異世界でも戦う覚悟と同じくらい、戦わない努力っていうのも必要だと思うのよね
今の状況はこうだ。
現在地は集落からそう遠くない森の中。
私たちは臨戦態勢で巨大な炎狼と対峙している。
まさに一触即発といった感じですっごく怖い。
前線に立つ植井君の背中を見ながら私は祈るような気持ちになっていた。
なんとかなれーっ!
一度、フラットな感覚で想像してほしい。
剣と魔法のファンタジー作品のバトルシーンといえば……
見上げるほど大きな怪物に正面から立ち向かい、派手なアクションと必殺技で勝利する。
ほとんどの人がそんな感じだと思うし、私もそう思っていた。
でも、冷静になって考えてほしい。
野生動物を狩るのに真っ向勝負というのはどう考えても頭が悪すぎる。
普通に考えれば、罠や毒餌を設置して動けなくなった所にトドメ。
もしくは、集団で追い込んで遠距離から数で圧倒するのが確実だ。
なんで私たちは、ランドボアの時にそれに気付かなかったんだろうね……?
今考えれば、罠や毒餌を使えばノーリスクで片付いたはずだもん。
「そういえば、ランドボアって最近どうです?」
「いや、今年はあれっきりだな……
毎年この時期は多いんだが、炎狼に食われたのかもな、ガハハ」
そんなこんなで、炎狼対策会議が始まった。
私たち3人に加えて、村長さんも参加してくれている。
……っていうかアレ狼だったんだね、大きすぎて熊だと思ってたよ。
「まずは被害状況の確認からした方がいいか?」
「いや、実はまだ被害者は一人もいないんだ、怖くて森にゃ入れんがな」
「ウェイ、それじゃ対策考えるかぁ……普通に罠や毒餌はどうなんだ?」
「そりゃ俺たちも試してはみたさ、でもアイツは頭が良い」
村長さん達もできる範囲の事はしていたようだ。
罠にかからないどころか全て破壊されており、毒を仕込んだ鹿肉には糞をされていたらしい。
「狼の臭いが付いた肉は臭くて食えないし、他の野生動物も食わない。
しょうがねぇから焼却処分になったよ、もったいねぇ」
この集落では大きなお肉はご馳走だからね……。
私も鹿肉食べたかったな。
「みんなで追い詰めて弓矢でばーってやるのはどうかなっ?」
「似たようなことは試したが……連携の隙を突かれる。
まるで俺たちの合図がわかってるみたいによぉ」
あれもこれも効果が見込めないわけかぁ……。
これは本格的に真っ向勝負しかないのかなぁ。
相手は狼だからスタングレネードからの速攻はかなり有効だと思う。
でも、討伐ランクとしては格上だから過信はできない。
何かもっと情報は……。
「炎狼って他の個体もあんな感じなんですか?」
「いや、普通の個体はランドボアとそう変わらない大きさだ。
かなり賢い種族だとは聞くがあそこまでじゃねぁはずだぞ」
特別な個体ですごく頭が良く、奇跡的に集落に被害者はいない。
そんな事ってある?
ものすごく頭が良くて身体能力が高いなら、村人を食べるなんて簡単な事だ。
小さな集落だから一夜で全滅だってあり得ると思う。
前に遭遇した時はどうやって追い払ったんだっけ……?
植井君が奇声を上げながら豚肉を投げていた気がする。
この世界のルール、魔界の瘴気、生態系、魔獣……
考えるのは得意じゃないけど、もしかしてこれなら――
「植井君、私に考えがあるんだけどいいかな?
あと、村長さんに用意してほしいものがあるんです」
全てが、丸く収まるかもしれない。
その後数時間が経って、日が沈んで暗くなってきた頃。
私たちは村から少し森の奥の方へ来ていた。
異世界転移の初日に炎狼と遭遇した場所だ。
少しだけ開けた場所になっているので、その中心で火を焚いて視界を確保している。
陣形は、植井くんが先頭で両サイドの一歩引いた場所に私とゴザちゃん。
何かあれば即座に“スタングレネード”を発動して植井君を守れる体制だ。
「なぁオタコ、本当に上手くいくと思うか……?」
「ウェイくーん、ビビってんの?だいじょーぶ、お姉さんが守ったげるからねーっ!」
「ダメだったらゴザちゃんを担いで逃げるから、後ろにスタン連射お願いね」
「それ、俺は置いてきぼり……ってコト!?」
軽口を叩いていても、三人とも目つきは真剣だ。
まあ、命がけだからね。
「心中……にならないよう、全力を尽くしますか」
植井くんは大きく息を吸って全力であの言葉を発する。
「ウェ゛ーーーーーーイ゛!!!!」
その声が静かな森に響き渡ってこだまする。
眠りについていた鳥が遠くで騒ぎだした。
そして、しばしの静寂。
徐々に遠くから風が迫るような音がして、ついに姿を表した。
暗がりから出てくる姿は美しく、月に照らされて神々しくすらある。
「ぐるるるるる」
「ちょ、ちょっと聞いてたのより大きすぎないーっ!?」
「大丈夫よゴザちゃん、スタンはもう少し我慢してね」
怒っているというよりは警戒と威嚇の間みたいに見える。
「ウェイ、ウェーイ!」
「ウェーイ?ウェイウェーイ」
身振り手振りを交えながらウェイウェイ言っているのは、別にふざけているわけじゃない。
もちろん、踊りを誘ったり相手のMPを吸い取ろうというわけでもない。
炎狼に交渉を持ちかけているのだ。
もちろん、ただの魔獣相手に交渉ができるはずはない。
魔獣とは理性に基づく行動のできない“獣”であり、対峙すれば即座に戦闘か逃亡の二択だ。
でもそれは“ただの魔獣なら”だ。
罠を理解して破壊し、村人の合図の合わせて隙を突いて逃げるという狡猾さ。
頻繁に遭遇・目撃されているのに被害者がいないという事実……
被害者が出れば討伐隊が組織されたり、腕利きの冒険者が来る事を理解しているのでは?
もしかしたら、言語は通じないとしても交渉に応じる知性はあるのかもしれない。
知性があるなら、植井君の能力なら意思の疎通ができるはずだ。
アレは言語ではなく意味やニュアンスを直接伝えるものだからきっと……。
「ガウ、ぐるる」
「ウェイ……驚いたな、条件によっては交渉していいってよ」
「よかった……植井君、通訳お願いしてもいいかな?」
「任せとけウェーイ!」
「俺はウェイ、そんでオタコとゴザだ、アンタは何て呼べばいい?」
「好きに呼ぶがいい、私に名などない」
「毛布……」
フカフカの毛皮を見ていたらつい口走ってしまった。
昔飼ってた犬を思い出すわ……
背中側の固い被毛と比べてお腹側はモフモフで気持ちいいのよね。
「かまわん」
「いいんだっ!?じゃあモーフ、森を畑にしたいんだけど場所を譲ってくれないかなーって」
ゴザちゃん、要件としてはそうなんだけどちょっと言い方が軽すぎない?
「話にならぬ、帰れ」
「話は最後まで聞けよ、アンタにも悪い話じゃない、これでも食いながら話でもしようぜ」
「ランドボアのジャーキーを用意しておいたの、美味しいよ?」
取り出したるは私の特性ジャーキー。
塩分控えめ&保存料なしでペットにも最適な逸品だ。
「そのような干からびた肉で……私を愚弄するか?」
「ウェイウェイウェイ文句は食ってからだ、毒はないから安心して食ってみろよ」
機嫌悪そうだが興味はあるようで、しばらく匂いを嗅いでいる。
過去に毒餌を置かれているから警戒されて当然だ
まずは私たちがジャーキーを食べて安全をアピールしよう。
「ところで、前にも一度ここで会ったのを覚えてる?ほら、お徳用お肉パックあげたでしょ?」
「ああ、あの時の……アレは量こそ少ないが美味であったな」
「あの肉には負けるかもしれないけど、これもなかなか美味しいよ」
少し躊躇して、ジャーキーを口にする。
「歯ごたえはいいがこんなもの……こ、これはっ!」
「ただの干した肉じゃなくて、しっかり血抜きした上に熟成させてうま味を引き出しているの
こんなの野生の世界にはないんじゃない?集落にはそこそこあるけど」
豚肉のお徳用パックの件である程度予想はできていた。
モーフは私と同じで美味しいものに目がない。
更に“コレ”でダメ押しをする……っ!
「なんだその……かぐわしいドロドロは?」
「そうね……名付けて“マジハWanちゅるり”かな」
それは、イナバWanちゅ~るをマジハ集落の素材で忠実に再現した逸品。
かつて飼犬用のものを舐めてみたその味を、私は鮮明に覚えている。
私の知る限り、Wanちゅ~るを嫌いな犬などこの世に存在しない。してはいけない。
それがたとえ異世界の炎狼だったとしてもだ。
私は“ちゅるり”を少し手に取ってモーフに舐めさせる。
巨大な獣に手を舐めさせるのはものすごく怖いけど、重要な事だ。
犬は上位の者から食料を食べ、下位の者はそのおこぼれをもらう。
つまり、食料を施す行動は私たちが上位だと認識させる行為なのだ。
「もっとだ、もっとソレをよこせ」
「おーっとモーフちゃん、それ以上は交渉の後だウェイ?」
「ねーお姉さま!ソレ私もひと口いいかなーっ?」
危険が無くなったと分かるとすぐに調子に乗るんだから……
でも、その後の交渉はとんとん拍子で進んで本当に良かった。
森を拓いて農地にする邪魔をしないこと。
村人と共生関係を構築すること。
ギルドで魔族登録をすることなど色々決まった。
魔族登録をすれば、法を犯さない限り魔獣として命を狙われる事もなくなるからね。
「その、美味い肉と“ちゅるり”についてなのだが……」
「モーフが狩ってきた獲物の一部をくれるなら、集落で加工を請け負うように交渉するよ」
そうすれば村人は自分で狩りをしなくても肉が手に入るようになる。
モーフは加工済みのジャーキーが手に入ってウィンウィンの関係というやつだ。
「でも、“ちゅるり”については難しくてね……」
アレは一部の材料を行商人から購入しなければいけない。
現状では現金収入の少ないマジハ集落で安定して一定量を用意するのは難しい。
「では……私はどうすればよいのだ……」
「ウェイ、言葉を覚えて冒険者登録をしたらどうだ?」
なるほど、依頼が出ている害獣を冒険者として狩れば、肉と現金の両方が手に入る。
将来的に農場が大きくなれば、それだけ魔獣による農作物の被害も多くなる。
その際には農地を守るという長期契約で村人との共生関係もより強固になるはずだ。
「なるほど、いいだろう」
一時はどうなることかと思ったけど、これにて一件落着。
夜も更けてきたので今夜は解散することになった。
戦うより話し合った方がいいっていうのは、異世界でも変わらない真理だよね。