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第四十七話 冤罪

 カルロと茶会で決別してから、数日後。

 ルクレツィアは依頼を受けるのも控え、ガブリーニ公爵邸にて身支度を整えていた。

 先触れがあったのだ。

 王太子殿下であるジュリオがお忍びで屋敷を訪れるらしい。

 用件に心当たりはなかったが、婚約者の家へわざわざお忍びで来るとあれば、ただことではない可能性がある。


「カリニー男爵令嬢の件できた」


 そうして、やってきたジュリオは挨拶もそこそこに、開口一番、意外な名前を口にした。

 応接用の広い部屋で、入れたての紅茶が湯気を立てている。

 よっぽどの緊急事態なのか、ジュリオはそれに口を付けようともしなかった。


「……カリニー男爵令嬢、ですか?」


 忘れるはずもない。その名は、破滅(はめつ)を運ぶ名だ。

 けれど、それが、なぜ今ジュリオの口から出てくるのかルクレツィアには分からない。

 彼は苦々しそうな表情で、深い深い、ため息をついた。


「君が彼女を卑劣ひれつな手段で落としれているとの告発があった」


 静かな声。

 怒りでも、心配でもなく、諦観(ていかん)を滲ませた声だ。

 湖面のように美しい青の瞳が、ゆっくりと伏せられる。

 残念だ、という言葉が聞こえそうなほど、分かりやすい仕草だった。


「これ以上、(かば)うのはことはできない。君の知っているだろう。女神の子孫である我々王族やそれに近しい血筋の者ほど、厳罰(げんばつ)に処される事となる。だからせめて、裁きを受ける前に、彼女へ謝罪をしてくれ」


 この国の王侯貴族が大きな権力を持つのは、他国で(しいた)げられた移民や力ない平民を護るためである。

 とっくに形骸化(けいがいか)しているきらいもあるが、元々はそういう理想の下、女神が作った国だ。

 故に、公爵令嬢が男爵令嬢を理不尽に虐げていたことが表ざたになれば、それ相応の罰を受けることとなるだろう。


「まったく身に覚えのない事ですが……殿下はわたくしを疑っておいでですの?」


 ルクレツィアはカリニ―男爵令嬢との接触を極力避けていた。

 もちろん、虐げた覚えはなどない。

 学園で何度か迷惑な事故に遭遇(そうぐう)することはあったが、そのせいで、ジュリオに誤解されている可能性もあった。

 けれど、これまで王宮の茶会などで、婚約者としての信頼関係を結べたと思っていた彼女は衝撃を隠せない。


「君には空白の時間が多すぎる。それに……学園長であるティート=バドエルからの、正式な文書も提出されている。君は、やりすぎたんだ」


 ジュリオも独自に調べはしたが、なぜかルクレツィアの過去の行動をとらえる事が出来なかった。

 国王が彼女の活動の手助けをしていることを、彼は知らないのだ。

 彼がつかんだのは、ときおり学園に来てカリニ―男爵令嬢に怪我をさせていたこと、王族の彼ですら足取りがつかめない期間があったこと、そして学園長の告発文の三つだ。

 学園長の調査資料と告発文だけで、証拠としては十分すぎるほどである。


「学園長が!? お待ち下さい。あの方は今どちらに?」


 ジュリオの口から出てきた、意外な人物の名前。

 最後に会った時、妙に思いつめたような様子であったのを思い出し、ルクレツィアは震える呼吸を落ち着けた。

 彼女の動揺に、ジュリオが視線を落す。


「学園長ティート=バドエルは文書提出後、行方不明となっている。そちらにも君と君のお父上の関与が疑われている」


「わたくしはともかく、お父さままで!? そんな。そんなことって……!」


 それでは、元々辿るはずだった運命よりもさらに状況が悪化しているではないか。

 もしかすると、幼少期に見た最悪の結末よりもっと、酷い結末になるのでは。

 ルクレツィアの心臓が激しく拍動する。


「私と君の婚約は解消される。ティート=バドエルは最後まで王家に尽くしてくれた英雄であり、誠実で真面目な人物であった。私は君が学園長の行方不明に関与しているとは思いたくはないが……どうか、真実を話してくれないか」


 ジュリオの声に彼女の意識が引き戻される。

 彼女はテーブルの下でぎゅっと拳を握ると、毅然(きぜん)とした態度でジュリオの瞳を見つめた。


「わたくしがこれまで、何をしていたのか。わたくしの一存ではお話しすることができません」


 ルクレツィアはこれまで、冒険者として多くの人間を救ってきた。

 貴族の令嬢としては、褒められることではないが、決して恥じるようなことではない。

 その彼女が学園で力ない少女を痛めつけていたなとどは、酷い侮辱(ぶじょく)である。

 訪れる未来への恐れをはねつけて、ルクレツィアは心を奮い立たせた。


「――ですが、わたくしはこの国に生きる人間として、女神さまに顔向のできないことは一切、行っておりません!」


 私利私欲に走って弱者を虐げるどころか、自らの真なる望みを絶ってまで、す覚悟を決めたというのに。

 その相手が、これとは。

 愛はなくとも、信はあると思っていたのだ。

 勝手な期待であり、甘えであるとはわかっていたが、(いきどお)りを抑えることができなかった。

 宙を漂う銀の魔力がざわめき、凛とした彼女の表情に凄味を加える。


「君のためを思ってきたんだが。ルクレツィア……、残念だ」


 言って、ジュリオが席を立つ。

 誰にも飲まれることのなかった紅茶は、長話ですっかり冷えてしまった。


「夕刻、兵士が君を迎えに来る。学園長の身柄が確認されるか、君が真実を話すまで君は解放されず、事件が解決した後は刑罰を受ける可能性が高い」


 冷えてしまった紅茶のカップを撫でて、ジュリオが独り言のように言葉を吐きだした。


「――もし、君が本当に全てに関与しているのなら、今のうちに姿を消すべきだろうね」


 元婚約者の顔も見ずに告げる、彼の言葉にルクレツィアが噛み付く。


「わたくしに、自害をしろとおっしゃるのですか!?」


「先ほども話したと思うが、ティート=バドエルはおおやけに残った最後の英雄だ。王家はそれに報いねばならない。……王城の結界が強固なのは知っているだろう。罪人は一度入れば王の許しがない限り、二度と逃げられないぞ」


「わたくしは無実です。逃げも隠れもいたしません!」


 睨み合う二人。

 王太子は悲しげに一度瞳を閉じて、大きく息を吐くと城へ帰ると告げた。

 彼は振り返らなかった。

 ルクレツィアの瞳には涙が浮かんでいたが、彼女は決して泣かなかった。

 怒りと失望、それらないまぜになって体内の魔力が膨れ上がり、荒れ狂う。

 体を突き破って爆発しそうな魔力のうねりを(こら)えきれず、彼女は王都の結界を突き破るようにして、アウトゥンノの外れへ転移した。


「アアアァァァアアアァァ――ッ!!」


 感情と魔力が荒れ狂って吐き気がする。

 体のうちから上がる叫びが鼓膜(こまく)を揺らし、堪えていた涙が決壊(けっかい)した。

 細い体から吹き上げる膨大な魔力に大地が共鳴し、慟哭(どうこく)するかのごとく地鳴(じな)りを上げる。

 荒れ野に生える小さな草花を切り裂き、悲鳴のような風切り音を上げながら、銀光を纏った嵐が天空へと吹き上げた。

 茜さす空に登る銀の嵐は、幻想的な光を散らして消える。

 大きな魔力の爆発とそれによる異常気象は、国中の魔術師が観測できるほど。

 魔力が収束した後、ルクレツィアは全てを吐き出すように、地に伏して泣いていた。

 陽がゆっくりと傾いて落ちていく。

 もう数刻もしないうちに夜の(とばり)が落ちるだろう。


「――泣くのは終わりです。まだ、全てを失ったわけではありませんもの。わたくしは、決して、諦めたりなどしない!」


 強い決意とともに、ルクレツィアは転移の陣を紡いでゆく。

 こうして王都へと戻った彼女は、城の兵士たちに連行されることとなったのだった。

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