65.居眠り
昼食を取り終えた頃には大公主催のパーティ参加のためマクトル公爵家別邸では屋敷の主人、使用人を含めて忙しそうに動いていた。年に一度の公国のトップたる大公が主催するパーティのため、身内とは言えど衣服には細心の注意を払っていた。マクトル公爵家の中で統一感を持たせながらも個性を出せるように練られたデザインの服を多くの使用人に手伝われながら着付けを行い、さらに女性陣は共に身に着けるアクセサリーにまで多大な時間を掛け着飾った姿で別邸の玄関ホールに現れた。
「いつになく凛々しいお姿ですね、公爵閣下。アロイジア様、ディアナ様はそれぞれ妖艶と可憐を体現されたような素晴らしいお召し物です」
「ふふ、お世辞がうまいのねユタカ。あなたもよく似合ってるわ、本当に以前見た時より豪華で格式が高いものに見えるわ」
ユタカのなんとも気持ちのあまり籠っていない適当な褒め言葉を受け、アロイジアは慣れた様子で受け答えた後にユタカの服を褒めていたが、ディアナの方は赤い顔をして下を向いた。
「どうだユタカ君、私の妻や娘は美しいだろう。自慢の家族だ、しかし、君の隣の子を目の前にすると世界で一番だと言いきれなくなるのが悔しくもあるがね」
ユタカの隣で直立不動で立っているベータの姿はマクトル家のメイドの服と比べフリルがかなり増量された可愛さを前面に押し出すようなにゼクティア監修の下デザインに手が加えられていた。普段着ている軍服と違い威圧感がなくなり純粋にベータの整った容姿を際立たせ、そこらのアイドルなら裸足で逃げるような姿へとなっていた。しかし、地の無表情に変化はなかった。
「エンゲルベルト様のその言葉には思うところがないわけではないけど、確かにベータちゃんを越えるのは無理かもしれないわね。ふふ、パーティでは大変そうね、ユタカ」
「・・・ユタカ君、大公陛下のパーティだ。あまり血生臭いことをしないでくれよ。多少嫌な思いをしても我慢して無視してくれ」
貴族のパーティ、かわいい仲間、出世。これだけ揃っていれば起こりえることは想像できていた。
「それに関しては何とも返事のしようがないのが正直なところです。嫌味を言われたり、ちょっとしたちょっかいなら我慢しますが、私や部下に身の危険が迫るものであれば躊躇をするつもりはありません。変な躊躇をして怪我をするのは自分たちですので。そうですね、まあ、血生臭くならないようには気を付けるようにはします」
ユタカの安心できない返事を聞いて、何か事が起きれば兄たる大公に小言を言われるエンゲルベルトは渋い顔をしていた。そんなエンゲルベルトの様子を横目にユタカはゼクティアやロイトナン達と話していた。
「じゃあ、行ってくるよ。後のことは任せた。緊急事態があればロイトナンの指揮の下、動いてくれ」
「わかったぜ、ユタカに危機が迫れば動けるようにしておく。即応可能なようにできるだけユタカの側に少数だが兵を配するようにする。第一にユタカの身を安全圏への脱出させること、副次被害に制限はないがマクトル公爵家の関係者には適宜留意。これで進めるぜ」
この物騒な会話を聞いたエンゲルベルトは渋そうにしていた顔をさらに渋くし、最後には大きなため息が漏れていた。そして、例年になく重い足取りになりながらもエンゲルベルトは多くの使用人に見送られながら家族やユタカと共に馬車に乗り、パーティ会場である城に向かって移動した。
パーティー参加者の中でも最高位に位置する公爵位をもつマクトル家の登城は最終盤の方であった。城の正面入り口から案内に従い大きな扉の向こうにあるホールへと着くとそこには大勢の着飾った紳士淑女、少年少女などが思い思いに集まり会話をしている様子があった。そんなにぎやかな会場にあって、マクトル公爵家がホールへと登場すればたちまち参加者たちの注目は集まり挨拶のために列を作る光景が出来上がった。
「ユタカ君、私達は挨拶をしてくるから一回ここで別れよう。くれぐれも出発前に言ったことを頼むよ」
挨拶へと集まっていた多くの者たちのは共に入室してきたユタカやベータの姿に興味を抱いていたが、まずは公爵家の挨拶を済ませないといけないのか、マクトル公爵家の元へと向かった。
ユタカは目立たないように人の少ない壁際に陣取り、会場の様子をボーと見ていた。しかし、見たこともない服装に身を包む子供と容姿に自信のある者が集まる貴族のパーティにであっても群を抜いて美しい容姿を持つメイド姿のベータがセットでいては目立たないことは不可能であった。多くの視線を集めているのは確かであったが、既知の貴族同士の挨拶を行うのを優先し未知の存在であるユタカに話しかけようとする者は存在しなかった。
そんな視線を受けているにも関わらず壁際の二人は自由であった。
「なんだかただ立っているのも疲れちゃったね、ベータ。椅子とか無いのかな。立食形式なのか知らないけど椅子ぐらいあると思うんだけど」
「は、調達いたします」
メイド姿のベータは軍人然とした動きで頭を下げ、そばを通りかかったホール担当の男性に声をかけ、顔を真っ赤にした男性が会場の奥から椅子を一つ持って来て、デレデレとした表情でベータの側に椅子を置き座らせようとしていた。そんな様子をどこまでも無表情で見つめたベータは置かれた椅子を持ち、すたすたとユタカの元へ運んだ。そんな様子を見ていた男性はガックシと項垂れながら去って行った。
「椅子一脚の調達が完了しました、水無殿」
「ありがとう、ベータ。あの人これから忙しくなるだろうにあんな様子で大丈夫なのか?まあ、いいか」
「水無殿、不完全体二体が200m圏内での待機が完了」
「200mって城の中だよね、多分。ロイトナン達のことだから見つからないようにしてるだろうけど、騒ぎにならないよにしないとね。しかし、いつになったら始まるんだか。こうも人が多いと中心付近にある料理を取りにも行けないし、さっさと俺の紹介が終わって帰れないかな」
「会場前方に金属の武具を装備した複数の存在が現れたようです」
ベータがそう言うと会場に散らばっていた人々が移動を始め、会場の前方で人口密度の高い領域を作っていた。
その後大公家の入室を告げる声がした後、拍手が鳴り響きしばらくして大公の話声がした。
「皆、よく集まってくれた。今宵は各々の領地でのこと、公国のことを語らい更なる我らの発展のために連帯を深める機会となることを。それと、諸侯らが気になっているであろうことも後程発表する機会を設けるがまずは用意した酒、料理を肴に語らってくれ」
その後、拍手がなり終わると前方に待機する者や少し外側に移動する者などの動きがあった。会場の入り口近くの壁際から移動もせず見ていたユタカ達には人の壁で大公の声だけが聞こえるのみであった。
「なんだか、大公が、いや大公陛下が登場したみたいだよ」
「複数人の入室を感知しました」
「なんだかまだ帰れそうにないね」
事前にエンゲルベルトにパーティでの立ち振る舞いや動きについて事前に教えられてはいたが積極的に他人に話しかけるような性格ではないユタカは壁際に持って来てもらった椅子に座り続けであった。蛍光灯ではなく大量のろうそくで明かりを灯された会場に生演奏される優雅な音楽が静かに響き、ユタカはいつの間にかウトウトと居眠りをしていた。
「水無殿、3人接近中です」
「は!ん~~はぁー。・・・寝ちまった」
ウトウトとする前から寸分も体勢が変わっていないベータがユタカに人の接近を告げた。目を覚ましたユタカは眩しそうに細めた目を近づいてくる人影に向けた。
「ちょっとユタカ、うそでしょ寝てたの?信じられない。大公陛下もいらっしゃってるのに挨拶もせずにずっとここにいたの?」
「えー、別に俺は貴族じゃなし。大公陛下とは仕事上のお客さんというか雇い主というか、そんな感じだし。そんなことより、2人はディアナの友達?」
ディアナと同い年ぐらいの少女二人にはユタカの言っていることが意味不明に過ぎたようで、目を点にしていた。その点にしていた目を見たことの無い黒い服に身を包んだ同年代の少年と自分達とは別種の美しさを放ちながらその傍らに佇むメイドのような存在を交互に行き来させていた。
「・・・ええ、カミラ・シュミットバウアーとエミーリア・シュトツェルよ。カミラのおじい様はハーゲン首席宰相閣下で、エミーリアのシュトツェル子爵領はボイオス領のすぐ北にあるのよ。昔からとっても仲良くしてるの」
「こんばんは、カミラ嬢、エミーリア嬢。私はユタカと申します。貴族ではないのだが、なんでもこの場で紹介されるとのことで呼ばれこの場におります。っと、向こうで少年たちがここに集まる可憐なお嬢さんたちに熱い視線を寄こしてるよ。こんなところではなく、向こうの少年たちと話してきたらどうだい、ディアナ。とっても話したそうにしてるよ」
公爵家の令嬢たるディアナととても親し気に話をし、あまつさえ、からかっている様子さえある姿を見てカミラとエミーリアはとても驚いていたが、最近ディアナの話に出てくるようになった”ユタカ”という存在とディアナを交互に見て笑みを浮かべた。
「こんばんは、ユタカ様。ユタカ様のお噂はおじい様やディアナ様からお伺いしてましたが、直接お会いできてうれしいです。ぜひ、カミラ、とお呼びください」
「私はシュトツェル子爵家の娘、エミーリア。私もディアナと同じくユタカと呼んでいいだろうか。私のこともエミーリアと呼んでくれ」
「わかった、カミラ、エミーリア。俺のことはユタカでかまわない。ほらディアナ、君の御父上から問題を起こすなと言われてるんだ。ディアナ達がここで固まってたら向こうでうらやましそうにしている少年たちが来てトラブルになってしまうだろ。適当にってあしらってきてくれ」
「いやよ、彼らは私を見てるんじゃなくてマクトル公爵家を見てるだけだもの。それにあの中に私より優秀な男はいないのよ。剣でも知識でも劣っている男と話すなんて時間の無駄だわ」
「辛辣。これは公爵閣下が心配になるわけだ。そんな態度では友達が出来ないぞ、俺が言えることではないが友人はたくさんいた方がいい。異なる価値観を持つ人間と話すことは自分の知識や経験に奥行きを持たせることが出来る」
ジトっとしたディアナがユタカを見ていた。そして、目を反らした。
「また、子ども扱いしてきた。同い年なのに時々こういうことを言ってくるのよ。分かるでしょ、2人とも」
「ふふふ、確かにディアナ様がおっしゃる通り不思議な方ですね。ユタカ様、異なる価値観を持つ人と話すならユタカ様ほど適した方はいらっしゃらないのでは?」
カミラからの見事な返しに言葉を詰まらせたユタカが黙っていると、ざわめきが徐々にこちらに近づいてきた。
次回は10月26日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




