで叱られているのかよくわからないが、とりあえず謝っておく俺。
「……ていうか、よく俺がここにいるってわかったな?」
「うん。あちこち探してた時に、たまたま望月くんを見かけたって先生がいて、それで校舎裏の方に行ったって聞いたから、ここまで来たんだよ」
「そっか……」
べつにそのまま放っておいてくれても──むしろそっちの方が小日向的にもよかったはずなのに、わざわざこうして必死に探しに来てくれたのか……。
「しかし、あれから大変だったんじゃないのか? よく一人でここまで来れたな」
「まあね。みんなから質問攻めにされちゃうし。ジュリアは上機嫌で抱き付いてきたりするし。ほんと、抜け出すのに苦労したよ~」
と、うなだれながら答える小日向。
あれだけのイベントが起きたんだ。みんながこぞって小日向を囲むのも当然と言える。
なお双葉に関しては、最初から予想は付いていたので特筆すべき点はない。あれの異様な小日向好きは周知の事実だし。
「この分だと、喜界島なんてすごいリアクションしてそうだな……」
「喜界島くん? 喜界島くんなら、喜んでるのか悲しんでるのかよくわからない顔でしきりに奇声を発してたよ?」
なにげなく呟いたつもりだったのだが、しっかり小日向に拾われていたらしく、先のような言葉が返ってきた。
あー。喜界島にしてみれば小日向に想い人がいなくて安堵したのだろうが、だれとも付き合うつもりはない宣言を聞いて、すごく落胆した気持ちとせめぎ合っているんだろうな。至極どうでもいいことではあるが。
「ところで、なんでまた俺を探しに? クラスの奴らにここを見られでもしたら相当まずいぞ……」
それこそ、俺の努力がまったくの無駄に終わってしまいかねないくらいに。
「それはそうなんだけど……でもあんなことされちゃったら、放っておくことなんてできないよ……」
伏し目がちにそう言う小日向に、俺はなにも言えなくなって黙り込んだ。
俺を見る小日向の瞳が、とても悲しげに揺れていたから……。
「ねえ、なんであんなことしたの? あれじゃあ望月くんが救われないよ……」
「…………」
わかっていた。
この方法で小日向を救うことはできても、きっと本人は納得してくれないのは。
けど、ああするしかなかったのだ。
わざとみんなの前で小日向に振られることによって、最初に言い寄ったのは俺の方だと思わせるには。
そもそもの発端は、一昨日に俺と小日向が秘密裏に二人で会っていたところを、喜界島の知り合いに偶然見られたことによって始まったわけなのだが、ここで重要なのは、その目撃者が俺たちの会話を歪曲して周りに伝えてしまった部分にある。
ようは、その歪曲部分をなかったことにすればいい。
贅沢を言えば、俺と小日向が二人で会っていたという事実そのものをもみ消せればよかったのだが、しかしまあ、それは高望みというものだろう。とりあえず今は、小日向が俺に告白したという誤解さえ消えてくれればそれでいい。
そこで考えたのが、俺の方から先に告白していたと、周囲に誤認させるという方法だった。
写真に撮られてしまっている以上、二人で会っていたという事実をもみ消すのは至難の業──その状態で小日向から告白してきたという誤解を書き換えるには、この方法が一番だと考えたのだ。
結果的にはこうして無事に終わってくれたが、微塵も不安要素がなかったわけじゃない。
もし仮に、小日向がこの騒ぎを今日の朝の時点で知っていて、なおかつすべての真相を口にしてしまっていたら、もはやどうすることもできなくなっていただろう。
一応その可能性は少ないと踏んではいたが、もしもという場合もある。だから今日この時が来るまで、俺はずっと気が気でならなかった。正直、ずっと生きた心地がしなかったくらいだ。
だから、自分的にはどうにか事なきを得てかなりほっとしているのだが、あくまでもそれは俺個人の感想だ。
小日向も、俺みたいに安堵してくれているとは限らない。
むしろ、小日向の性格を考えたら──
「助けてくれたこと自体はすごく感謝してるよ? あの写真をジュリアに見せられた時はすごく動揺したし、ずっとどうしようって悩んでいたから。けど、こんなことをする前に、あたしに一言相談くらいはしてほしかったよ……」
「それは……」
相談したところで、どうせお前は許してくれなかっただろう?
──と、返答しかけたところで、俺は不意に口を噤んだ。
この言い方はあんまりだ。これでは、まるで最初から小日向に期待なんてしていなかったとでも言いたげなセリフになってしまう。
無為に小日向を傷付ける言葉なんて、口にすべきじゃない。
「自分でも身勝手なことを言っているのはわかってるよ? 助けてもらった立場なのにこんなこと言うなんて、きっとわがままでしかないって。きっと望月くんも、一生懸命に考えて出した結論なんだって。でもそのせいで望月くんが辛い目に遭うのは、どうしても納得できないよ……」
言葉通り、とても辛そうに表情を翳らす小日向に、俺はふっと苦笑を零して、
「……小日向さんは、ほんとやたら気を遣うタイプだよな。逆にこっちがなんだか申しわけない気分になってくるよ」
「えっ。なんかごめんね……?」
「べつに謝るようなことじゃないって。俺なんかに気を遣う必要はないのにって意味だったから」
「俺なんかって……。そんな言い方……」
「いや、なにも間違っちゃいないよ。確かにこれからのことを考えたら憂鬱で仕方ないけどさ、それでもやっぱ俺なんかより小日向さんを救うことの方が最優先だって思ったし、結局はこれで良かったんだよ」
主観的に考えても。
客観的に考えても。
ベストとは言い難くとも、この方法が一番ベターだったのは揺るぎない事実だ。
「だから、小日向さんはなにも気に病む必要なんてないから。まあ、小日向さんのことだから、こんなこと言われてもどのみち気にしちゃうんだろうけどさ」
「…………」
小日向が、ぎゅっとスカートの裾を掴んで俯く。
その表情は今にも泣き出しそうで。
見ているこっちまで、胸が詰まりそうだった。
「本当は、なるべく小日向さんに負い目を感じさせないような手段を取りたかったんだけどな……」
小日向のこんな顔を見たくなかったから。
だが不器用な俺では、これが精一杯だ。
だからそんな俺の精一杯を、どうか無碍にしないでくれたらと心から思う。
「まあ、なんだ。元々俺は独りの方が好きだったし、多少の悪印象くらいどうってことないさ。小日向さんは今まで通り普通に過ごせばいい。その代わり、これからはもう俺と話さない方がいいだろうけど」
「え!? なんで!?」
「なんでもなにも、たぶん紺野先生の耳にもこの騒ぎの話が入ってくるだろうから。嘘とは言っても小日向に告って振られた以上、先生も気を遣って以前みたいに課題は出しにくくなるだろうし、返って好都合だろ? それになにより、学校の連中に俺たちがまたこうして二人でいるところを見られたら、今度こそ言い逃れはできないしな」
「それは……そうかもだけど……」
それだけ言って、小日向は唇を噛むように黙した。
一方的に助けられた上、これまで通り俺に協力することすらできなくなって、自分の不甲斐なさに歯痒さを覚えているのだろう。
責任を感じる必要なんてどこにもないのに、小日向は変なところで真面目な奴だから。
その誠実さが、小日向の良いところでもあるのだけど。
だが──
「仕方ないさ。こうなった以上は仕方ない。お互いの生活もあるし、特に小日向さんは人気者なんだから、今さらその地位を下りることなんてできないだろ? 今の俺と一緒にいたら株を下げるだけだろうし、こっちとしてもそれは本意じゃない。だから、一緒にいるべきじゃないんだ」
ぼっちの俺と、学校一の美少女とも謳われる超リア充な小日向。
どっちを優先させるなんて、考えるまでもない。
「……でもそれって、あたしの代わりに望月くんが犠牲になるってことでしょ? そんなの嫌だよ。納得できない。望月くんの言う通り、ジュリアたちと疎遠になっちゃうのは確かに怖いけど、それで望月くんが身代わりにならずに済むなら、あたしは我慢できるよ?元々今の学校生活だってちょっと嫌になってたし、望月くんとなら──望月くんさえ友達になってくれたら、あたしは……」
「無理しなくていいよ。そう言ってくれること自体は嬉しいけど、無理をしてまで俺を守ろうとする必要なんてないって」
「無理だなんて、あたしは──っ」
「だって小日向さん、本当は今の生活だって、そこまで嫌ってるわけじゃないんだろ?」




