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異世界での初戦闘はカッコよく必殺技とかでキメたいけど実戦でそんな余裕なくね?

今の状況はこうだ。

俺の手には血に濡れたナイフ。

足元では青ざめた多田が倒れており、血の海がじわじわと大地を侵している。

どうして……どうしてこうなった?



この惨状を迎える数日前――

集落での暮らしはいたって平穏無事だった。

午前中は集会所で子どもたちと文字を学び、午後は冒険者として村人からの依頼をこなす。

依頼も村人の手伝いや雑用ばかりだけどね。


この小さな集落にギルドは無いが、依頼者がいれば仕事は受けられる。

これは“直案件”と呼ばれるもので、仕事内容や報酬は直接交渉。

ギルドには後日、完了報告をして報酬の一部を納めるという流れだ。


一応、依頼主からも完了報告ができるため、すっとぼけて全額懐に入れてもバレてしまう。

悪質な場合は資格剥奪や追放処分ということもあるらしいから悪いことはしない方がいいな。

とはいえ、辺境から町のギルドまで完了報告をする住民はいないのでその辺りはガバガバだ。

まぁ、集落での依頼報酬はほぼ現物支給(食料)なので報告義務はないんだけど。


この世界に来て色々見てきたけど、一番興味深いのはやっぱりギルドというシステムだ。

この世界におけるギルドというのはただの仕事斡旋所(ハローワーク)ではない。

役所に似た機能を持つ国営の組織であり、その職員は公務員にあたるんだとか。

そのネットワークは大陸全土に広がっており、各地域の領主と連携して自治を支援。

住民の生活の質を向上させるのが主な役割なのだという。


冒険者へ仕事を斡旋するのは、あくまで社会奉仕の一環なのだ。

だから教育を始めとした地域貢献活動にも、一定の実績が認められれば報酬が支払われる。

本当に良くできたシステムだと思うよ。


さて、なんで長々とこんな事を話したかというと、ようやく俺たちにも戦闘を伴う依頼が舞い込んできたからだ。

依頼主はマッチョ村長で、依頼内容は農作物を荒らす野生動物の駆除、もしくは撃退。

討伐依頼とは実に冒険者らしい響きだ!

集落では土木作業や家屋の修繕みたいな依頼ばかりだったからいよいよって感じだ。


「私の超絶華麗な魔法に期待してよねー!」

合法ロリも尻尾ブンブンでやる気満々だ。


ということで、草木も眠る午前三時(推定)。

俺たち3人は畑の風下で身を隠している。

ゴザが言うには風下に陣取ることで獲物からは察知されにくくなるらしい。

暗い中での索敵は夜目と鼻が利き、物音に敏感なゴザ頼み。


集落周辺地域は自然の恵が豊富なため、生活の糧は狩猟採取が主体だ。

畑といってもそう広くはないのでこの人数でも充分にカバーできる。

じっとしてると虫が寄ってくるのが現代っ子には耐え難いね。


初日と二日目は収穫もなく、ただ寝不足になるだけで骨折り損。

張り込み三日目の夜明け前、空が白み始めた頃にようやく犯人(ホシ)が姿を表した。


イノシシだ。

我々が知るものとほぼ同じだが、牙だけがやたらと大きく見える。

さて、皆さんはイノシシと柵を隔てずに対峙したことがあるだろうか?

俺は今、まさにその体験をしているわけだがめちゃくちゃ怖い。


だが、合法ロリのゴザと我が愛しのビッグプリティに先陣を切らせるわけにはいかない。

事前の打ち合わせ通り、俺が揺動でゴザが魔法で援護し、トドメが多田のハンマーだ。

こっちを向きやがれウスノロブタ野郎!

「ウェーイ!!」


自慢じゃないが俺にあのサイズを仕留める技術も武器もない。

俺が引き付けている間にゴザ先生、自慢の爆裂魔法を頼みますよ!


「まっかせてよねウェイくん!熱量収束……弾けて砕け!発破ぁ!!」

ステッキの先端に光が収束して赤熱化し、圧縮されたエネルギーが瞬時に開放されて轟音を上げる。

夜の暗闇に包まれていた空間が閃光に塗り替えられて視界が真っ白に染まった。


「ぎゃあぁぁあああああ!!」


今のは俺の悲鳴。

俺が生まれて初めて目にした魔法は、例えるならスタングレネード。

激しい閃光は目を焼き、その爆音は耳から音を奪って方向感覚を失わせる。

そのくせ殺傷能力はほぼゼロという代物だ。


そんなの聞いてない……

爆裂魔法って聞いたら普通は殺傷能力抜群なやつだと思うよな?

一日一発撃ったら動けなくなるあの作品とまでは言わないまでもさぁ……。


全力疾走でイノシシから逃げていた俺は当然、目と耳をやられて派手に転倒する。

その後、間もなくズンという衝撃が地面を通して伝わってきた。

これは多田がイノシシを仕留めた音だろう。

地面に頬ずりするような姿勢だから見えなくても振動でわかる。


時間が経過すると少しずつ視界が戻ってきた。

まだ狭い視界のなかで落ちていたナイフを拾い、ゆっくりと立ち上がる。

転んだ時にこれが自分に刺さってたら大惨事だったな。


まだ耳鳴りは止まないが、視界はかなり戻ってきた。

俺が手にしたナイフはべっとりと血に濡れてぬるりと光っている。

足元には頭部が潰れたイノシシがよこたわり、その血溜まりの中に多田が倒れていた。

挿絵(By みてみん)

「……ひぇっ―――!!!」

この光景を見たときは本当に心臓が止まるかと思ったよ。

かなり気が動転して強い吐き気がしたけど、口から出てくるのは酸っぱい汁だけだ。

朝ごはんがまだでよかったね。


多田は全身血まみれだったがかすり傷ひとつなく、気絶しているだけだった。

体にほんのちょーっとだけ触ったけど、あくまで怪我がないか調べるためだからな!

俺は基本的に紳士だから……と言いたい所だが、マジでそれどころじゃなかったんだって。


見た感じ、ハンマーでイノシシを仕留めたはいいが、その結果を見て卒倒したって所か。

たしかに……しばらくは肉を食えそうにない。


爆発音を聞いて集まってきた村人にイノシシの処理を任せ、多田を木陰に寝かせる。

気がつけばもうすっかり周囲は明るくなっていた。

薄めたポタージュスープみたいに不自然な黄色い空を見上げて一息ついて、思い出す。

「あれ……合法ロリの事、すっかり忘れてた」


畑に戻ると、血の跡から少し離れた場所でまだノビていた。

獣人は俺たちよりもずっと夜目が効いて耳もいい。

何より、あの閃光と爆音の一番近くにいたのは術者であるゴザ自身だ。


依頼は無事果たしたが、なんともこれは格好がつかない。

結果オーライと言いたい所だけど、それはあくまで結果論だ。

事前にゴザの魔法についてもっと詳しく聞いておくべきだったかもな。


この教訓は次回以降にしっかりと活かしていきたい。

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― 新着の感想 ―
[一言] もし、もう少し離れたところにもう1匹いたら… そいつが襲ってきていたら… チーム内での情報共有は大事
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