38 年齢確認 -Age confirmation-
「ねえ、そろそろコンビニ行くなら動かないと。夕飯になっちゃうよ。」
「ああ、そうだね。トランプは一旦、ここまでにしよう。」
梨人の声掛けで、家からすぐ近くのノーソンへ向かうことにした。
猫好きAと蛇遣いは早速、玄恵がチョイスした上着をTシャツの上に羽織った。
「にぃにたち、どこ行くの?」
トランプを持った紘が、付いてこようとする。
「すぐそこまで用事を済ませに。紘は留守番、頼むな。」
「え〜〜いやだ。皆で行きたいよぅ。」
梨人に留守番と言われ、ぐずる紘を蛇遣いがなだめる。
「お前は、リトルレディだ。もう外も暗くなってきてる。危ないから、お家で待ってろ。な?」
猫好きAも同様、彼らは紘を"リトルレディ"として扱う。
少しおシャマな紘は、この気遣いを嬉しく思っていた。
「うん、プリンセスだから。ちゃんと待ってる。」
「リトルレディの次はプリンセスって…アッハハハハ!」
堪えきれなかった梨人が笑い始めた。
梨人の中の紘は可愛くても、プリンセスのようなお淑やかなイメージは皆無であった。
「いいじゃないか。レディは皆、プリンセスってことだよ。」
「玄恵さーん、梨人にコンビニ案内してもらうので。行ってきます。」
「あら、気をつけてね。なるべく早く戻ってくるんだよ。」
玄恵に蛇遣いが一言、ことわると梨人たちは外に出た。
「寒いねえ。」
暗い道を揃って歩いていく。
「こんばんは。」
「「こんばんはー。」」
梨人に続いて、ふたりも犬の散歩をしている近所の人に挨拶をした。
「こんばんは〜。」
相手も挨拶を返し通り過ぎるが、少し歩かないうちに犬がその場から動かなくなった。
「あれ、ゴロウ。どうしたの。」
飼い主が呼びかけるも、尻尾を巻いてその場に座り込んでしまった。
プルプルと震え、身体は縮こまっている。
犬のゴロウは、人間には分からない「何か」を感じていた。梨人の後ろを歩くふたりに、異形のオーラを察知したのだ。
「変ね……寒いのかしら……。」
飼い主は仕方なくゴロウを抱き抱えると、散歩を中断して帰路についた。
犬を震え上がらせたとも知らないふたりは上着のポケットに手を突っ込み、呑気に梨人の後ろをついて歩いていた。
「さっきの犬、光ってたな。」
「人間界では、ああいう犬種が今の流行りなんだろうね。さすが最先端だ。」
「勝手に話を進めないで。あれは、安全のために光る首輪をつけてるの。」
「なんだ、近未来的なものじゃないのか。」
くだらない会話の先に、目的地が見えてきた。
「ほら、あの看板。あれがノーソンだよ。」
「へえ、牛のマークなんだね。」
「ノーソン以外にもね、コンビニって色々あるんだよ。」
「なるほど。コンビニっていう種類のお店なんだな。」
「まあ、そんな感じ。」
梨人たちは、ノーソンの中に入った。
「らっしゃっせ〜。」
「おお、ここが。」
白い蛍光灯の下、商品棚には色とりどりの商品が並べられている。
蛇遣いは端から、ゆっくりと商品を見ていった。
「へえ、本も売ってるんだね。」
猫好きAの目の前には、グラビアのお姉さんがセクシーポーズをキメている週刊誌。
「ちょっと、そんなものまじまじと見ないでよ……!」
梨人が猫好きAの腕を引っ張る。
「失礼だね、観光書の一冊くらい持っておいたっていいだろう?日本に来たばかりの初心者なんだから。」
「え?観光書……?」
梨人が本棚を見ると、週刊誌のすぐ横には「日本の観光ガイドブック」と書かれた雑誌が置かれていた。
(うわ、恥ずかしすぎる……!!)
早とちりしてしまった梨人は、顔に出さないように気をつけた。
「あ〜……そうだね。それは必要だよね。うん。」
「──だろう?やっぱり必要だよね。」
猫好きAは素早く観光書をカゴに入れると、デザートコーナーへと足を進めた。
(ああ、なるほど。梨人は、私があの女性を見ていたと思ったのか。若いねえ。)
梨人のリアクションから推測した猫好きAは、フフと笑みを浮かべた。
(知らない女の露出なんて、面白みもない。)
彼は大して、ナイスバディに興味は無いようだ。
「梨人、おすすめは?」
「えーとね、僕はコレと……コレ。好きだよ。」
「よし、それを買おう。」
猫好きAは、杏仁豆腐とロールケーキをカゴに入れた。
「これは、留守番プリンセスに。」
猫好きAは留守番をしている紘へと、隣に置いてあった苺のミニケーキも追加した。
「あ、そうだ。食後に皆の分のデザートも買おうよ。」
「いいね。どれにするんだい?」
「うーん、アイス?」
ふたりは、冷凍コーナーへと回った。
商品棚、一つ挟んだ向こう側には蛇遣いがいる。
「すげえラインナップ……。」
気になったお菓子をあれこれ、手に取っていく。
「あっちも、色々ありそうだな。」
じゃが棒とカルパス、それに色々とお菓子を抱えた蛇遣いは飲料コーナーの前で立ち止まった。
「お、お〜〜〜〜〜?!」
ガラス張りのショーケースに張り付きそうなほどに近寄る。
中には、見たこともないパッケージの酒が並んでいた。
「──天国か?この一角……。」
自ら黒樽を営む蛇遣いは、大の酒好き。
完全に目がハートだ。
「今日は晩酌かな〜〜〜♪ ボスの分も選ばないとな〜〜♪ 梨人は……これかなっ♪ 」
まだ未成年の梨人には、マッコリに見た目が似たヨーグルト飲料を選んだ。
「──これで全部かい?」
ATMから円の出金に成功した猫好きAは、満タンのカゴをレジに出した。上着のポケットには分厚い札束が生で入っている。
「お願いします。」
(すっげえ綺麗なにいちゃんだな……。)
猫好きAの顔に気を取られながらも店員のおじさんはカゴの中を確認すると、手前にはいくつもの酒が入っていた。
(えっ、誰だよ!酒なんて入れたの!!)
知らぬ間に追加されていた酒類に、梨人は動揺していた。
(はぁ、僕がしっかり確認するんだった……。)
蛇遣いの方を見るも、彼は何もわかっていない様子。
店員のおじさんは、チラリとこちらを見た。
(大人だろうが……一応聞いておかないとな。)
「すみません、お客様。只今、年齢確認を強化していまして。身分証の提示にご協力ください。」
「──なんて?身分証?」
「………どうする?」
蛇遣いと猫好きAは顔を見合わせている。
「えっとですね、ナンバーカードか運転免許証など確認できるものをお持ちで……」
───トン。
蛇遣いが、店員のおじさんの額に指を突き立てた。
(なん…………だ………?)
掴んでいたバーコードリーダーを落としたおじさんは一瞬、白目を剥いた。
蛇遣いは、サッと目の前のレジから酒の缶を回収する。
「しょうがない。ボス、俺戻してくるから。会計よろしく。」
「はいよ。」
体勢を立て直した店員のおじさんは、何事もなかったかのように「いってーん、にてーん」とカゴの中の商品をスキャンしていく。
(またやったよ………記憶操作……。)
家族にかけられたものとはまた、違うものだろうか──。
いざ、他人がやられているところを見たら、圧倒されてしまった梨人。
怖いとかではなく──ただただ、異様。
それに、考えてから行動に移すまでが恐ろしく早かった。
猫好きAは隣で固まる梨人を気に掛けた。
「梨人?大丈夫かい?」
「え、う、うん。」
いきなり話しかけられて少し、きょどってしまった。
酒が買えなかったことを悔やみながら、後ろからトボトボと帰ってきた蛇遣いを見て、猫好きAは深いため息をついた。
「ありがとうございました〜。」
レジを済ませ、店を後にするふたり。
梨人は、店員のおじさんに話しかけた。
「あの、体調とか悪くないですか?」
「ん?なんだ?急に。俺、顔色悪いか……?」
「ああ、いえ。少し疲れてそうに見えて。」
梨人は、咄嗟に誤魔化した。
「本当か?言われてみれば確かに──疲れてはいるかも。心配してくれてありがとな。良い子だな、君。」
「いえ。じゃあ、お仕事頑張ってくださいね。」
「おう、君も気をつけて帰れよ。」
梨人が店から出ると、駐車場で袋を持ったふたりが待っていた。
「なんだ、あの店員さん知り合いだったのか?」
「ううん、知らない人だけど……。誰かさんのせいで心配になっちゃって。気分悪くないですかって一応、聞いたんだよ。」
「ほら。マスターが人間相手に好き放題すると、梨人に負担が回るんだよ。分かる?」
猫好きAは、光る目で蛇遣いを睨んでいる。
「いや、でも。あの場は、ああでもしないと怪しまれたと思うから。仕方なかったよ。」
梨人がフォローを入れたところで全員、夜道を歩き始めた。
「──いや、完全に俺が悪かったよ。年齢確認されるとは思ってなくてさ……。」
しょぼくれた蛇遣いが小石を蹴りながら、猫好きAに渡されたレジ袋を両手に揺らしている。
「今度から、父さんか母さんと一緒に買いに行こう。ね?」
梨人が蛇遣いを励ます。
(身分証、ねえ……。どうにかならないものか。)
梨人と蛇遣いの後ろを、猫好きAはコツコツと革靴を鳴らしながら歩いた。
酒をジュースと思いこませて会計しない辺り、蛇遣いは成長している様子。
なんでも思い通りにできる力を持っているからこその、我慢を覚えたところ。




