43.小休止
「シャッツ隊、敵軍の一部の誘引に成功したようです!待ち伏せ地点に向け誘導を続けていています」
「ロイトナン隊に迎撃準備を開始するように命令せよ」
「敵部隊、あと一分ほどで待ち伏せ地点に到達予定」
「迎撃開始はロイトナンの指示に従え、シャッツ隊はロイトナン隊の後方に出た後、大きく迂回して敵部隊の退路を塞ぐように展開せよ」
「シャッツより敵部隊誘導時の移動による疲労を見せる隊員がいるとのこと、疲労の少ないものを選抜し回り込みを行いたいとのことです」
「許可する」
ユタカ達による敵への待ち伏せ攻撃が続く中、マクトル城に設けられた本部ではユタカやゼクティアの声が響き、フェルト達が黙々と地図上の兵駒を細かく動かしていた。音すらも全く届かない程戦場から遠く離れたマクトル城の一室には戦場の本陣にも劣らぬ緊張感であふれていた。
剣戟の音も敵味方の叫び声も歓声も聞こえない。血の匂いもない。だけどこの地図の上の駒が示すように敵が次々に討たれているのでしょう。なんて戦いなの、人の闘志も熱さも感じることも出来ないところから戦場を俯瞰して的確に冷静に兵が動かされ、死んでいく。
時間が進むにつれ地図上から取り除かれていく敵を示す兵駒を見ながらアロイジアは見たことのない戦争の形態に恐怖していた。そして、待ち伏せ地点と設定されていた「w-15」から敵を表す兵駒が消えると何とも言えぬ虚しさを感じていた。
「アロイジア様、アロイジア様」
敵兵の殲滅を完了し、一段落したところでユタカがアロイジアに結果の報告をしようと話しかけていた。
「あ、ごめんなさい。あまりに見たことのないことで実感が湧かずにボーッとしてしまったわ。それで、結果報告ね」
「はい、この地図でも示されている通り、敵の誘引に成功した敵部隊約100名の全滅を確認しました。味方の被害は軽傷者8名のみで今後の戦闘に影響はありません。これより休憩を挟んだ後、シャッツ隊による再度の誘引を行う予定ですが、罠に掛けるのは困難かと思います。しかし、これを一晩続け敵軍の疲弊を狙います」
「そう、たったこれだけの兵力でよく敵部隊を全滅させられたわね。十分な戦果と言えるわね。それであなたはいつまで指揮を執っているつもり?今のあなたの顔はとても疲れているように見えるわ。休むべき時に休みを入れるのは指揮官の大事な勤めよ」
敵軍に接敵したときから常に指揮を執り続けていたユタカの顔には汗がにじんでいた。いかに自己暗示のようなことをしていても心的な疲労は隠しきれないものがあり、アロイジアの言葉に素直に従いシャッツ隊に再度の出撃を指示したところで指揮をゼクティアに委譲した。
「ふ~~。・・・ゼクティア、多分敵は挑発に乗ることはないと思うけど、もし乗ってきたら相手の人数によっては撤退も含めて作戦を行ってね。死者が出てこちらの戦力が減ることは、今回の戦力差を考えるとちょっとやそっとの戦果でカバーしきれるものではないからね。」
「了解しました。我が方の戦力の維持を最優先に作戦を実行します。あと、ゆっくり休んでください、ユタカ」
「ありがとう、後は頼んだよ。フェルト、悪いけど兵駒の移動はマネキンに任して俺の護衛についてくれるかな」
本部としている部屋の隣にユタカが寝起きするためにも部屋が用意されており、そこにフェルトを連れて移動した。
部屋の中に用意されていた見るからに高級そうなベットに身を投げ出すように横になると先ほどまで脳に感じていた熱が引いていき、すぐに眠りについた。
「おはようございます、ユタカ様。食堂にてユタカ様のお食事を用意させていただいておりますのでお越しください」
ユタカが床に就いて目を瞑った後、次に見えた光景はフェルトが開けたドアから入って来たメイドが頭を下げ、挨拶をしてるところだった。
「ああ、おはようございます。すみません、食事の前に本部に寄って現在の状況を確認していいですか」
「ユタカ殿が就寝されてから現時点まで問題なく順調に作戦が遂行されていると、ゼクティアから定期的に報告が来ています。緊急の案件が発生していないので、まずはお食事を召し上がってからでもよろしいのではないでしょうか」
起きてすぐに本部に行こうとしたユタカをフェルトがやんわりと止め、メイドの言う通り食事をとるように提案してた。ユタカはその提案を少し考えた後、頷き食堂へと向かった。そして、向かった先の食堂には公爵家と領軍の司令官アルトナーが食事の置かれた机の席についてユタカを待っていた。
「おはよう、いや、すでにこんにちはだね、ユタカ君。昨日の夜は遅くまで指揮を執ってたみたいだね。アロイジアから結果については聞いているけど順調のようだね」
「はい、想定通り順調に推移しておりますが、公爵閣下からお借りしている大事な将兵に犠牲が出ていしまっていることは申し訳なく思っております」
「いや、悔やまれないわけではないが君が作戦を提案し、実際に兵を運用してくれなければ今回とは比べ物にならない程多くの被害が出る可能性があるのだ。それに戦死者についても君のおかげで無事に回収して弔うことが出来るのだろう」
公爵の言葉に大きく頷いた後、一番上座に座っていた公爵の隣の席に案内され食事を始めた。食事中は終始ディアナから窺うような視線が向けられていたが、ユタカはあえて無視して手早く食事を終え、本部となっている部屋に移動をしようとした。そして、席を立ったところでアロイジア達に止められてしまった。
「ユタカ、そんなに急いで行く必要はないでしょう。何かあれば何よりも優先してここに連絡が来るようにしています。それに、朝方ゼクティアちゃんに話を聞いたら、昨日みたいな積極的な攻撃ではなく消極的な攻撃に終始していると聞いているわ」
「はい、日の高い内はどうしても敵軍に近づくこと自体が難しいので、進軍の遅滞、敵兵の疲労を狙った攻撃のみを行い、難しいようなら撤退することも許可しています。しかし、状況は確認しておきたいのですが」
その言葉を聞いたアロイジアは少し困ったような顔をした後、昨日のことで伝えておきたいことがると告げた。
「まずは昨日のディアナのあなたに対する言動の謝罪をさせて頂戴。エンゲルベルト様と私があなたに作戦を任せたのにも関わらず、ユタカのやり方に私達を通さず抗議をしたのはまずかったわ。ディアナには今日の朝しっかりと言いつけておいたわ。さあ、ディアナ」
アロイジアに言われディアナは座っていた椅子から立ち上がり、軽く頭を下げた。
「・・・ごめんなさい、ユタカ」
謝罪を受けたユタカとしては少し苛立ちを覚えていた。決して有利とは言えない状況で自動人形の能力を使って何とか拮抗させようと懸命に指揮を執っていたところに敵兵に対する配慮を急遽求められ、貴重な情報を取得する機会を奪われそうになったことはユタカを大いに焦らせていた。そのことに対する謝罪が軽く頭を下げた程度のことで済まされるのか、との思いがあった。
「ユタカ君、君には理解しにくいことかもしれないが、公爵家の者が平民に頭を下げるのはとても難しいことなんだ。ディアナにはアロイジアからきつく言って聞かしてもらったから、何とかディアナの謝罪を受け入れて欲しい」
「分かりました、謝罪を受け入れます。ですが、私からもディアナ様に一言申し上げたい。あなた方、貴族の方からすれば戦争に正義を求め、美しさを求めてしまうのかもしれません。ですが私は戦争に正義も大儀も必要としません。ただ醜く、目をそむけたくなるような戦いを勝ち抜くことです。どんな手を使っても。そして、正義など勝った者が唱えるのであり、敗者はただただ悪になるのですよ。そもそも戦争なんてものは唾棄すべき愚行そのものなのです、それが止むをえない理由によるものであっても」
戦争を知識の上で学んで来て、戦いとはかくあるべしと理想を持っていたディアナにとっては受け入れることが難しい言葉を聞き、再び目に涙が浮かんで来ていた。そして、椅子に座り俯いてしまった。
どうしてお母様もお父様もユタカのやり方を認めるの。どうして私と同い年のユタカがあんなに自信を持って軍の指揮を執っているの。どうして今まで必死に勉強して本を読んできたのにユタカに何も言い返せないの。
今までディアナは同世代だけでなく上の世代を含めてもその中で常に優秀であったが、ここにきてユタカという同い年の少年が実際に戦闘の指揮を執り、大きな成果を上げていると分かり、上手く納得をすることはこの歳では難しいものだった。
「ユタカ君はその歳で随分と達観しているというか冷めているというか、君ぐらいの少年は騎士や戦いに憧れみたいなものがあるような気がするけどね。私も小さい頃は指揮を執って華々しく活躍したいなんて思ったものだよ。残念ながらその才は無かったようだけどね」
「それは、・・・育った環境の違いでしょうね。私の知っている戦争はとても憧れを抱く対象になりえないものでしたので。叶うものなら戦争には関わりたくありませんでしたよ。現実には上手くはいかないようですが」
元の世界から見れば、この世界で起きる戦争なんて日常の紛争程度、あるいはそれ以下の被害しか出ないものだしな。どこか貴族の活躍すべき舞台のような感覚があるのかもしれないな。そんな環境ではディアナみたいな考え方が普通で、俺が異端なのかもしれない。少し大人気なかったか。後で何か埋め合わせをしなきゃならないな。どうもあのルーティンをかけると、余裕がなくなって周囲への当たりが強くなってしまうな。
「私はあなたの知る戦争が気にはなるけど、それは今度の機会にとっておいて、楽しみにしているわ。まあ、今回はなんの布告も無く、突然同じ国の領主に攻撃を仕掛けたボイオス伯爵の卑劣さは目に余るわ。あなたがどんな手段を取っても非難するつもりはないけど、普通はディアナの言っていたことが重視される場面が多い。そのことだけ頭の片隅に置いておいて。そうしたほうが、今後あなたにとっても良いでしょうから」
「分かりました。私にも今余裕があるわけではないので、ディアナ様には必要以上に強く当たってしまったと思っております。一段落いたしましたらディアナ様には何か埋め合わせをさせていただくつもりです。では、これから本部の方へ行こうかと思います」
席を立とうとしたユタカにアロイジアが聞きにくそうにしながら指揮を執っているときのユタカの様子について聞いてきた。
「昨日のあなたの様子はいつもと違うようだったけど、何か無理をしている訳ではないのよね。いくら取引したうえで、あなたに今回の防衛をお願いしているとは言え、同い年の娘を持つ身としては昨日の様子がとても心配なのよ」
「ああ、あれはなんといいますか、雑念を無くして、集中するときにはあのような感じになるのです。多少疲れやすい感じはありますが、何か身を削りながらという訳ではありませんので大丈夫です。お恥ずかしい話、私は生粋の軍人ではないのでどうしても戦闘を指揮すると余計な雑念で躊躇してしまうのですよ」
答えを聞いた公爵夫妻は後ろめたい感情を隠せずに食堂から去って行くユタカを見つめていた。
次回は5月25日午前0時の投稿となります。
誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。




