36.防衛戦開始
アロイジアから案を求められたユタカは当初より考えていたことを公爵たちの前で説明を始めた。
「今、我々が置かれている状況は相手から攻撃をされそうだから守ろうという、単純な状況ではありません。私の持っている情報によって敵方が攻撃のための準備を開始していることが分かっていますが、ボイオス伯爵が主犯であり、攻撃の意図在りという確たる証拠を持っている訳ではありません。もし、ボイオス伯爵の計画阻止のみを目的とすれば、辺境地域に兵を一兵たりとも送らずマクトルの守備態勢を固めるだけで達成可能です。しかし、それでは根本的な問題の解決と私の目的の達成が難しくなるので、あえてボイオス伯爵の計画通りに事が進むようにしようと思います。あくまで表面上ですが」
ボイオス伯爵の計画を事前に知っていてもその証言者が傭兵ギルドの単なる一員で、しかも等級の低い者とあれば爵位の差があれど、公爵が襲撃を受ける前にボイオス伯爵を糾弾し、先制攻撃を行うことは難しかった。公爵もアロイジアもそのことは承知しており、そのうえでどのように動くのかについて悩んでいた。
「確かにユタカの指摘している通りですわ。だからこそボイオス伯爵の考えの裏をかく何かが欲しいと思っているの」
「はい、ですので私の持っている能力を使い領軍をここマクトルから時差なく指示を出して動かすことを行おうかと思います」
「時差なく動かすというのは伝令を瞬時に行うということか。私は深くは知らないが狼煙を使って指示を出すという意味かい。でもあれは天候や時間帯などで制約条件が多いと聞いているが。」
公爵がユタカの言を聞いて少し落胆している横でアロイジアは先ほどの会談の場でのユタカ達が見せた、言葉や合図なくそれぞれが対象を重複することなく警戒した場面が浮かんだ。そして、考えられる可能性に思い至り目を見開いた。
「さすがアロイジア様ですね、先ほどの我々の動きで予想できてしまいましたか。それが答えですよ」
「まさか、あなたたちは言葉やサインがなくても意思疎通が行えるのですか。それに今のあなたの話を聞くに離れていても問題ないと。・・・それでは、戦争の形態が変わってしまう。今までのやり方が意味をなさなくなる」
アロイジアの話を聞いたアルトナーは恐怖した、自分たちが今まで勉強し研究を行ってきた軍隊の運用法がユタカの能力の前では重要性が低下し、大軍同士の合戦自体が減る未来が見えてしまった。驚く2人を見て軍事の知識の少ない公爵はいまいち状況が見えてこなかった。
「アロイジアの言う通りならかなり便利になるのではないかな。ここで全体を見てすぐに軍に移動を指示できるのはとても便利だし、敵より早く行動が出来て有利になるね」
「いいえ、あなた。それだけではないわ。少数の部隊による挟撃、伏撃が簡単に出来てしまう。使いようでは敵の位置を刻一刻と知ることが出来てしまう。大軍がぶつかり合うことなく戦争の趨勢が決してしまう」
「さすがにそこまではいかないかと思いますよ。現状の兵の装備ではそこまで一方的な状況にはならず、会戦を行うことで最終的な決着が着くのではないでしょうか。ですが、そこに至るまでの選択肢が増え結果的に有利に戦争を操作できるとは思います。我々しか出来ない未来の戦争を敵に体験してもらいましょう」
ユタカは作戦案の全容を説明し、アロイジアやアルトナーによる修正を行いながらマクトル防衛のための計画が策定された。
「うむ、決まったようだな。それでは明日から必要な準備を始めてくれ。アルトナー、軍の動員を頼むぞ。アロイジア、全体の指揮を頼む。ユタカ、君が今回の作戦の要となった。裏切りなどは心配してないが、私達は君からの条件を必ず守る、だから君は全力でこのマクトルを守ってくれ」
「承知いたしました。公爵閣下は突然現れた私の言葉を信じてすぐに行動を起こされましたし、条件も飲んでいただいた。閣下の寛大なお心とお寄せいただいている信頼に応え、私は能力を開示もしました。そして、我々の力の及ぶ限り、全力で閣下の信に応える所存です」
ユタカは会議を行っていた部屋からゼクティア達を連れ、自身の拠点に帰るために去って行った。統一された黒い軍服身を包み、僅かな油断もなくユタカを守りながら遠ざかる一行を公爵夫妻が見ていた。
「アロイジア、彼は一体何者なのだろうね。私では到底理解できない戦争の構想を持っているように思えてならない。そして、その構想はただの想像ではなく確かな実態を持っているように感じた」
「過去にも現在にもあんな能力を使った戦争があったということを私は知らないわ。ユタカの言う通信という能力があれば今まで見たことのない戦争が始まるでしょうね。あの子は通信があるのが当たり前で、通信の術を持たない私たちの行う戦争を知って、憐れんでいるようにも見えた。あの子の視点がどこにあるのか分からないわ。」
「何れにせよ、彼は私達を陥れるような人物ではないのは確かだろうね。私が受けた印象もそうだし、あのエルヴィンがよこした人物だ」
「ええ、そうね」
一方ユタカ達は城の馬車で送るとの申し出を断り、深夜のマクトルを拠点に向かって徒歩で移動していた。
「という訳で早速、行動を開始しよう。まず、アルファは単身ボイオス伯爵領に向かって敵方の軍の動きを監視してくれ。監視だけでいい、遠くから大まかな動き、数が分かれば十分だ。見つかったりすれば逃げることを最優先にしてくれ」
「了解」
「ロイトナン、君には明日マクトルを出発する領軍に帯同して欲しい。同行するマネキンは何人必要?」
「じゃあ、2人回してくれ。それ以上は今後のユタカの守りを考えると難しいだろう」
「ごめんね、今の力では少ない戦力をやりくりするしかなくて無理を強いてるね」
「まあ、しょうがないさ。今回の戦争でユタカの力の段階も上がるかもしれないしな」
「そうかもしれないけど、不確かなことを期待してそれを前提に動くのは危険だから、今の人数でどうするかを考えるよ」
ユタカ達が拠点に着くとアルファは暗闇の中を疾走し、戦闘特化型の能力をいかんなく発揮しボイオス伯爵領のある東の方角へ消えていった。
「さあ、みんな。明日からの作戦はとてもシンプルだ。なんのひねりもない。でも、この世界では実現されたことがないであろう通信に重きを置いた近代の戦争の一端をボイオス伯爵に見せてやろう」
翌朝、ユタカ達は辺境地域へ出発する部隊の準備が進むマクトル城へと再び訪れた。城の衛兵には事前にユタカ達のことが伝わっていたようで顔を確認すると待たされることなく城内へと通された。昨日通った静かな庭には城に隣接する練兵場から男たちの声が響き渡っていた。
そんな戦の前触れを感じさせる庭を通り、案内係に公爵の執務室へと案内をされていくと公爵夫妻とアルトナー、そしてディアナが大きな机を前に待っていた。
「おはよう、ユタカ君。いよいよ、本格的に動き始める訳だが私は君が評したように軍事に関しては疎い。勿論、妻やユタカ君たちの計画に沿って動こうと思っているが、領主の我が儘として娘のディアナをこの場に立ち会わさせてほしい。ユタカ君の描く計画は未知の能力による新しい戦争の形態が入っている。それを間近で見せてやりたいのだ。それにディアナは妻から戦についての知識を学び始めたばかりだが、それが却って今回の計画の助けになるのではと思っている。まあ、親としては娘と同い年の少年があまりに優秀なので少しでも近づくために勉強の機会を作りたいとも思っているんだがね。息子のカミルも同席させたかったのだが、私に似ていて戦争関係はからっきしだ」
「分かりました。今回の戦争がご令嬢の学びの糧になる保証は致しかねますが、私としましても大人の皆様だけに囲まれるよりは同年代の子がいるというのは安心が出来るというものです」
ユタカの大人が相手でも全く物怖じしない姿を昨晩見ていたディアナは、その目に見える社交辞令にムッとし頬を膨らませ、そんな娘の姿を見た公爵たちは苦笑いをしていた。その様子を横目に見ながらアルトナーは執務室の棚から大きな地図を持ち出し、ユタカ達の前の大きな机の上に広げた。
「ユタカ、これが昨晩君に依頼された今回の想定される戦域の地図だ。今これと同じものを3枚作っているところだ。今日中には出来上がるはずだ。」
一同は広げられた地図はマクトルの東側、ボイオス伯爵の軍が侵入してくるであろう方角の地域の精巧な地図であり、そこに細かく格子状に線が書き込まれ地図の端の線と線の間に数字とアルファベットが書き入れてあった。
「なんですか、この線をたくさん書き入れた地図は。地図の端に数字とアルファベットが書いてあります」
この世界には座標のような概念はまだなく、正確な地図自体が軍事機密に指定されており簡単に見ることの出来ないものだった。この地図を見た公爵夫妻は首を傾げていたが、ディアナは隣にいるユタカに質問をした。
「これは今作戦の通信を一手に引き受けることになっている我々がこの辺りの地形や名称についてほとんど知識がないため、敵の場所や自分の場所を相手に座標で正確に伝えられるようにするために作成していただきました。例えばここは「aa-14」という場所になります。これならこのあたりの地理に疎くても相手にすぐに伝わります」
すごい!これがあればどの方向に何キロ先なんて伝えるより、正確だ。
ディアナが座標の便利さに感動しているとアルトナーが白と黒の兵棋を持ち、8個の白い駒を地図上のマクトル上に置いた。
「では、現状地図の通りここマクトルに4,000の常備兵がおりますが、本日の夕刻ごろには南の辺境地域方面に向かって2,000が出発します。この部隊にはロイトナン他2名が同行し、ここ本部との通信を担います。まずは森を通過中に500を道から外れさせ東に進んだこの地点にまで進出してもらいます。残り1,500は森を抜けてすぐの村に移動し、500を駐留させ1,000は複数の部隊に別れ、賊の討伐を行ってください」
「この森に残った部隊を中心に敵本体への襲撃を行う予定だけど、肝心の敵の規模が予想出来ていないのが厳しいところよね。ボイオス伯爵の常備兵は財政難でかなり少なくっているはずだけど、私達に戦争を仕掛けるからには何か策があってのことだと思うの」
アロイジアが今回の作戦において致命的に足りていない敵方の情報不足を指摘した。ユタカも当初はボイオス伯爵がマクトルを陥落させられる自信の理由について理解が出来なかった。しかし、マクトルの図書館に通いヤンティヌム公国やその周辺国家、ヨルン大陸を調べていくうちに一つの可能性に行きついていた。だが、ユタカはこの可能性について公爵に伝えることをあえてしていなかった。
「攻撃前に策動を巡らせマクトルの兵を減らそうとしているところを見ると万を超える兵が動員できるようには考えられませんが、何かしらの方法でそれに近い数の兵数を集めている可能性があります。敵の情報が不足していることに対応するため、すでに昨夜私の方で偵察を出していますので何かわかり次第随時お知らせするようにいたします」
「早速偵察を出してくれてたのか。ボイオス伯爵の計画を事前に知れたのは幸いだったが、まだ敵戦力の把握が出来ていない現状、ユタカ君にはこの部分に関しても期待しているよ」
その後、ロイトナン達は辺境地域へ出発する部隊の指揮官との顔合わせを行うために練兵場に行き、公爵は戦費の捻出のために役人との会議を行った。残ったアロイジア、ディアナとユタカ達はともに昼食をとることになった。
次回は4月6日午前0時の投稿となります。
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