52.保険の準備
ボイオス伯爵領の侵攻をボイオス伯爵当主の死亡という形で終えた今、マクトル防衛のために街道を封鎖するよう築かれた陣地は解体と原状復帰の作業が着々と進んでいた。
2,000以上のマクトル領軍や傭兵が参加し、多くの死傷者を出しながらもマクトルの町自体には被害はなく防衛戦は成功という結果で終了した。
アリーセの仇であるアンスガー・ボイオス伯爵を討ち、目的を達成したユタカは早々に傭兵たちと共に戦場を後にし、自身の拠点に戻っていた。
「ユタカさん、傭兵の皆さんには約束していた報酬の支払いが終わりました」
「ありがとう、シャッツ。じゃあ、みんなお疲れ様でした。みんなの協力のおかげでアリーセの仇がとれたよ。ありがとう。・・・それで、新しい仲間が増えました。マネキンが二人と完全体が二人、これから召喚するよ」
ユタカが召喚を開始すると部屋にいた二人のマネキンが受肉を開始すると同時にマネキンが新たに二体召喚された。
新たに現れた完全体は瞳の蒼くアルファと雰囲気の似た女性と瞳の赤いゼクティア達に似た雰囲気を持つ40代ぐらいの体格の良い男だった。
「水無殿!ただいま受肉が完了しました。『自動人形』技術職能付与型、1体及び戦闘特化型、1体の完全召喚を報告します」
「改めてみんなよろしく。名前は戦闘特化型の君はベータにしよう。あなたはテヒニクにしよう。なんのひねりもない名前で申し訳ないけど、俺のネーミングセンスはこんなものだから許して」
「了解」
「わかったぜ、ユタカ。ま、名前なんて分かりやすいに越したことはないな。」
「ベータは何となくわかるんだけど、テヒニクさんの技術職能っていうのはどんなことをするものなんですか」
「おいおい、ユタカ。俺はお前の能力で現れてるんだぜ、敬語もさん付けもいらないぜ。呼び捨てで構わない。それでおれはモノづくりが専門だな。こんななりだが戦闘に関してはそこのシャッツとどっこいだぜ」
このさっぱりとした純白の髪を持つイケメンのおじさんが言うには生産に関係する職能で、材料があれば剣などの武具から日用品の作成、さらにはより大型な機械の作成まで可能だという。しかし、無条件という訳ではなかった。
「ユタカが知識として知っていることだ。俺はお前の能力から生まれたわけでお前が知らないことは知らない。そうだな、今回無理やりこの世界で作らせた日本刀に関してお前は基本的な構造と作り方を知っているはずだ。折り返して鍛錬して、二種類の炭素含有量の異なる鉄を一緒にして作る。だが、焼き入れの温度は?鉄はどれぐらいまで炭素を減らす?ここまではお前は知らないだろうが、そこあたりは俺の職能で時間があれば研究が出来る。対してコンピューターだ、これは不可能だ、いくら研究しても。なぜならお前が半導体の構造を知っているわけでもないし、コンデンサーや中身のプログラムについて欠片も知らない」
なるほど、ただでさえチートな雰囲気のあるこの能力になんでも作れる能力があるはずがないか。こうなると理系出身だったのはかなり優位だな、欲を言えば工学系に寄った勉強をしていればとも思わないがしょうがないか。
「よくわかったよ、テヒニク。別にこの世界に来てまでパソコンやスマホを持っていたいってわけじゃないしね」
一通り新たな仲間について把握できたところでゼクティアが今後の行動指針についてユタカに尋ねてきた。
「正直に言うと特に何もないんだよね。この世界で生活するための基盤は傭兵ギルドの依頼を行うことで固めることが出来たし、家もある。当然この世界にいきなり呼びつけ、殺そうとしたユリオマグス大帝国の関係者にはボイオス伯爵と同じ末路を辿らさせるつもりだけど、そこに至るためのマイルストーン、中間目標がいまいち見えてこないんだよ。やはり相手は大陸の半分を支配している国だしね」
「では、しばらくギルドの依頼をこなしながら情報を集めるといった所でしょうか」
「そうだね、ここまでみんな休むこともなく常に全力で走って来た感じがするよ。しばらくは、少し緩めていこう。俺も本来こんなに働き者じゃないんだから、なにもせずにボーとする時間を送りたいよ、たまにはね」
アリーセの仇を討つという目的を達成し、仲間も18人に増え余裕のできたユタカ達はロイトナンやアルファ、ベータたちが交代でマネキンを少数連れての賊退治を行った。
賊退治やユタカの護衛を担当しないときは各々自由に過ごし、図書館に行き情報を集めたり、必要なものの買い出し、料理の研究などをして過ごしていた。
そんな日々の中で最も忙しく、文字通り無休で働いている者がいた。
「熱っ!おはよう、テヒニク。どんな感じ、少しは本物に近くなってきた?」
ある日ユタカがやってきたのは屋敷の広い庭の一角にテヒニクが使用するために建設されたレンガを主体として堅牢に建てられた作業場であった。中は薄暗く呼吸するのも苦しいほどの高温の空気で満たされていた。
「おう、ユタカ、ここじゃあ生身のお前が苦しそうだから外で話そうや」
そんなサウナと表現するには危険すぎる空間から出てきた純白の髪を持つ体格の良いダンディな男は汗一つ流すこともなく平然とした顔でユタカを迎えた。
「だんだん答えが見えてきたが、もう少しかかりそうだ。ま、当然だがな。長い歴史がある日本刀をいきなり上っ面の知識だけで作ろうとしてるんだからな」
前に戦場に持ち込んだ刀はあのひと振りで刀身に歪みが発生し、鞘に戻らない状況になってしまった。いくらフェルトの人間離れした高機動や斬撃で大きな力が掛かっていたとしても満足ができる品質からは遠いことは明らかだった。そこで、テヒニクはきちんと日本刀の製法について研究を行い、ちゃんとしたものをユタカや皆に配備することを提案た。そして召喚されたその日からそのための作業場を建設した後、研究に没頭してた。
「わかった、ありがとう。たまには休みを入れて、とは言わない方が良いんだろうね。そんな充実してそうな顔をしてるところを見ると」
テヒニクの顔にはこの研究の日々が充実感に満ちていることをありありと映していた。
「俺がやりたいことと仕事が合致してる、休んで何もしない時間の方が苦痛だぜ。・・・それで、例の件はどうする。正直に言えばユタカの持ってる知識で少し研究をすれば作成は可能だ、小規模ながら量産をする方法も検討がついてるが」
テヒニクは身をかがめユタカと目の高さを合わせると抑えた声で話し始めた。
「そうか、可能か。量産ということは旋盤やフライス盤とかも作れてしまうってことか。動力は何?電気モータなんて使わないだろ」
「まあ、それは手っ取り早く俺たちがモーターの代わりをすればいいんだよ。一定の速度で回し続けるなんて造作もないことだからな。で、どうする。言われればすぐにでも作成のための研究を進めて試作品を作ってみるが」
「今はよしておこう。あれはいつか登場するものだと思うけど、この世界ではまだ現れていないらしい。あんなものは登場が早くなっていいことはないし、登場しないに越したこともない。今は俺とテヒニクの頭の中だけに留めておこう」
「わかった。ああ、そうだ。まだ試作段階の刀だがお前用に設えたものが明日あたりにでも出来そうだから楽しみにしていてくれ。じゃあな」
そう言って、テヒニクは灼熱の作業場の中に戻っていった。
「戦えない俺用の刀なんて後回しでも良くね」
その日の夕食はシャッツの日々の研究とユタカの記憶している日本食の情報をもとにして生み出された水炊きっぽい料理がメインであった。
「この鳥うまいな。水炊きによく合ってる。この野菜もいい」
「そうなんです。水炊きに合う鳥を探して何種類か市場から買ってたんですが、この鳥が一番合う気がします。他のは味が強すぎたり、脂が多すぎたりして水炊きにはいまいちでした。野菜も本来のものからあまりかけ離れないものを選んできました」
「確かにとてもおいしいですが、ユタカの記憶ではもう少しタレが水炊きという料理に合っていたように見えましたが、これはなんというか」
「っぐ!」
水炊き自体はかなりの完成度で自信があったシャッツだが、不安要素として懸念されていたタレについてゼクティアに指摘されたシャッツはダメージを受けた。
「このタレについては改良の余地ありかな。色々問題点はあるけどやたらにフルーティーな所とか、うま味的な所とか。でも、しょうゆもなんもないところからここまで寄せてきたってのは評価できるよ。やはり日本食を食べると落ち着くよね」
「・・・ユタカさん」
タレ作成に掛かった努力を分かってくれたユタカにシャッツが感動していると、ゼクティアが思い出したように懐から立派な封筒を取り出してきた。
「本日は図書館で過ごしていたんですが、そこでマクトル公爵家の方からこのような書状を預かりました。フェルトが確認したところ危険はないようです」
手紙の安全確認までやっているフェルトを見て少し可笑しくなってしまっい笑みを浮かべながらユタカはゼクティアから手紙を受け取り、中身を読んだ。
「ほう、なんでも明日の昼過ぎからマクトル城で簡単な論功行賞が行われるらしいよ。別に俺は交換条件の下で助けただけだから行く必要もないような気もするけど、こんな手紙までもらってはね。じゃあ、俺とゼクティア、フェルト、ベータの四人で行こうか。別に大人数で押しかける場でもないようだし、男ばかりが行くよりかわいい女の子が来た方が向こうもいいだろうしね」
ユタカにかわいいと言われ頬を染めたゼクティアを見て、ムッとしたシャッツが自分も付いていこうとしたが、明日はテヒニクと共に研究などで必要となる原料の買い出しに同行する予定があり断念した。
次回は7月27日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




