異世界での初仕事はマッチポンプだったけど初心者にはちょうどいいよね
今の状況はこうだ。
現在地は集落の集会所で異世界言葉を勉強している。
肩を並べるのは集落の子どもたちだ。
アビー君も私の横で熱心に文字の練習をしている。
これまで学ぶ機会がなかった子どもたちには嬉しいサプライズだったようだ。
こうなったのは、ゴザちゃんが一緒に集落まで来てくれたからだ。
武器を購入後、私たちは町を散策しながら今後の事を話し合った。
今後の行動方針や拠点、報酬の管理と分配などもとても重要だ。
翌日は調査という名目で町の観光。
丸一日を費やしながらゴザちゃんとの親睦を深め、色々なことを教えてもらった。
おかげで簡単な挨拶程度なら私にもできるようになったのよね。
ギルドの酒場でで食事をしながら集落に戻る段取りを話していると、ダリアさんがある依頼を持ってきてくれた。
あ、ダリアさんっていうのはギルドの受付のお姉さんね。
ここから先は植井君の同時通訳ありとして見てほしい。
「いてくれてよかった……この依頼、みてもらえませんか!」
依頼内容は荷馬車の護衛(片道)で、行き先は“マジハの森”の集落。
植井君はピンときていなかったが、私達がいた集落の村長さんの名前がダン・マジハだ。
マッチョとか呼んで名前を覚えないのは良くないと思うよ?
受注条件は“ヒト族2名以上を含むパーティ”であること。
この町はほとんどが亜人と獣人で、ヒトは一人も見ていない。
つまりこの条件は事実上、私達を指名した依頼という事になる。
依頼主は南方商会――つまりトラ猫親分さんだ。
ダリアさんが言うには、森への道中は治安が良く、この時期は魔獣もほとんど出ない。
場合によっては護衛をつけない事もあるほどらしく、駆け出し冒険者にぴったりの依頼だ。
「なるほどそういうことか……さては相当高く売れる算段がついたな?」
植井君はネコさんたちに相当気に入られているみたい。
「上お得意様の直依頼なのでぜひ受けてほしいんですが……」
お姉さんの懸念点は、これが辺境への“片道護衛”という点らしい。
都市や町ならまだしも、辺境へ行く際は“往復護衛”が基本。
そうだよね、片道護衛して帰りはどうするの?って話だし。
しかも報酬が相場の数倍で全額前払いとなれば、ウマすぎて逆に警戒していまう。
しかしこれはつまり、猫親分さんからのご祝儀ってことだ。
「森に帰るんやったら乗ってきゃーええがよ」
今のは植井君による親分さんのモノマネ。
親分さんの喋り方ってそんな感じだったのね……
馬車を運転するのは以前紅茶をプレゼントしたブチさんという猫の行商人だ。
だから植井君、人を“下っ端行商人”とか呼ぶの本当に良くないと思うよ。
森への移動は、途中で野営をはさんで馬車でほぼ丸一日だ。
道中ではブチさんとゴザちゃんが色々な言葉を教えてくれた。
学校で習う英語は全く頭に入ってこなかったけど、ここでは不思議と覚えが良い気がする。
周りが全員現地語で必要に迫られているというのもあるけど、きっと言葉を覚えれば覚えるほど皆と仲良くなれるっていうのが大きいんだろうな。
後ろでウェイウェイ言ってる人はあまり熱心じゃないみたい。
そのうち痛い目を見ても知らないんだからね。
日が傾いてくると、ブチさんは馬車を止めて野営の準備を始めた。
野営は暗くなる前に準備を済ませるのが鉄則なんだとか。
石を積んで簡単なカマドをつくり、乾いた枝を集めて火を起こす準備をする。
ゴザちゃんが魔法で着火しようとして失敗した時は少し怖かった。
まさか枝が内側から破裂するなんて思わないもんね。
結局火起こしはブチさんの火打ち石だ。
樹皮をほぐした繊維の上に火花を落とし、小さな火種にやさしく息を吹きかける。
火が上がったら小さな枝を乗せて風を送り、すこしずつ太い枝にも火を移していく。
火が安定してきたら、消えないように見守りながら湿った薪を火の近くで乾かす。
ブチさんが肉球の手で手際よくこなす姿を私は必死で目に焼き付けていた。
おそらく、このテのサバイバルスキルは冒険者の必須スキルだからだ。
馬車から天幕を伸ばして簡易的なテントを作り、寝床を整えていると水汲みに行った二人が戻ってきた。
「「ウェーイ!」」
二人とも全身ずぶ濡れだ。
さては水遊びしてたな……?
「違うんだこれは、遊んでたとかではなくてだな」
「お姉様、これは違うワン!ウェイ君が急にテンション上がって遊びだしたとばっちりワン!」
そのとって付けたような語尾は何?
まーた植井君がしょうもないことを吹き込んだのかな……。
「魚がいたので夕食に捕まえようとしまして……」
「ウェイくんがすっコケたから爆笑してたら引きずり込まれて……」
それで結局楽しくなっちゃって、戻ってきたら二人で“ウェーイ!”ってワケね。
「植井君……楽しいのは素敵なことだけど、年上の私達がもう少ししっかりしよ?」
「ウェイ……」
素直に反省するのは良いことだと思う。
「そういえばお姉様たちって今何歳なの?」
「17だが?」
「私は早生まれだからまだ16歳だね、ゴザちゃんは?」
「先月18になったところだよ」
おっと、年上っていうのは想定外。
自分より上の人に“お姉様”って呼ばれてたと思うと混乱しそう。
「「ゴザ姉さん」」
「ちょっとやめてよ二人とも!今まで通りでいいから!もうっ!」
ゴザ姉さんは本当に可愛いねぇ。
夕食は町で買った携行食と思っていたけど、ブチさんが積荷の中からご馳走してくれた。
そんな事していいのかと思ったけど、どうやらトラ猫親分さんのご厚意らしい。
今度会ったらお礼しないとね。
この世界の食材でちゅーるっぽいの作れたら喜ばれるかな?
ブチさんの食材で作った串焼きバーベキューは最高だった。
この地方でよく食べられている獣肉は独特の臭みがあるけど、獣人はむしろそれを好むらしい。
ハーブで焼いて岩塩をかけると食べやすくなるっていうのは、武器屋のガンテツさんが教えてくれた。
だから、ヒゲマッチョとか呼ぶのは失礼だって!
かなりお肉にかなりこだわりがあるみたいだし、まだまだ色々教えてもらわないとね。
ギルドの料理は他所よりもバリエーションが豊富だったし、今度ダリアさんに料理担当の人を紹介してもらおう。
夜は交代で見張りをしながら寝る事になる。
ブチさんは一応護衛対象なので、朝までぐっすり寝ていてもらう。
「見張りはオタコ、俺、ゴザの順な、そんじゃおやすみー!」
べつに異論はないけど、独断で決めるのはどうなのかな?
皆が寝静まると、静寂が訪れる。
見張りと言っても基本的にやることはない。
パチパチと音を立てる焚き火をぼんやり眺めながら耳を澄ます。
時折風に揺れた木々のこすれる音や夜行性動物の足音が聞こえたりもする。
火を焚いていれば小動物は寄ってこないけど、油断すると食料を盗られることもあるらしい。
魔獣が多い地域ではこんなにのんびりとした見張りはきっとできないんだと思う。
今日はブチさんに沢山の事を教えてもらった。
護衛依頼という体裁だけど、これはまるで異世界生活のチュートリアルだ。
トラ猫親分さんはいったいどこまで私達の事情を知っているんだろうか。
そんな事を考えていると、ブチさんの声が聞こえた。
「初任務はどうだい?」
「お嬢ちゃんは……あぁそうか、言葉があまりわからないんだったな」
穏やかな声で、ゆったりと語りだす。
「まぁいいや、アンタらド素人だが良いチームだよ、あの兄ちゃんも見上げたもんだ」
「交代でする見張りってのは、眠りが寸断される真ん中のやつが一番しんどいんだぜ」
「この辺りは安全だからテキトー頑張りな」
ブチさんは最後におやすみとだけ言って戻っていった。
言葉は半分も分からなかったけど、言いたいことは伝わってきた気がする。
翌日、昼過ぎには集落にたどり着いたけどなんだかすごく疲れた気がする。
行きはそんなでもなかったんだけど、無意識に気を張ってたのかな……?
「護衛のコツはオンオフの使い分けさ、そのうち慣れるよ」
ブチさんは集落で荷降ろしをした後、すぐに別の荷物を載せて次の目的地へと向かっていった。
やっぱり護衛なんて方便で、本当は要らなかったんだね。
驚いたことに、集落では私達専用の小屋が用意されていた。
元は古い倉庫のようだけど、しっかりと修繕されて小綺麗になっている。
どうやら私達が集落を出て町に向かう際、植井君が村長にお願いしていたらしい。
なるほど、お土産を奮発したのはこのためだったか。
先を見越してこういう根回しができるのは正直すごいと思う。
いつまでも“お客さん”だと居心地よくないもんね。
いつもの宴会を経て夜はふけていき、翌日からは集落の一員としての生活が始まる。
これまで集落には無かった新たな習慣が、学校だ。
ゴザちゃんが先生になって私たちや集落の子どもたちに言葉を教えている。
この世界で文字を読める、書ける人はそんなに多くはないらしい。
教育や社会奉仕といった活動は実績に応じてギルドから手当が出るので一石二鳥というやつだ。
「ま、今更数人が増えた所で手間は変わらないからいいケドさー」
ゴザ先生もまんざらではなさそう。
これから私たちはしばらくの間を集落で過ごして、たまに町に行ったりしながらこの世界の事を知っていくことになる。
相変わらず平和で戦うような事はなさそうだけど、この先もじっくり付き合ってほしいな。




