45 ティータイム -Tea time-
天傘書店を出たふたりは、次の予定について話していた。
「玄恵さんには夕方頃帰るって言ったけど梨人の帰宅も、きっとそのくらいだよね。」
「ああ。近くにいることだしどうせなら、梨人の帰りまで時間を潰すってのはどうだ?」
「私も、それがいいと思うよ。本も買ったことだし、どこかでお茶にでもしようか。」
猫好きAは素早く書店の建物の上に登ると、辺りを見渡した。
「何か、見えたぁ??」
「ん〜〜、カフェっぽいのがぁ。」
猫好きAは、スタリと地上に降りた。
「……どっち?」
「あっち。」
ふたりは、近くのカフェへと歩いて移動した。
「ここが日本のカフェか──洒落てるところだな。」
蛇遣いは、花のあしらわれた木目調のドアに目を惹かれた。
「ああ、もう良い香りがするね。」
猫好きAは、手で扇いで香りを鼻元に引き寄せた。
「スーーーッ──本当だ、豆の香りがする。」
ここは、喫茶『百合亭』。
木目の建物に、白い窓枠が良いアクセントになっている。
買い物がてら、梨人たちもよくテイクアウトに寄る喫茶店だ。
ふたりは、傘を閉じると百合亭の中へと入っていった。
店員に案内され、ふたりは窓際の席に着いた。
細長いメニュー帳を開き、目を通す。
「ラズベリーのパンケーキがある………美味そう……」
「……食べてもいいけど、玄恵さんのご飯もおかわりするんだよ?夫人は、いっぱい食べる若者が好きだからね。」
「……俺って、大食い枠なの?」
「私は違うから、必然的にそうなるね。」
「また、今度にしとくか……。」
パンケーキを諦めた蛇遣いはチャイティーを、猫好きAはロイヤルコーヒーを頼んだ。
ふたりが書店で買った本を広げていると、注文した飲み物が到着した。
「はあ〜〜〜。あったまるなぁ。」
「うん、美味しいね。」
ふたりは向き合って、カップの中身を啜る。
「……マスターの、少し飲ませて。」
無難にコーヒーを飲んだ猫好きAは、チャイティーの方の味が気になっているようだ。
「そういうと思ってましたよ。はい、交換な。」
ふたりはカップを共有して、飲み合った。
「ふっふっふ。仲良しねぇ。」
カウンターからは、眼鏡をかけたおばさまがその光景に目を細めていた。
「これ──ブラックコーヒーだよな……?美味いけど。」
「ノンノン。ロイヤルコーヒー。そう、書いてある。」
互いにカップを元に戻すと、また一口啜った。
喉を潤した蛇遣いは、猫好きAに話を持ちかけた。
「あ、ブラックと言えば。なんなんだよ、さっきのブラックボスは。」
「ブラックバス──?」
猫好きAはいつかに図鑑で見た、しゃくれ外来魚を思い浮かべた。
「 ブ ラ ッ ク ・ ボ ス ! 」
「ああ、私か。」
猫好きAの頭から、ぼんやりとしたブラックバスが消えた。
「びっくりしたんだからな。あんなボス、初めてだよ。」
"抵抗するなよ、メスガキがァ!!"
蛇遣いは、普段の猫好きAからはありえないセリフを思い出していた。
「ええ……だって、メスガキって。ええ……」
蛇遣いは口元に手を当て、目の前に座る猫好きAを引き気味に見た。
「──馬鹿な女は女ではなく、メス。それに私は職業柄、ああいう輩を鳴かせるの意外と好きだから。」
そう言うと、猫好きAは優雅にカップのコーヒーを一口啜った。
彼の言う職業柄というのは、案内人・飛猫ではなく、恐らく"導きのリヒター"としての制裁業のことだろう。
猫好きA、蛇遣いを始めとするリヒター達が集う巡影の『隠れ家』は、制裁を裏職業とする組織。
猫好きAの"導きの力"はリヒターの力の中でも関わった者にもたらすものが大きく、このことから隠れ家は、国外より"解決屋"として依頼を受けることがあった。
「S……ドのつく……」
ウィンドウの外の歩行者に目を向けながら、蛇遣いはポツリと本音を口にした。
「それは、私のことかい?……聞きづてならないね。」
猫好きAの目が、ギョロリと正面を向く。
「ん〜と……そーおだっ!ドリップコーヒーのS!頼もうかな!」
「うん。それは確かに、ドのつくSだね。」
蛇遣いはノリからコーヒーを追加注文した。
猫好きAは蛇遣いをクスリと笑うと、温もりを感じるように両手でマグカップを包み込んだ。
コーヒーの液面には、よく知っている不健康そうな顔が映っている。
(本当は、カッとなってしまっただけにすぎない。だって……あまりにも彼を否定して苦しめるから。制裁を加えたくなるのも当然じゃないか。)
" 帰国するまでの間、余計なコトはしないでよ? "
レディに言われた矢先、約束を破ってしまったが……。彼はリヒターとしてではなく、梨人サイドのニンゲンとして、あの場面を見過ごすことができなかった。
自分らしく、好きに生きていいはずの、この世界。
その世界を謳歌すべく生まれた命であるはずなのに──ふたりが見た高校での梨人は、完全に自分らしさを失っていた。
猫好きAは、知っていた。
彼は、復讐なんて考える頭の人間ではないことを。
本当は人のことを大事にしたい、心根の優しい人間であることを。
何が彼をあそこまで萎縮させているのだろうと、疑問に持つ者は誰一人として存在しない。
猫好きAが触れた2年3組は優しい人を弱者とする、そんなサルの掃き溜めでしかなかった。
(あの場所は、臭くてたまったもんじゃない。)
猫好きAや蛇遣い、セーヤにレディ──
彼ら上界のニンゲンが本気を出さずとも、少し手を加えるだけで人間は崩壊する。
この、どうにもできない世の摂理を楽しむために彼は今日、クラスメイトを皆殺しにせずあえて泳がせておくことにしたのだ。
イメージで言えば、猫好きAと蛇遣いが認識した人間は全員、彼らの手中にあるようなもの。
彼の人格が一瞬変わったのは、この力のヒエラルキーに感情が昂っていたからかもしれない──。
猫好きAは雨の降る中、色とりどりの傘をさして移動する人間を横目に笑った。
(……いいこと思いついた。セーヤくん──君は本当に優秀だな。巡騎には、良い顔をしておくべきだね。)
目の前で悪そうに笑う彼に、蛇遣いはまた顔を歪めた。
「……なに、笑ってんだよ。」
「フフフ………いやぁ、ちょっとね。フフフフフ。」
(擬態ポーション、効果はどんなものか──。
何にせよ、楽しみだ。未知の体験と制裁こそが、私の生きる意味。)
どうやら、彼はセーヤから多めに貰った擬態ポーションで良からぬことを考えているようだ。
(さあて……どう泣かせてやろうか。)
この男……。
蛇遣いが言う通り、ドSというのも強ち、間違っていないのかもしれない。
その辺を歩く人間も──ここに居るニンゲンも。
涼しい顔のついた皮の下に、どんな本性を隠し持っているか、分かったものではない。
言うなれば、命ある者は"生きる謎"。
そして。人生(ジン生)という迷宮は決して一人では攻略できないように作られていた。
サルでも、ドSでも、酒好きでも、悩める者でも。
偶然が手繰り寄せた日常を共に生きながら、それぞれがぶつかり、腕を組み、笑い合いそして、相手を知っていく。
こうして生きる者は日々迷宮を探検しながら、いつかは終わる謎の中に自身を紐解いていくのである。
蛇遣いはドリップコーヒーの海に、小さな角砂糖を落とす。
黒い溜まりに白は静かに染まり、沈んでいく。
コーヒーが蛇遣いらニンゲンだとしたら──角砂糖は、人間。
渋みを帯びた彼らの力の中に考えの甘い人間は沈み、平凡な人間界の中で芳醇な能力者を引き立てるパーツとなる。
反対に座る猫好きAは頬杖をつくと、テーブルを爪で鳴らし始めた。
この動作はそう、考え事の合図。
彼らがティータイムを楽しむ、この瞬間──既に制裁は始まっている。
梨人の周りを囲む人間には、平和消失までの時限が音を立て始めていた。
執行条件は──リヒター2名の意志のままに。
3年前、友達に一口飲ませてもらったチャイティーが美味しかった記憶。
筆者は、ロイヤルコーヒーでした。




