↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、旅に出る~そして彼女は、伝説になる~(書籍タイトル:SSS貴族の冒険〜そして彼女は、伝説になる〜)  作者: 黒木カイネ
~そして彼女は、旅に出る~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/88

第四十六話 レッチェアーノへの帰国

 暖かな風が頬を撫でる。

 レッチェアーノ王都のルクレツィアの屋敷は、ソフィアの手入れしていた花がちょうど見ごろを迎えていた。

 昼間の心地よい陽気に誘われて、中庭の花を観賞しながら茶を飲む二人の影。

 機嫌のよさそうなカルロと物憂ものうげなルクレツィア。二人の表情は対照的である。

 レッチェアーノに帰国してから、ルクレツィアは自分がいかに恵まれているかを理解した。

 冒険者として、これまで自由にふるまえたのも、暖かな日差しの中でこうしてお茶を楽しむことができるのも、全て支えてくれる父のおかげである。

 今回の旅で彼女はいろんなことを考えさせられたのだった。


「ルーシー。浮かない顔だけど、どうした?」


 向かいの席で生クリームを食するカルロが、声をかける。


「ええ……」


 心ここに在らずと言った風に答える彼女へ、カルロが険しい表情で告げる。


「まだ苦しんでいるのか?」


「なんのことですか」


「ルーシーは自由に旅をするのが好きなんだろ? どうして悩むことがある」


「その話は、終わったはずでしょう」


「いいや。終わってなんかない。自分がどんな表情をしているか知ってるか? 俺はルーシーにそんな顔をしてほしくない」


 それは、いつも陽気なカルロが初めて見せる表情だった。


「ルーシーが苦しむ顔を見るのが嫌なんだ! 助けたいのに、ルーシーは助けるなという! 俺は一体どうしたらいい!?」


 胸をうつ、悲痛な声。

 当事者であるルクレツィアよりも、よっほどカルロの方が傷ついているようにみえる。

 孤高にして不屈の、誇り高い竜。

 今まで彼を悩ませる者はなく、(わずら)わしければ力で排除するのみ。

 けれど、彼女のことばかりは、どうにもできない。

 初めて感じる無力感に、叫び、正面からぶつかってくるカルロ。

 尋常ではない彼の様子に、ルクレツィアも戸惑いを隠せなかった。


「カルロ、一体どうしたのですか」


「それはこっちの台詞だ。日に日に元気をなくしていく、ルーシーを見ている俺の気持ちがわかるか?」


 もうすぐ、ルクレツィアは生まれてより、16の年を迎える事になる。

 いよいよ、正式に婚約者と婚姻を結ぶこととなるのだ。

 そうしたら、冒険者としてのルーシーは、終いだ。

 その時を思うと、自然、気持ちも沈みがちになる。


「人は、婚姻の前になると気持ちが不安定になるそうです」


「……本当に、それだけか? 俺は、ルーシー……いや、ルクレツィアが好きだ」


 カルロはルクレツィアの目をひたとみつめ、真摯な金の瞳でそういった。


「一緒に旅に出たり、戦ったり、こうしてお茶をしていると堪らなく嬉しい。とても楽しい気持ちになって、喜びと幸福で満たされるんだ」


 目を伏せ、これまで過ごしてきた日々を思い浮かべる彼の口元には、自然と笑みが浮かぶ。

 再び、金の瞳が彼女をとらえたとき、ルクレツィアは心臓が止まる思いがした。


「――おまえは、違うのか?」


「わ、わたくしは」


「ルクレツィアが望むのならば、なんだって手に入れるし、この世界のどんなものからも護ってみせる。だから、俺と共に来てほしい」


 愛の告白をされたというのに、怯えるルクレツィア。

 彼女を刺激しない様に、カルロはゆっくりと手を差し伸べる。

 ルクレツィアは思わず、差しのべられた手を取ろうとして、なんとか、踏みとどまった。

 今の彼女はルクレツィア=ガブリーニ。自由な冒険者ではなく、誇り高いガブリーニ公爵家の令嬢だ。

 この手を取る事はできない。

 わかっているのに、それがとてもつらかった。


「お願いですから、もう、ここには来ないでください。角の魔力はとうにお返ししたはずでしょう? これ以上わたくしに用はないはずです」


 心のこもっていない空虚な言葉は、まるで別人が話しているかのよう。

 ルクレツィアの声は湿り気を帯び、瞼が小さく震える。

 強く握られた拳は白く、掌には爪が食い込んでいた。

 それを痛ましそうに見やって、カルロは頭を抱える。


「なんでそうなる!? 俺はただ、助けたいだけなのに! なんで、なんで……ッ」


 泣きそうな顔をしているんだ!?

 声にならない叫びをあげて、カルロは奥歯を噛みしめる。


「カルロ……」


 カルロの姿にルクレツィアはきつく眉根を寄せ、唇を強く噛んだ。

 彼女の意志は固く、結論は変わらない。だから、もう、終わりにしなければならない。

 自分のままならない状況に付き合わせて、これ以上、カルロを苦しめたくはなかった。

 ぐっと拳を握りしめ、震える唇を開いて、ルクレツィアは決定的な言葉を投げつける。


「は、早く出て行ってください! そして……もう、二度と……わたくしの前に現れないでッ!」


 あらゆる未練を乱暴に振り切るように、彼女は言った。

 カルロは何を言われたのかわからない、といった風な様子で、しばし呆然と立っていた。

 そうして、彼女の言葉を理解すると、髪を乱雑にかき混ぜながらいらいらと首を振る。


「あーッ! もう、ほんと、なんなんだよ! お前ら人間って、ややこし過ぎてわけわかんねえッ!!」


 赤の魔力が炎のように燃え盛り、一瞬の後にカルロは姿を消した。

 あれだけのことを言われたら、さすがのカルロもルクレツィアには愛想を尽かしたことだろう。

 そうでなくてはならない。

 ルクレツィアがカルロの前でほんの僅かでも、自由を望むそぶりを見せてしまえば、そこで終わりだ。

 カルロはきっと、彼女のために、彼女がこれまで大事にしてきた全てを壊してしまうだろう。

 ルクレツィアはカルロと殺しあいなどしたくはなかった。

 結局傷つけてしまったことを後悔しつつ、これで良かったのだと彼女は何度も自分の中で言葉を繰り返す。

 しかし、なんど自分に言い聞かせようと、空になった向かいの席が視界に入ると、ルクレツィアの胸はずきりと痛んだ。

 胸の痛みを押し隠すように、彼女は両手で顔を覆ってうつむく。

 一部始終を見守っていた、ソフィアが新しい紅茶を入れた茶器をテーブルに置いた。


「ありがとう。ソフィア」


 口に含めば優しい花の香りが、口内に広がった。

 流れた涙が、音もなく紅茶に波紋を浮かべる。

 いつの間にか、カルロや仲間達、冒険者ルーシーの生き方が、彼女のなかではとても大切なものになっていたようだ。

 日が暮れて弱い雨が降り出すまで、彼女は庭の椅子から動くことができなかった。

 そうしてずっと、空になった向かいの席をぼんやりと眺め続ける。

 そんな主の後姿を、ソフィアはただ静かに見守っていた。


 ――数日後、この日に下した断腸の決断を、もてあそぶような事件がもたらされる事となる。

 しかし、この時の彼女はまだそれを知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。