page 74 : 一難去って、また一難
「梨人、お願いだから。顔を見せて。」
「嫌だ!いいから、放っておいてよ!」
梨人の部屋──
床の上、布団に包まった蓑虫状態の梨人に猫好きAは何度も呼びかけている。
「おい、マキシ……いったい何があったんだ?」
蛇遣いの肩の上で、落ち着きを取り戻したマキシはようやく口を開いた。
「梨人が、梨人じゃなくなってしまったのダ。髪色は黒く変わり、瞳は──猫好きA、お主のものとそっくりだった。それから暑い、寒いとずっとこの調子でナ……ワレは心配で、心配で。」
まあるい瞳に涙を溜めるマキシを、蛇遣いはなだめる。
「もう泣くな。そんな弱っちくてどうするんだよ。ビアマリーンの伝説が聞いて呆れるぞ?」
「ウ、ウルサイ……!」
話を聞いた猫好きAは無言で梨人の布団を掴むと、バッと力づくで剥いだ。
「あっ……!!」
猫好きAの鋭い目が、無防備になった梨人を捉える。
「うわあっ!見るな、見るなぁ!!」
梨人は、両手で頭を抱えると土下座をするかのように丸くなった。
猫好きAは、怯える梨人を前に首を傾げた。
「……何も変わってないじゃない。」
猫好きAは、蛇遣いの方を振り向く。
「マキシ──髪と瞳、だっけ?」
「ふむ、ソウダ。」
「見えた物に、間違いはないんだね?」
「うむ。ワレがこの目で見たからナ。」
猫好きAは、スマートフォンを取り出すと蹲る梨人へ向けた。
「ほら、梨人。もう泣かないよ。全部私が治してあげるから、こっち向いて。」
「……本当に?」
──カシャッ!
"治してあげる"という言葉に惹かれ、梨人が顔を上げたところを猫好きAはすかさずシャッターを押した。
フラッシュを浴びた梨人は、泣き腫らした顔のまま猫好きAのTシャツの裾を掴んだ。
「〜〜〜っ!適当言わないで!こっちは!!真剣に悩んでるんだよ!!」
怒る梨人の目の前に、猫好きAは撮った写真を見せた。
「梨人、一回落ち着いて。自分の目で確かめた方が早いでしょ。」
恐る恐る、差し出されたスマートフォンの画面を覗くと……そこには、普段と変わらない自分の姿があった。
「……あれ?僕……元に戻ってる?」
梨人は包まっていた布団を投げ退かすと、一目散に階段を駆け下り洗面所へ直行した。
鏡の前で、念入りに自分の顔を確認する。
「本当だ、戻った……元に戻った!!」
洗面所で叫ぶ梨人の後ろには、いつの間にか猫好きAと蛇遣いが居た。
「良かった!いつもの梨人ダナ!体調は、もう大丈夫か??」
「まだ少し暑いけど、さっきよりは大丈夫そう。ごめんね、心配かけて。」
「よいのダ。何ともなくて、ワレは安心した。」
蛇遣いの肩の上で、マキシが嬉しそうに声を上げる。
「ああ、大事に至らなくて何よりだ。それにしても、姿が変わるなんてな……スイーパー絡みの幻術か何かか?死して尚、影響を与えるなんて。」
考察する蛇遣いに、猫好きAは空返事をする。
「……そうだねえ。」
猫好きAの脳内では、一つの可能性について考えが固められていた。
──スイーパー。彼は、幻術使いなどではない。
熱性の糸、毒、操術そして改造ニンゲン特有の身体形状と、観察眼。
彼のどの能力を取っても、梨人の身体変化との関係性は見出せない。
引っかかるのは、髪と瞳の変化。
マキシの話では髪色が黒く変わり、瞳は私のようだった──
変化が見られた今の段階で、梨人の周りに潜む能力者は私とマスター、そしてセーヤくん。
瞳に変化が現れる、この条件を満たす能力者は私、ただ独り──。
猫好きAが考え事に集中しているところ、洗面所の扉が開けられた。
「あわわっ。」
マキシは、慌てて蛇遣いの服の中に身を隠す。
「アンタたち……皆揃って、何なの!ただいまも言わなければ、コソコソと!!そんな子に育てた覚えはないわよっ!!」
梨人たちの非常識な行動に、恵の堪忍袋の緒が切れたようだ。
驚きのあまり目を丸くして固まってしまった猫好きAと蛇遣いの代わりに、梨人が謝る。
「ごめん、母さん。ちょっとトラブルというか……でも、もう大丈夫だから。」
少し目の赤い梨人の顔を見た恵は他のふたりを睨みつけた。
「アンタたち……」
「いやっ。違うんです、俺たちは……」
「恵さん、一旦落ち着いてくださ──」
慌てるふたりに、恵は言い放つ。
「子供じゃないんだから!喧嘩をしたなら、ちゃんと仲直りしないと!!」
そこにいた恵以外の全員が皆、ポカンと口を開けた。
「だ、誰と誰が喧嘩したんだ……?」
「さあ……?」
戸惑う猫好きAと蛇遣いは、小声でヒソヒソと話す。
恵は、異界産のガッチリとした肩に力強く手を置いた。
「どうしたらいいか分からない、そこのおふたりさんに!日本式の仲直り、伝授してさしあげましょうか?」
「な、なんですか……?それは。」
一応、聞こうと返事をした猫好きAに恵はニコリと笑った。
「皆で──お風呂に入っていらっしゃい。」




