page 46 : 緋藍?いいえ、レインボー。
猫好きAと蛇遣いのふたりは梨人の下校を待つ間、喫茶・百合亭で暇を潰していた。
先と変わったことといえば……我慢できなかった蛇遣いがおやつにとラズベリーパンケーキを頼んだことそれと、周りの席が徐々に埋まり始めたこと。
通路を挟んだ向こう側の席では、若い女性二人が飲み物が冷めるほど、お喋りに夢中になっている。
窓の外を眺めるにも、考え事をするにも飽きてしまった猫好きAは、天傘書店で購入した本の一冊「緋藍の劣情」という、口に出し難いタイトルの小説を真顔で読んでいる。
対して──目の前の蛇遣いはとっくに漫画を読み切り、美味しいパンケーキを一人でペロリと平らげた後、テーブルに突っ伏して眠ってしまった。
おでこが痛くなったのか、眠る彼が顔を横に向けると、向かいの席の女性はピタッとお喋りをやめた。
「スピー……スピー……」」
こっちを向いて眠りこける、金髪褐色肌の男性の額には、テーブルにの溝の跡がくっきりとついている。
「フ………ッ、可愛い。」
「てか、睫毛長ぁ………」
二人の女性は、蛇遣いの寝顔に釘付けになってしまった。
片方の女性に限っては視覚を固定したまま、カフェラテを口に運び始めた。
この寝顔で、どれだけ美味しいお茶を飲めるというのだろうか──。
こちら側へ視線を感じた猫好きAは本から目を離すと、女性たちの席をチラリと見た。
「………!」
盗み見していたのがバレたのかと、二人の女性は慌てて蛇遣いから視線を逸らす。
「ねえっ。今、睨まれた……?」
「どうだろう、私達が見過ぎだったんだよ……もう行こっ。」
二人の女性はヒソヒソと話すと、席を立った。
あらかた、猫好きAに目をつけられたと思い込み、居心地が悪くなったのだろう。
実際、猫好きAはガンを飛ばしたつもりはなく、視線を感じたから確認しただけのことだった。
目つきが悪いせいか、このように勘違いされることは多々あった。
(私、何もしてないのに。罪な気分だ。)
『緋藍の劣情』は、残り数ページ──
何人かの男女がとっかえひっかえ若い本能で散々求め合い、結婚適齢期には各々違うパートナーに落ち着く──というありがちなような、微妙なラストを迎えたところで、彼は本を閉じた。要は、なんとかフレンドが題材の話……大人の恋愛という帯に惹かれて購入したが、だらしない他人の人生を覗いてしまったような気分。
毛色は違えど、これはこれで文学。リアルと、後に残るなんとも言えないモヤモヤ感が、この作品の特色だった。
「緋藍とは、良く言ったものだよ……こんなの、レインボー劣情じゃないか。」
女性を表した緋に、男性を表した藍──?何をもって、緋と藍なのか。
展開にがっかりした猫好きAは、薄っぺらい官能小説を仕舞うと、替わりに梨人へと購入した『青龍の愛し子』を袋から取り出した。
表紙に描かれた少女の、まっすぐな翡翠の瞳がこちらを見つめる。
「……また、破られたりしたら敵わない。」
そう言うと猫好きAは本を撫で、薄膜のバリアを張った。
バリアは本に溶け込むかのように密着すると、完全に馴染んだ。
「よし。これでもう、大丈夫だ。」
衝撃を与えられると、猫好きAの防護が発動するという仕組み。
能力のショーケースに入れられたライトノベルは、この世で一番、頑丈な本となった。
それも……猫好きAの命がある限り保存を約束された、化石級のレアものだ。
「ふぁあ………。」
蛇遣いがようやく、昼寝から目を覚ました。
「おはよう。どうだい、喫茶での休息は。」
「ああ、最高。」
蛇遣いは、寝起きに猫好きAが追加注文していたレモネードの残りを飲み干した。
「……ボス。俺が寝ている間、ずっと読書してたのか?」
「ああ。」
ひとつ返事をした猫好きAは、「はぁ」と残念そうに頬杖をついた。
「……緋藍はね、結局レインボーだった。」
「レインボー?よく分からないけど……そっちの方が綺麗でいいんじゃないか?七色で、特別感があるし?」
「いや……綺麗なんてもんじゃなかったよ。」
まさか、この後に続くのが"劣情"だとは。
小説を滅多に読まない蛇遣いは、知る由も無かった。
結局、蛇遣いはパンケーキを諦めきれなかったみたいです。




