page 39 : 連携
───翌朝。
猫好きA、蛇遣いは別室に移ったため、梨人は快適な一人部屋ライフへと戻っていた。
そして、いつも通りアラームで起きる予定のはず──だったが。
「梨人〜〜!朝だぞ〜〜、起きろ〜〜!」
蛇遣いが、部屋の入り口からズカズカと中へ入ってきた。
(なんで、朝っぱらから元気なんだよ……。)
機嫌悪そうに目を覚ました、梨人。
半目の彼のもとに、蛇遣いの後ろから猫好きAがやってきた。
「おはよう、梨人。今日は、スクールに行く日だろう?恵さんから聞いた。」
眼鏡をかけた梨人は、ふたりがなぜか、さっぱりとして見えた。
寝起きの重さが、どこにも見当たらない──。
よく見ると、ふたりとも首から白いタオルを下げていた。
「おはよう。ふたりとも……朝シャンしたの?」
「ああ、朝の運動を終えてきたところでね。汗を流したくて、美雪さんに許可をもらってシャワーを浴びたんだよ。」
「朝から、運動って。すごいね……。」
「梨人も、明日から一緒にどうだ??」
「いや、僕はいい……大丈夫。」
梨人は、まだ寝起きのおぼつかない足どりで一階へと降りていった。
シンと静かな梨人の部屋には、ふたりが残った。
「マスター。やっぱり……テンション低いね、梨人。」
「間違いなく、アレのせいだな。あんなことがあったんだ、誰だって行きたくなくなる。」
ふたりは梨人の記憶を覗いたことにより、彼の心情への解釈が深まっていた。
蛇遣いは頭を抱え、猫好きAは顎を抱え。考えた先に、同じ答えへと行き着いた。
「なあ、ボス……」
「ねえ、マスター……」
ハモったふたりは順序を譲り合うと、最終的に猫好きAが話し始めた。
「マスター、今日一日、梨人を尾行してみないかい?」
「お、俺も同じこと考えてた。でも、尾行ったって……家の仕事がなぁ。」
「そんなの、先に終わらせてしまえばいい。私たち、早仕事は得意だろう?」
そういうと、猫好きAは長い爪を剥き出し、どこからか出した薄いハンカチで磨き始めた。
ふたりは早いところ、家事を片付けてしまう算段のようだ。
────待夜家の玄関にて。
朝食と支度を済ませた梨人は、浮かない顔で靴紐を縛っている。
「梨人。」
猫好きAに呼ばれた梨人は、顔をあげる。
「手、出してごらん。」
無言で差し出された梨人の手に、何かを握らせた。
「はい、プレゼント♪」
(……なんだ?)
笑顔の猫好きAに怪しさを覚えながらも、言われた通りに手を開く──
すると、そこには、いつかに見た知らない銘柄のキャンディーがあった。
「これ、好の国の……?」
「そう、スネイルズのコーヒー飴。稀に、力を使いすぎると低血糖を起こすから常備していてね。梨人にもあげる。舐めると、リラックスできるよ。」
「ありがとう。後で食べるよ。」
コーヒー飴を制服のポケットにしまった梨人は、猫好きAに小さく手を振ると、家を後にした。
「いってらっしゃい。」
「気をつけてな!!」
こちらを振り返る梨人は、微妙な顔をしている。
家の窓からは、猫好きAと蛇遣いによる、見慣れない見送り。
ふたりは窓から身を乗り出し、梨人が見えなくなるまで見送った。
「──で、ボス。どうやって梨人を追跡するんだ?」
「ああ、それなら大丈夫。さっき、洗面所で梨人の背中にマーキングをした。辿れば、居場所が把握できるよ。」
猫好きAは、身だしなみを整える梨人に絡むフリをして、制服に猫印を施していた。もちろん、この猫印は彼にしか見えないものだ。
「じゃあ、まず俺らがやるべきことは……」
「ミッションをこなすこと、だね。早速、取り掛かろう。」
ふたりはそれぞれ、待夜家での分担を全うするために動き出した。
キッチンでは、蛇遣いがチャカチャカと仕事をこなしていく。
「──でね、この俳優さんがね。渋くて良いのよ〜。この前は朝ドラにも出てて──」
「うんうん、確かに。渋くて良い感じ。」
(ん………?)
泡だらけのスポンジを握った蛇遣いが顔を上げると、リビングでは恵と猫好きAがお茶を啜りながらテレビの前で談笑していた。
「おい、ボス……じゃなくて、好さん?洗濯機が回っている時間は、暇なはずだよな?それなら、食器拭くの手伝ってくれよ。」
「──何を言ってるんだい。私は洗濯担当じゃないか。」
「だから……連携だよ、レンケイ!!ボスは、家事というものをまるで分かっていない!!洗濯だって、二人でやればいいだろ、この後予定があるんだから。効率重視!」
「そうよね〜?確かに、協力って大事よね〜。」
蛇遣いの言葉に、恵も頷く。
しょうがないな、と猫好きAはソファから腰を上げた。
「そういえば、ふたりとも。この後、予定があるって……どこか行くの?」
リビングから、恵が話しかける。
「ああ、梨人の高校の近くを散策しようと思って。」
「ええ?散策って言ってもねえ……岳陵は特に何もないわよ?」
「いいんです。その、岳陵の街並みを見られるだけで。」
そう言う猫好きAは怠そうに、蛇遣いの横で濡れた食器を拭き始めた。
「じゃあ、今日お昼は?帰ってこない?」
「うーん、そうですね。午後は空けてしまうかも。夕方には、ちゃんと帰ります。」
「じゃあ、軽くだけど今から、お昼作るから!持って行って。」
「えっ!そんな、いいんですか?」
蛇遣いが、嬉しそうに顔をあげる。
「いいわよ〜?ふたりは、おにぎりとサンドイッチ、どっちがいい?」
「じゃあ、私は……おにぎり。」
「うーん、俺…も……おにぎり?」
蛇遣いは、恵の手間を考えて、咄嗟に回答をおにぎりに寄せた。
「コルク、本当は……?」
恵は、蛇遣いが自分に気を遣って意見を曲げたことを見通していた。
眉を曲げて笑う彼女を目の前に、蛇遣いは子供のように素直になった。
「じゃあ、俺は……サンドイッチで。」
「了解!好、具は梅干しと鮭でいいわよね?」
「うん。ありがとう、恵さん。」
恵は、ふたりが片付け終えたキッチンに立つと早速、お弁当作りに取り掛かった。
───二階、バルコニー。
「おい、ボス……ちょっと雑すぎやしないか。」
「え??」
ふたりは、洗濯物を干している最中──。
蛇遣いは、家事に慣れない猫好きAにイラつきを抑えきれない様子。
「これだと!シワになっちまうんだよ!!」
「え〜、大丈夫じゃない?」
猫好きAはバルコニーの縁に寄りかかり、ハンガーを指の先で回している。
「いつも俺がボスのワイシャツ、きっちり干してるの知ってるか?時にはアイロンだって……」
「ああ。いつもすまないね。感謝してる。」
「ったく……。」
ニコリと笑う猫好きAを見て、蛇遣いは彼に教えるのを諦めた。
「はぁ……もう、分担は無し。明日からこの連携スタイルにしよう。それが、この家の為だ。」
(皆に、シワだらけの服を着させるのは……流石に。)
──気分が乗っていないときのボスに、何を言っても同じだ。
「マスターがそういうなら、そうしようか。」
猫好きAはカゴからバスタオルを浮かせると物干し竿に掛けていった。タオルなら、シワは大して関係ない。
「飛ばされないように、しっかり止めないとダメだからな。」
「はいよ。」
蛇遣いの言う通りに、洗濯ばさみを手元に引き寄せた猫好きAは何かを察知したのか、力の使用を解除した。
浮力から解放された洗濯ばさみが、カコンと彼の足元に落ちる──
目を見開く猫好きAは静かに、蛇遣いへ目線を送った。
「何か──来る。」




