page 66 : 姉弟の陰謀
「あんのクソメガネ……!」
ゴミ捨てを終えて、家に入った英里は自分の部屋に着くなり、ベッドの上のクッションをおもむろに壁へ放り投げた。
──ガチャ。
英里の部屋のドアが開き、ジャージ姿の苫男が顔を覗かせた。
「アネキ、朝っぱらから何の騒ぎだよ。」
「だから、ノックしろって!!言ってんでしょ!!!」
機嫌の悪い英里は、次に枕を弟の顔へと放り投げた。
「うっぷ!!イテぇなぁ……。」
苫男は自分の足元に転がった枕を、丁寧に英里のベッドへと戻した。
「どうしたんだよ。腹でも痛いのか?」
「違うわよ!あの、メガネザルが!生意気にイケメンと同居してるの!私が、先に目をつけた男なのに!」
「メガネって……ああ、リー子のこと?なんだ、朝は眼鏡してるんだ。」
「朝は、って?どういうことよ。」
「いや、コンタクトデビューしたとかで噂になってたからさ。とうとう、あいつも垢抜けを意識し出したのかと思ってたんだけど。」
「え?だって眼鏡……」
英里は、ついさっきの梨人を思い出す。
寒さに鼻を赤くしていた梨人は──確かに、眼鏡をかけていなかった。
「……そういえば、してなかったかも。」
英里の言う"メガネ"は既に、メガネではなくなっていた。
「だろ?女子が騒いでたもんなぁ。イケメントリオがどうとか、こうとか。転校してきたリー子の親戚も、雰囲気ヤバくてよ。アネキの言う同居人って、多分その親戚のことなんじゃないか?」
「親戚?へえ。もし、それが本当だとしたら全くと言っていいほどに家系を感じない親戚なのね。」
英里はベッドに腰をかけると足を組み、目の前でポリポリと腹を掻く弟に話を切り出した。
「鈴央。アンタ、メガネの素顔は?見たの?」
「ん〜見てない。どうせ、大した顔じゃないよ。」
「でも、女子は"イケメン"って言ってたのよね?」
「ああ、言ってたけど……正直、女子の言うことはよく分からん。なんでも"可愛い〜!!"って言うし。それで言ったら誰でも"かっこいい〜!!"で、イケメンになるんじゃねーの?って。」
「いや、なんていうか……それは、少し違うと思うけど。」
英里は、長く伸びた髪先をいじりながら話を続ける。
「……アンタ、メガネのこと嫌いでしょ?」
「ああ、好きじゃないね。」
「鈴央さあ……仮に梨人の馬鹿がイケメンでもいいんだ?女子にチヤホヤされて?親戚と一緒に、イケメントリオ認定されて?ああ、そのうちファンクラブができたりなんかしてね。どう思う?」
「それは……無理だな。陰キャが調子に乗るとか、ゲロものだよ?それに、親戚はどうか知らないが、あいつは表に立てるような奴じゃない。」
「でしょ??鈴央、ちょっと耳貸しなさい。」
──ゴニョゴニョゴニョ。
英里は鈴央の耳に、何かを吹き込んだ。
「……どう?できるわよね?」
「……え、マジでやるのか?下手したら俺、退学になっちまうけど……」
「なーに。通りすがりにちょいと仕掛ければバレないわよ。」
英里は腰掛けていたベッドから立ち上がると机の引き出しから長財布を取り出し、二千円を弟に手渡した。
「ほーら、手間賃ちゃんとあげるから!」
「はあ、これだけ?少ねぇよ。こっちはリスク背負ってるってのに。」
「チッ……生意気。」
舌打ちをした英里は二千円を雑に長財布に戻すと、嫌々五千円札に取り替え、鈴央の胸元に突きつけた。
「……はい、払ったからね!ちゃんとやりなさいよ。」
「あーい、毎度あり〜。」
英里から五千円札を受け取った鈴央は、手に持った紙幣をピラピラと揺らしながら機嫌良さそうに姉の部屋を後にした。
部屋に一人きりになった英里は、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと写真フォルダを開いた。
ズラリと並ぶ、何枚もの写真──その全てには、コンビニの前でスポーツドリンクを抱える蛇遣いが映っていた。
「今に見てなさい……絶対に、お前なんかにコルク様は渡さないんだから。」
梨人への嫉妬心から、爪を噛み鳴らす彼女──その頃、梨人はというと原因の分からない悪寒に首を傾げていた。




