91.現場見学
「アルトナーさん、本隊の方は心配しなくても大丈夫だと思うよ。これでもかなりの労力を割いて街道付近の賊を掃討したんだ。あの数の兵が輸送する物資を襲うほどの大規模な集団は存在しないはずだよ。それと、そんなに時間を取らせるつもりはないし」
1号線を一路ボイオス総督領の領都ボイアテスに向かう本隊から分かれて移動しているのはユタカ達とアルトナー、ディアナとその専属メイドのアデリナであった。いくら治安が回復したということであっても、以前から伝え聞く惨状を知っているアルトナーは部下たちが心配であった。その様子を見たユタカはこのボイオス総督領の統治者として安全が確保されていることを伝えることで安心させていた。
領境である峠から少し進んで1号線から脇に外れ、すこし戻るような方向に一行はしばらく進むと険しい山々が迫るところに大規模な人工物を確認した。急峻な崖以外の部分には柵が張り巡らされ、その柵は明らかに外部からの侵入を阻止するのではなく内部からの逃走を阻むことを目的とした形状をしていた。
厳重な警備が行われる門を通過し、柵で区切られた多数の簡易的な小屋を横目に進み、敷地内で最も立派な建物へと向かった。完全武装した兵の指示により、明らかに柄の悪そうな人間が鎖に繋がれながら移動する平穏とはかけ離れた光景にディアナたちはユタカが何をしたくて連れてきたのか分からなくなった。
「ようこそ、いらっしゃいました。当犯罪者収容所の所長を拝命しておりますフェリクスと申します」
建物の玄関前に屈強な兵と共に並んでディアナたちを迎えた痩せた役人を見てアルトナーが何かを思い出したかのように近づいた。
「君はマクトルの留置所で所長を補佐していた者ではないか。彼がよく言っていたよ、フェリクスは優秀だと。そうか、最近見かけないと思ったらユタカ君の所に派遣されていたのか。しかも、このような大規模な施設の所長とは出世したな、以前見た時からずいぶんと体形が変わってたからすぐに気づかなかった」
「アルトナーさんは彼のことを知っていたんですね。本当に彼は優秀で私の期待以上の成果を常に出してくれてるよ。この施設を全面的に任せるに足るの人材だと確信してるんだ」
領軍司令官であるアルトナーはその仕事柄、犯罪者を拘置する施設へと打ち合わせする機会もあり、その際に度々目にしていたフェリクスの存在を懐かしんだ。フェリクスも見慣れたマクトルの上層部の人間を目にして、この機を逃がすかとばかりにマクトルへの帰還を嘆願しようと口を開いたところで満面の笑みを浮かべるユタカの顔が向けられ、自分の意志とは異なることを口に出し始めた。
「ユタカ総督閣下には過分なご評価を賜り大変充実した日々を過ごさせていただいております。閣下からはこの施設の成果をディアナ様やアルトナー司令官に示すようにとご指示を頂いております。どうぞこちらにいらしてください、お足元にはご注意を」
フェリクスは自分の意志の弱さに忸怩たる思いを抱きながらも与えられた役目を果たし始めた。そんなフェリクスの先導の元、一行は施設に隣接する山の一つに近づいていった。
「ねえ、ユタカ、こんなところに何があるの?」
「ボイオス総督領とマクトル公爵領の未来を変えるものかな。俺もボイオス総督領に入るときに結構苦労したけど、ディアナたちも苦労したでしょ。あの峠道は互いの経済交流を妨げる最たる要因だと思ったんだよ。だから、それを何とかできないかなって思ってこれを造り始めたんだ」
ディアナの質問を受け、待っていましたとばかりに話を始めたユタカは徐々に姿を現してきたトンネルを示していた。妙に上機嫌でいるユタカが何を言い出すのかと思っていたディアナは目の前に現れたトンネルを見て、微妙な反応しかできずにいた。しかし、アルトナーとアデリナは信じられないと言った様子で奥の方で僅かな光が見えるトンネルを見つめていた。
「ユタカ君、何か鉱物資源が見つかったから掘っているのではなく、峠を越えるだけの目的で造っているものかね」
立ち止まった二人を進むように促しながらユタカは肯定した。手彫りゆえにごつごつとした壁面となってはいるものの馬車がすれ違うのには十分な幅を確保したトンネルの中で、声を響かせながら説明を続けた。
「ええ、ルートの選定の際に山師の方や地元の猟師の方々から情報を集めましたが、何か有用な資源が眠っている可能性は少ないらしいです。単純にボイオスとマクトルを繋ぐ街道としての機能を期待して設計するつもりですよ」
当然この世界でも物流の重要性は認知されており、それを効率的に行うという思想は存在していた。物流がもたらす富を認識しているからこそヤンティヌム公国一の商都は街道の結節点に存在し、大きな発展を成し遂げている。より効率的なルートを求め道路を建設し、その道の治安を守る努力を怠ればその領主は総じて没落していく傾向にあった。しかし、一つのトンネルで、あるいは橋で解決するようなら別にしても複数のトンネルと橋の建設を要する道を志向する者などは存在しなかった。その結果が馬車の通行が困難な勾配の存在する峠道であった。そして、建設をしない理由も明快であった。
「これほどの規模の工事をどうやって、マクトル領の豊かさがあっても到底行うとは考えられない。いくら各方面からの援助があるとは言っても、領内の安定のために使うのでいっぱいでは。……そういうことか……」
「アルトナー先生、そんなに大変なことなんですか。私はこのようなトンネルも橋もいくつか見たことがあります。マクトル領にもあったと思います」
「ディアナ様、わたくしたちが見てきたトンネルや橋の建設には膨大な人手とお金が必要になります。一つ二つ作ることは出来てもそれは効果をよく考えた上で造ることを決めます。ましてや今日ディアナ様が越えてきた峠道をなしている山々を貫いていく道など、一体どれ程のお金が必要になるか見当がつきません。大公陛下でさえ軽々に判断できないような事を一領主が就任後まもなく決めて、すでに建設を行っているなど」
アデリナの言う通り、国家事業あるいはそれをも超えるような規模の資金が必要となる計画ではあるがタダで使い潰せる犯罪者と言う存在を活用したことでユタカは失敗を全く恐れることなく試すことが出来た。失敗したとしても犯罪者の処分が出来たという成果が残るのだから損はなかった。
ディアナたちが話しているうちに出口の光は大きくなり、峠道からは見ることの出来ないアングルで山々を望める地点に出た。
「わぁーーー、すごい、ユタカ、来てよ!」
「ちょ、ディアナ様、走られては危ないですよ」
暗闇のトンネルから太陽の光が溢れる世界にいち早く目が慣れたディアナはユタカの手を引っ張って外へ駆け出した。ディアナ達の前にはすでに昼を過ぎた太陽から差し込む角度のある光の筋によって山肌に向かい山の陰が掛かっていた。それは時間と共に徐々に陰の領域を増やし、空の赤みもまたそれを追うように増し始めていた。
「ほー、これは荘厳な風景だな」
ディアナに遅れてゆっくりと歩いてトンネルを抜けてきたアルトナーが腕を組みながら静かに目の前に広がる景色を堪能していると、トンネルからさらに続いて山を縫うように伸びる道の先ですでに山の陰に入った暗闇から松明の灯が点々と灯りだすの見えた。
アルトナーは見とれていた自然の雄大な景色の中に突然人工的な光が混ざり眉をひそめたが、ユタカの視線を受けたフェリクスがその光の元について説明を始めた。
「皆さまがご覧になっているあの松明の光が灯る場所が現在のこのバイパス道の最先端部になります。数日中にあの場を起点として二つ目のトンネルの掘削が始まる予定になっております。事前の測定では今しがた歩いていただいたトンネルを越える長さになる予定です。したがって、被害も第一トンネルを越えると想定されております」
ディアナが「被害?」と首をかしげていたが、アルトナーにはすでに察していたのか「すでに何人出たのだ?」と率直な質問が飛んで来た。
「詳しい人数の報告まで確認してないですけど数百程度だったかな。おかげで大分この施設の余裕も出来ましたよ。残念なことにまだ補充が途切れないですがね。……あー、念のため言っておくと彼らは現行犯か明白な証拠が揃っている犯罪者だから。本来は斬首を考えていたけど、処刑方法が少し変わっただけだよ」
トンネルを掘るのは確かに危険が付きまとう仕事ではあるが、専門家が知見と経験を駆使して行うこともあり、間違っても数百人単位の死者が出るようなものではなかった。それを知ってか知らずか、ディアナ達が非難めいた目を向けたがユタカはすぐに資源の有効活用であると言い放った。その様子を見たアルトナーは以前見た時から明らかに体形の変わったフェリクスに近寄り、肩を優しくたたきながら懐に入っていた金貨を渡した。
「彼はとても優秀で合理的だ。だが、結果としては間違っていないが手段に難がある。それに従う君たちの苦労をすぐに察してやれなくて済まない。これで少しでも良いもの食べて、気分を紛らわしてくれ。あまり深刻に考え過ぎないようにな」
フェリクスは文官と武官の違いはあれど、マクトルの武官の頂点に立つアルトナーから掛けられた言葉に感動し涙を流しながらも、これからも励むように言われていることを察し、感動以外の涙も混じらせていた。
「それではフェリクス所長、後のことはお願いします。何か物資や要員の補充が必要になったら私宛に直接連絡を出すようにして下さい。できる限り対応するようにします。では」
トンネルを再びくぐり抜け、アルトナーに助けを求めるように悲しそうな視線を向けるフェリクスに見送られながらユタカ達は1号線をボイオスに向けて出発し、先行している本隊に追いつくべく速度を上げた。
次回は4月26日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




