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47 レインコート -Rain coat-

「あ、終わったみたいだよ。梨人はもう、校舎の外だ。」


猫好きAは、梨人にマーキングした猫印の位置が変わったことに気がついた。


まだぼーっとしている蛇遣いを急かして本を一式持たせると、猫好きAは会計を済ませて百合亭を出た。



今日は一日中、雨模様。



既に外は暗く、街には商店の明かりが目立ち始めていた。



傘を差してトボトボと後ろを歩いてくる蛇遣いに嫌気が差した猫好きAは、彼を力で釣り自身も遊泳の力を使うと空を飛んだ。



地から足が離れた感覚に焦った蛇遣いは正気に戻った。


「おい……!!目立つことはしないって!!」


「チンタラ歩いてるマスターが悪い。それに、この暗い中、誰も見やしないよ。さ、梨人を迎えに行こう。」


「おいっ!ボスっ!!だから、飛ぶのはまずいってぇ……!!」



電柱より高いところを、二つの影が移動する。


暗がりを味方に、雨凌ぎのコンタクトベールを纏った彼らは堂々と異世界式の移動方法をとった。




こうして蛇遣いを連れた猫好きAは、あっという間に岳陵第一高校の近くへと到着した。


──岳陵第一高校付近、横断歩道前。


そこには、傘を差す細身の青年一人の姿があった。


ぼんやりと、歩行者用信号の赤いランプを眺める。


「今日は……変な一日だったな。」


高校での時間。嫌なものは嫌だが今日はいつもより少し、気持ちが軽かった。


クラスの空気が明らかに変わったのは、そう──マジック佐山事件の直後から。


今日は珍しく結希以外の人間には危害を加えられず、午後はずっと平和だった。


皆いつもより落ち着きがあったな……と不思議に思う梨人だが、それもそのはず。


クラスメイトの記憶には、蛇遣いが施したストッパーと暗示の余波が残っていた。


蛇遣いの"記憶の能力"──それは、命に手は掛けずとも、一時的に自我へ影響を与えるほどの強力さを持っていた。


少し気分の良い梨人は、傘の柄をクルクルと回した。


雨でも気分が良いなんて、いつぶりだろうか。


もし、(コウ)の仕業じゃなかったとしても。

同情した神様が今日だけ特別と、僕に微笑んでくれたと考えても良いだろうか。


雨音と車線で跳ねる水音の中、そんなことを考えている梨人の耳に何やら声が近づいてきた。


「あーーーーもう!信じらんねェ!!」


若い男の声と同時に、梨人の頭上から二つの影が舞い降りた。


傘を握りしめ、反射的に目を瞑った梨人はおそるおそる、前を見た。


「……ふたりとも!?」


そこには、傘も差していないのに綺麗な状態の猫好きAと蛇遣いが立っていた。


服の乱れを整えた猫好きAは、梨人に優しく笑いかけた。



「梨人、おかえり。迎えに来たよ。」


「何ひとりでカッコつけてんだよ!!やること成すこと!雑すぎなんだよ、ボスは!」


「今に始まったことじゃないだろう?」


「こっちの身にもなってくれっての!あ、梨人。おかえり。」


傘を片手に固まる梨人を二の次に、蛇遣いは猫好きAへの不満が募っているようだ。


「ただいま。──ふたりとも、どうしてまた降ってきたの。」


コンタクトベールの存在を知らない梨人は、濡れてはいけないと一つしかない傘をふたりに差し出した。


(まったく、この子は。)


猫好きAは梨人が風邪を引かないよう、無言で彼の肩に触れるとコンタクトベールを付与した。


「マスターがのろまで間に合わなさそうだったから。飛ばしてきたの。」


「そう、なんだ。」


(好のマジックって、空も飛べちゃうんだな……)


梨人は彼らの身の回りに起きることは全て、"マジック"だと捉えることにしていた。


そう考えないと、自分の探究心に火が付きそうだった。月日の浅い相手への詮索は、野暮というもの。梨人は、知りたいという気持ちにブレーキをかけていた。



──ピヨピヨ……ピヨピヨ……


信号が、青になった。


梨人たちは横断歩道を渡り、揃って帰路につく。


「好、コルク。濡れちゃうってば。」


自分より先を歩くふたりに、梨人は傘をかざそうとする。


「平気だよ。」


余裕そうな顔の、猫好きA。


「って、ちょっと!!コルク、本持ってるじゃん!濡れるよ!」


「大丈夫。梨人も、傘閉じてみろよ。」


必死な梨人に、蛇遣いは矛盾なことを言い渡した。


「え……?閉じたら濡れるけど……?」


よく分からないという顔をする梨人に蛇遣いは服を捲り、腕を差し出した。


「俺の腕の表面。よく見て。」


「え?うん……。」


梨人は、蛇遣いの太い腕の表面を横から観察した。


腕の斜面に雨粒は留まらず、まるでガラスか何か、肌より一つ手前にある膜を伝うかのように流れていく。

新たに降り注ぐ雨粒は、音の立つ勢いで外へ弾き出されて行った。


「え、え〜〜〜〜!?!?なにこれ!!」


「ハハハ。驚いてる。」


猫好きAは、梨人のリアクションに満足気な様子。


「どうなってるの……?」


考える梨人に、猫好きAはネタばらしをした。


「これはね、私の力のうちだよ。レインコートみたいなものだね。さっき、梨人にも掛けたから傘差さなくても濡れないよ。」


説明を聞いた梨人は、迷うことなくすぐに傘を閉じた。


──なんだこれ。雨に打たれているはずなのに、冷たくもなければ身体も濡れていない……。


「す、凄ぉ〜〜〜〜〜〜!!!!!」


梨人は未知の経験に、はしゃいでいた。


道端に見つけた水たまりに、走って飛び込んでみる。

──水飛沫が上がっても、自分には何も返ってこない。


「ハハ!凄いねこれ!!」


梨人は、無邪気な子供のように喜んだ。

きっとこれが、本来の彼なのかもしれない。


嬉しそうにする梨人に、猫好きAも蛇遣いもまた、嬉しそうにした。


「ねえ、梨人。雨って、楽しいだろう?」


「うん……!最高だよ!!」


感覚に身を任せ、手を広げて楽しそうに雨を浴びる梨人。


今日、教室で見た梨人とは全く別人のようで──。


蛇遣いは、心から愉しむ梨人の横顔に口角を上げた。


「よーし、梨人!家まで水たまり制覇、するか?」


「ハハハ、いいね!!乗った!!」


先を走っていく蛇遣いと梨人の後を、猫好きAは穏やかな表情で歩いていく。


彼は、穏やかであっても。全てはそう、穏やかにはいかない。


土砂降りの中、傘を差さずに暴走する梨人と蛇遣いの様子を見かけた地域の住人たちは、彼らへの心配の中に、異常さから来る狂気を感じていた。


「ありゃ誰だ。坊主二人……いや、三人。近いとこ、きっと熱出すぞ。」


「ここら辺の子かしらね。若いと、元気よねぇ。」


「"元気"で済めばいいけどねえ。普通、やらないのよ。ああいうのは。」


「誰だって、雨に打たれたい時もあるでしょうよ。」


「ええ?こんな大雨でか……?」


猫好きAに、蛇遣い。問題児──という歳でもなく。


問題ありなリヒターふたりに導かれ、覚えさせられ。


梨人は順調に、異端な道へと足を進めていた……。



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