40 セーヤの支援 -Seya's support-
「何か──来る。」
猫好きAがそう、口にした直後。
ふたりの居るバルコニーを、突風が襲った。
「うわっ、なんだ……っ!!」
ふたりは、反射的に顔の前を腕でガードした。
突風は渦を巻くようにシュンと消えてなくなり、中から紺色の髪をした青年が姿を現した。
目を開いた蛇遣いは、声を上げた。
「セーヤさん!!」
目の前の青年は乱れた髪を片耳にかけると、優しく微笑んだ。
「お久しぶりです、お二方。」
彼の名は、セーヤ・レジール。
巡影騎士団所属で、隠れ家のふたりとどうやら面識のある人物のようだ。
「マスター、何言ってるの?彼は……セーヤくんじゃ……ないでしょ?」
猫好きAは目を凝らしている。
「いや、セーヤさんだって!間違いない。」
猫好きAに鋭い視線を向けられたセーヤは自分の髪をひと束、つまんだ。
「……ああ、そうか。そうだった。おふたりは知らないですよね。改めまして、NEW・セーヤです。」
セーヤは胸元からスマートフォンを取り出すと、ふたりに向けて一枚の写真を見せた。
その写真には、水色の髪にシルバーの瞳を持った爽やかな旧・セーヤ青年が映っていた。
NEW・セーヤと謳う、紺色の髪に黒い瞳となった今の姿とは雰囲気からして別人だ。
猫好きAはスマホの写真と現物を見比べて、納得した。
「うん……セーヤくんだ。」
「だから言っただろ。セーヤさんを忘れるなんて。」
猫好きAは、セーヤと自然にハグを交わした。
「セーヤくん、いつぶりかな。今までどうしていたの。」
「あれ、聞いていませんか?僕、人間界の貿易支部に派遣されたんです。」
「えっ!?人間界に??」
蛇遣いは目を見開いた。
「ええ。何も、珍しいことではありませんよ。僕以外にも、派遣されている上界のヒトはたくさんいるはずです。」
「支部、噂には聞いていたけど……まさかセーヤくんがね。でも、こうして会えて嬉しいよ。」
「僕もです。猫好きさん、マスター。お元気そうで良かった。」
田舎に建つ一軒家、その待夜家の小さなバルコニーでは感動的な再会が果たされていた。
「それにしても、セーヤさん。どうしたんです、その髪色。よく見たら……目の色も。前とは随分違いますよね?」
セーヤからスマートフォンを借りた蛇遣いは、写真と実物を何度も見比べた。
「……イメチェン、なんて軽いモノではなさそうだね。──いや、イメチェンだとしたらよく似合っていると思うよ?」
猫好きAは不確定要素に保険を掛けながら、セーヤの変化について考察していた。
「あっは、ありがとうございます。そうですね。残念ながら、イメチェンほど明るい理由ではないですね。」
セーヤは顎のラインまで伸びた紺色の髪をひと撫ですると、話し始めた。
「"郷に入っては郷に従え"とは言いますけど、支部にも騎士団にも、変装の命は特に受けていないんですよ。実際、下界の人の中にも派手な装いの方は何人も見かけました。でも……自分の問題、といいますか。弱さ、といいますか。」
セーヤは目を伏せた。
「なにもいけないことはしてないはずなのですが、ここで過ごしていくうちに"目立たないようにしなければ"という自責に似た感情に駆られるようになったんです。
それでいざ、髪のトーンを落としてカラコンを付けてみたら不思議なことに、すごく落ち着くんですよ。
自分が下界に紛れるためには、これが正解だったんだと思います。」
セーヤの偽装された黒い瞳が、真っ直ぐとふたりを見つめている。
「カムフラージュってわけだね。良い選択だと思うよ。私も、できれば目立ちたくない。下界とは言え、何があるか分からないからね。」
「そうですね……文化なのか、国風なのか。目立つだけ、良くないところはあると思います。」
セーヤは持っていたトランクケースを広げると、何かを取り出し始めた。
「実は、今日ここへ来たのはオート代表からの依頼でして。おふたりがトラブルにより堕界してしまったとお聞きしたので、必要品をと。」
「さすが、レディだな。……でも、どうやってこここが分かったんだ?」
「ああ、首輪と腕輪の位置情報機能を追跡したとおっしゃっていましたよ。」
「え?位置情報……付けた記憶がないんだが……」
右腕の腕輪を、見回し確認する蛇遣い。
「マスター、忘れたの?いつだか一度、酩酊輪と私のチョーカーを彼女に預けたことがあったじゃないか。何かされていてもおかしくないとは思っていたけどね。なるほど、GPSと来たか。」
「ボス、そんなもの外しちまおうぜ。まるで監視されているみたいじゃないか。」
蛇遣いは、カリカリと腕輪を擦り始めた。
「あ、でも。監視目的ではなく、おふたりがいつか大きな事故に巻き込まれるんじゃないかという心配してのことだと、僕は思いますよ。実際、僕と繋ぐまで位置は把握していない様子でしたから。」
そう言うと、セーヤは小さな荷物を抱えて立ち上がった。
「これ、僕の方で手配させてもらいました。僕の連絡先も入っています。」
セーヤは、猫好きAと蛇遣いにスマートフォンを支給した。
「あああ……助かる。やっぱ、ポケットにはスマホの重みがないと。落ち着かないよな。」
蛇遣いは新品のスマホをズボンの後ポケットへとしまった。
「ありがとう。これで、いつでもセーヤくんをデートに召喚できるね。」
猫好きAは受け取ったスマホを片手に、ニヤリとした。
「まだ、あるんですよ。」
猫好きAのダル絡みを巧みに回避したセーヤはトランクからまた、何かを取り出した。
「カラーコンタクトと、連絡用のパネルです。」
彼は、猫好きAに両方を手渡した。
「カラーコンタクトは僕が使っているのと同じ、純ブラック。日本人とほぼ、同じ瞳の色になれます。そちらのパネルは、上界との連絡手段として使ってください。先程のスマホは、下界でしか使えませんから。」
セーヤは、ふたりのために偽装に必要なものまで用意してくれていた。
これで、黄色い瞳の猫好きAも青い瞳の蛇遣いも少しは存在感を抑えることができるだろう。
「セーヤくん、色々とすまないね。」
「いえ、おふたりも大変だったでしょう。これくらい、どうってことないですよ。」
最後に、セーヤは蛇遣いに目薬サイズのいくつかの小瓶を手渡した。
「これ、何か分かります?」
「なんだこれ。惚れ薬……?」
蛇遣いは、液体の入った瓶を軽く揺らした。
「馬鹿だね。そんなものセーヤくんが持ってくるわけないだろう?」
「アハハ……」
ふたりの掛け合いにとりあえず笑ったセーヤは、話を続けた。
「それ、"擬態ポーション"です。聞いたことはあるでしょう?」
「……擬態って。それ、確か高価なものだろう?こんなにたくさんは流石に、気が引けるよ。」
擬態ポーション──それは、上空で任務や捜査を円滑に進めるために使用される変化剤。
表では売買されることのない、価値の高いものであり、猫好きAと蛇遣いは未だ擬態ポーションの効果を知らずにいた。
ふたりが知らないだけで、もしかしたら隠れ家のどこかには擬態ポーションは存在しているのかもしれないが──レディが管理していると見るのが妥当だろう。それだけ、このふたりが厄介ということである。
「普通に取引すれば、それは高価なものですが……巡騎(巡影騎士団の略)では一人一人に支給されていたものです。これも、支部配属にあたって支給されたものの一部なので。」
「……なら、ありがたく使わせてもらうよ。」
猫好きAは蛇遣いの手から一つ、ポーションを手に取ると太陽に透かした。
緑色の液体の中に、キラキラとした光が見える。
「にしても……毒々しい色だね。不味そう。」
「あは、美味しくはないですね。薬!って感じの味がしますよ。」
トランクを閉めたセーヤは立ち上がった。
「そうだ、お金の方は??」
「あ、それならボスがガード持ってたんで。」
「さすが、猫好きさん。」
セーヤはトランクを手に持った。そろそろ、時間のようだ。
「セーヤくん、一個お願いしてもいいかな?」
「はい。」
「日本での身分証って、偽造できたりする?」
猫好きAは蛇遣いのためというわけではないが昨日の一件以来、自由に酒が買えないのは不便だと感じていた。
それに、身分証があった方が何かと疑われずに済むことも学んでいた。
「ああ、そうですよね。まずはそこから、日本に溶け込むってことですね?──やっぱり、猫好きさんは意識が高い。手配しておきますね。」
酒を買えなかったことがきっかけだとは知りもしないセーヤは、猫好きAにリスペクトの眼差しを向けた。
「では、僕はそろそろ失礼しますね。また身分証ができ次第、連絡入れますので。」
セーヤの身体を包むように、風が吹き始める。
「ありがとう、セーヤさん。」
蛇遣いの金髪が、セーヤの風に踊っている。
「……セーヤくん、君はいつまでここに残るんだい?ご飯、しっかり食べるんだよ。」
セーヤはまた、身分証を届けにくるはずだが──。
猫好きAは仲間や親族と離れてこの地に身を置く彼が心配になったのか、最後に言葉を贈った。
風の中心で、セーヤはおかしそうに笑った。
「──任期が明けないと巡影には帰れないので、しばらくは居ると思います。僕は、すぐ会えるところにいますから。そう、心配なさらないでください。」
風が、完全にセーヤを覆い隠した。
「では、また。」
そう、言い残すとセーヤは風と共に消えていった。
彼は、瞬間移動・空間移動を専門とした能力者であった。




