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38.下準備

 ユタカはマクトルの辺境地域に向かう道の出発点である南門の側に集まった傭兵を前に演説をしていた。


「おはようございます。それでは、各々方今回の依頼について聞き及んでいるとは思いますが、今回必要となるのは何よりも移動する能力です。皆さんの戦闘技術に関してはいささかの不安も抱いておりません。しかし、それも今回は長距離移動が出来ない限りは発揮されることがありません。ですので、本日から本格的な行動を開始するまでの間、ここマクトルの第一城壁の周囲を走っていただきます。一周約12kmを少なくとも二周できるぐらいにはなってほしいです。それでは、皆さんを先導してくれる者をご紹介します。シャッツです」


 朝に集合を掛けられ何を言われるかと思っていた傭兵たちはただ走ることを求められ困惑していた。さらに自分たちを先導するのが目の前の子供よりさらに幼く見える女の子だと知ると心配する声が上がり始めていた。


「静粛にお願いします。不審に思うのはよく分かりますが、今回はとにかく移動が多いのでそれに対応してもらうことがとても大切なのです。それと、シャッツが先導できるかという問いは皆さんが彼女よりも長く走ることが出来てからにしてください。なお、道中は実戦を想定して緩急をつけて先導しますのでそのペースに従って付いていってください」


 シャッツは確かにゼクティア達と比べれば戦闘能力は低い、力も弱い。でも、自動人形の持っていた無限の持久力が無いという意味ではない。それに気付いたユタカは傭兵たちを煽る意味も含めてシャッツを先導役にした。傭兵として腕を鳴らしている自分たちが小さな女の子に負けないと奮起してくれればトレーニング効果も上がると考えた。


 雇い主でもあり、知っている仲でもあるユタカの言葉ということもあり渋々ながらも傭兵たちはシャッツに先導され走り込みを始めた。


 無事に始まったのを見届けたユタカはゼクティアとフェルトを伴いエルヴィンのバルリング商会へと向かった。商会に到着して側にいた店員に自分の名前を告げ、エルヴィンに会いたいと伝えるとすぐに応接間に案内された。


「ユタカ様、あの後公爵閣下とうまくいったようですね。ご活躍は聞き及んでいますよ」


「何もかもエルヴィンさんのおかげですよ。エルヴィンさんに協力してもらえなければ公爵閣下にお会いする機会すら作れなかったんですから。ですので、そのお礼も含めて今回の作戦で必要な物資の購入・輸送をバルリング商会にお願いしようかと思っています。これは公爵閣下の許可も取ってあります、どうですか受けていただけますか。それと作戦についてはしばらくの間、他言無用です」


 エルヴィンはユタカから提案で得られる利益を素早く頭の中で計算して大きく頷いた。


 あの時助けていただいたときにはその強さを期待して護衛の依頼でも受けてもらえないだろうかと思っていたのに、まさか、このような大きな商いを持ち掛けてくれるような人物になるとは思っていませんでしたね。せっかく今まで返してきた恩がまた大きくなって返ってきてしまったようです。


「ありがとうございます。エルヴィンさんの所が受けていただければ私としても信頼できるので安心です。この物資の輸送は作戦の重要な要素になるので変な業者にお願いをするのは避けたかったんです。それでは、詳しい品目、量、届け先などは文官の方から伝えるようにします。我々はこれから公爵閣下に経過報告をしに伺います。それでは、よろしくお願いいたします」


 エルヴィンと固く握手をした後、マクトル城に向かい歩き始めたユタカにゼクティアがアルファから入った連絡を伝えてきた。


「ユタカ、今アルファから地図の受領が完了したとの連絡を受けました。それと、ボイオス伯爵の領都に徴兵されたと思われる者たちが少しずつ集まっているようです。出発の時期は不明ですが、敵軍が出発したらアルファにはそれを追跡するように伝えておきました」


「辺境地域への兵の派遣が伝わったにしては動きが早すぎるから、賊の行動が上手く行っていると分かった段階から準備を始めてるんだろう。これで、兵の派遣が伝われば準備が本格化するはずだ。このことも含めて早く公爵に伝えに行こうか」


 ユタカ達はマクトル城に入り、地図が広げてある公爵の執務室に通され待機していた。執務室内には公爵の姿はなく地図上に配置した兵駒がそのまま残されていた。それをしばらく見て待っているとアロイジアとディアナが入って来た。


「ごめんなさいね、お待たせしたみたいで。夫は戦費の捻出のために会議に出ていてしばらくここに来ることが出来ないみたいだわ。代わりに私が報告を聞かせてもらうわね」


「分かりました。では、現状の準備状況からですが別動隊の編制、物資の確保、輸送に関しては目途が立ちました。私の方で用意した別動隊については訓練を課している状況です。そして、敵の動きですが、まだ本格的な動きはしていないようです。しかし、マクトルから辺境地域に兵が派遣されたと伝われば動き出すと思われます。潜入させている偵察の者には先日頂いた地図は渡してありますので、敵軍の動きをリアルタイムで把握できる体制は完成しております」


「さすがに仕事が早いわね、ユタカ。別動隊には傭兵ギルドから人を集めるって言ってたけど、質はどうなの。それに、傭兵はどうしても個人や傭兵団ごとに独断で動いてしまって纏めるのが難しいのだけど、今回のような作戦に使えそうなの」


「そのことについては問題がない様に私の知っている傭兵に声をかけていますので、能力的にも、士気的にも問題は起きないかと思います。それで、領軍のほうは準備はどうでしょうか」


「順調よ、アルトナーのほうで必要な資材の準備などを進めてるわ。それと、マクトルの土木関係者にも近々大規模な工事を短期間行うことを匂わせてるから、敵が動き始めたのを確認した後に動いても問題ないそうよ」


 ユタカの作戦では敵と正面から戦闘をする部隊はマクトルに残留する2,000が担うことになっており、敵の戦力と比べて下回る可能性が非常に高かった。数的にマクトルに籠城したとしても守り切ることが困難であることから、あえて敵の進路上に布陣して侵攻を止めることにした。

 そして、数的劣勢を緩和するため大掛かりに野戦築城を行い、待ち受けるという作戦を取った。しかし、事前に作業を始めてしまえばその情報は敵方に伝わり、ボイオス伯爵が計画を変更するなどイレギュラーが発生する危険があるため、敵の進軍を開始を確認した後に作業を始めることにした。


「よかったです、時間的にはかなり厳しいものがあったので。でも、手抜きで作ってしまっては敵の侵攻を食い止めることが難しいので悩みどころでしたが、さすが公爵閣下の差配は素晴らしいですね」


「ふふ、ユタカが褒めていたと夫に伝えておくわ。それで、この後は時間があるんでしょ。ユタカは普通の軍事関係の知識が少なそうだから、それを教えてあげるわ。ディアナ、あなたの復習も兼ねてユタカに教えてあげなさい。不足しているところは私が補うわ」


 それを聞いてディアナは嬉しそうにアロイジアを見て、ユタカの隣の椅子に移動してどこからか取り出してきた本を開いて説明を始めた。


「それで、この陣形に対しては斜線陣を選ぶわ。それで、この場合の注意点だけど・・・」


 生き生きとした様子でユタカに教えるディアナの様子をアロイジアは嬉しそうに見つめ、所々で補足を加えながら聞いていた。ユタカも大軍同士の会戦や陣形が戦争の行く末を決めていたころの知識に触れて興奮を感じていた。


「それで、ディアナ。このような大軍の移動にはかなりの物資の補給が継続的に必要ですが、どのような体制が整えられているのですか」


「えーと、防衛ならば軍を町とか物のある所からあまり離れないところにいるようにするわ。侵攻する場合は、敵地で集めるか、運んで来るわ」


「それだと、物資が不安定になりませんか。もし、敵地に何も残されていたないような状況だったら、かなり行動を制限されてしまいますね」


 戦争のバックヤード的な所に話が向かった所でディアナの目が泳ぎ始め、最終的にはアロイジアに助けを求めるような視線になっていた。


「そうね、だから侵攻時は兵の数に制限を受けるわ。それと、季節も大切ね。収穫期の直後が良い時期ではあるわ。防衛にしろ、侵攻にしろ物資関係はいつも参謀たちが悩んでいるわ」


「地味かもしれませんが、やはり兵站はとても重要ですよ。極端な話、物資の補給を止めてしまえば戦わずに敵を全滅させられることもできますから。今回の作戦もこのあたりを狙っていこうかと思っていますので」


「やっぱりユタカは変わってるわね。あなたぐらいの子は陣形とかを聞きたがるものかと思ったら、熟練の参謀のような目のつけ方ね。確かに直接剣を交えることが全てではないわね、それまでの準備もかなり重要ってことよ、ディアナ」


「はい、分かりました。お母様。でも、どうしてユタカは兵站が好きなの?」


 はは、好き嫌いじゃなくて、そもそも有視界距離の外で殺しあうような世界から来るとどうしても陣形とかよりもそんなところが気になるだけの話なんだけどな。あ、でもこの世界の戦争じゃあ糧秣以外に必要なものがほとんどないのか。あっても防具とか武具の類に限られてくるから前の世界ほど膨大な物資が求められることが無いから兵站の負荷が違うかもね。


「好きってことはないですが、私の生まれた所では兵站がとても重んじられていたからでしょうか」


 ユタカの答えを聞いたアロイジアは胡乱な目を向けていた。


「私はユタカの生まれた所の戦い方について聞いてみたいと思うけどね」


「はは、それはいつか機会がありましたら考えてみます。でも、今回の作戦には私の生まれた所の知識を少し使っていますので今回はこれで勘弁していただければ」


 ユタカは苦しい時間稼ぎをしながらその後もディアナに教えてもらっていた。

次回は4月20日午前0時の投稿となります。


誤字・脱字、語句の選びの間違いなど指摘いただければと思います。

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