第三十九話
実と成子が呼吸を整えたところで、寧々子が呼ぶ声が聞こえた。
「初音ちゃん、さくらちゃん!」
振り向くと手を振る寧々子、そして桜ヶ守小学校6年1組の面々、その保護者、担任の萬田 千歳が既に社務所の前に集まっていた。
駆け寄った実は彼らに頭を下げ、集まってくれたことに感謝した。
その横で子供達は初音とさくらの周りに集まる。
ちなみに初音もさくらも既に子供たちとは親しくなっており、皆名前や呼び捨てで呼び合う仲になっていた。
「ごめんねみんな、急に呼び出しちゃって」
「わふっ」
「気にすんなって。大事な友達の話なんだから、聞くのは当然だろ?」
「花咲さん達の前だからっていいカッコしたがって、理一クンはまったく…」
謝罪する初音と茶太郎に、男子リーダー格の原木 理一が快活に笑って言う。
その隣にいるメガネ少年の二桐 寿司が理一を横からヒジでつつく。
なお、初音の前で良い格好をしようとしたのは、彼も同じだ。
気持ちを切り替えたのか、それとも理一に便乗してみただけなのか。
「そんなんじゃねーよ。真面目に聞くってばよ」
「ホントに真面目に聞く気あるんだろうの、お主?」
「何ならこやつだけ追っ払ってもかまいませんのよ、さくら様」
「そうじゃの」
「何だよその信用の無さは!?」
辛辣お嬢様の渚が言うと、半ば呆れていたさくらも冗談めかしてうなずいた。
その一方、物静かな藤谷 真登はといえば、茶太郎やコロ左衛門と握手を交わしていた。
「千歳先生は、花咲さん達の事情…知ってたんですか…?」
「ええ。少しだけね」
もふもふ2匹と握手しつつ、振り向いて千歳に問う真登。
千歳は苦笑しながらうなずくと、かがんで初音、そしてさくらと目を合わせた。
「…きちんと皆に話さないといけないことなのね?」
初音とさくらは揃ってうなずく。
「皆も巻き込んじゃうかもしれないって、それだけは知っててほしいですから…」
「…それって、こないだ話してた赤いカミナリとかのやつ?」
「うん。それ以外にも、色々と」
「そっか…」
横から寧々子が問う。初音の転校初日、放課後に話したことである。
初音はうなずくと、ある程度寧々子には伝えてあると、さくらに説明した。
「駄目だったかな…」
「いや。今日の事を考えれば、むしろ話しておいて良かった。
寧々子と先生どのが知っておるならと、童子どもにも受け入れやすくはなろう」
さくらは初音の判断を尊重した。
実際に神社の子ということで、寧々子は不思議な体験をしている…と、クラスメイトから聞いたことはあった。
そして担任教師の千歳もある程度状況を理解し、現時点でも受け入れる心づもりでいる。
この2人が間に立ってくれることは心強い。
そこで千歳が初音の肩を軽く叩いた。
「話すのが辛くなったとか、そういう時に無理しては駄目よ」
担任教師である以前に大人として、千歳は苦しむ子供を見てはいられない。
千歳の優しさに感謝する初音。だが、それはそれとして、初音の意思は揺るがない。
「ありがとうございます…でも大丈夫です」
「初音のことはわらわに任せろ。何があっても守るからの」
そんな意思の揺るがぬ初音の手を、隣に立つさくらが握った。
初音の子供らしく照れた笑顔と2人が交わす視線に、千歳は安堵する。
そして横からそんな光景を見ていた寧々子と渚は何かを感じ取ったのか、それとも単純に2人の仲の良さを察したのか。
顔を見合わせ、ついで理一の方をそろって向いた。
「理一、あきらめな」
「あなたじゃ勝ち目ありませんわよ」
「何がだよ!?」
「え、何?」
「わふ?」
「何を言うておるのじゃお主ら」
状況がさっぱりわからない初音と茶太郎とさくら。
何事かと尋ねても、まあまあ、と寧々子と渚が誤魔化すだけであった。ちなみにコロ左衛門は何となく察していたようだ。
そこで準備が整ったらしく、宮司である寧々子の祖父が全員を呼ぶ。
来客を招く寧々子の祖父の前をさくらが通りかかる。
と、宮司はさくらを呼び止めた。
一見すると非力な美少女に見えるさくらが放つ気配を、彼だけは察知したようだ。やはり神職なだけはある。
しかし、それがこのようにあどけなくも人知を超えた美しい少女とは、思いもしなかったのだろう。
さくらの姿に感じ入ったか、彼は深々とさくらに頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました、鬼煌院様…」
「うむ、鬼煌院 さくらじゃ。よろしゅうな、宮司どの。
こやつは妖怪『やわらか猛虎』、わが友コロ左衛門じゃ」
「ははっ…はぁ?」
「フニ~」
鬼であるさくらの存在は、まさしく宮司にとって、神仏が目の前に顕現したことに等しい状況であろう。
が、そんな彼が突然呆けた顔で頭を上げたのは、コロ左衛門の声が聞こえたからだ。
さくらがコロ左衛門を紹介すると、宮司はポカンとして曖昧に返事をした。
コロ左衛門はかれを優しくなだめると、握手を交わして互いを紹介し合った。
両者が互いを紹介し合ったことで、コロ左衛門に対する宮司の戸惑いは解消した。
「ではどうぞ、皆様お上がりください」
「お邪魔します…」
玄関から上がる来客たち。自宅も兼ねた社務所のため、ここには広い応接間がある。
ちゃぶ台を囲んで花咲家、6-1の面々とその保護者達、そして宮司と寧々子。
三者が向き合う形で並んだ。ちなみに初音の転校から間もない頃に保護者会が開かれており、全員が顔見知りである。
最初に口を開いたのは実。全員が彼を見守っている。
「おはようございます。今日は集まっていただきまして、本当にありがとうございます。
メッセージにも書きましたが、うちの娘のことで、皆さんにもお話しておきたいことがあります」
「事前のお話だと、妖怪というか怪物と言うか…
そんな、にわかには信じがたいお話でしたが」
最初にこういったのは、渚の隣にいる彼女の父親だった。
整った身なりで、いかにも紳士然としている中年男性だ。実より少し年上だろうか。
他の保護者も彼と同じことを考えていたらしく、それぞれにうなずいた。
実際、安芸氏の質問も尤もであった。
確かにこの町の住民は妖怪変化の存在を否定はしない。
だが、その度合いも人それぞれだ。どの程度の超常現象を信じられるか、限度というものがある。
安芸氏の言葉に他の保護者もうなずいた。
一方の実は特に驚きも落ち込みもしない。ある程度織り込み済みであったのだろう。
「そのことでしたら、彼女から話してもらいます」
「うむ。此度のことにおいて、仔細はわらわが知る限りを話そう」
「君がか?」
保護者達の訝し気な視線がさくらに集中する。
彼らは子供達の送迎の際、さくらと何度か顔を合わせている。
子供ながら大人びた雰囲気にいかめしい物言いで、不思議だが悪い子供ではないと認識してはいた。
が、その不思議な少女が実が言う怪異のことをよく知っているという。
何が何やらと分からぬ大人たち。彼らの隣で、同じく疑問の表情を浮かべる子供たち。
初音と一度視線を交わすと、さくらは彼らの疑問に答える。
「その前に。まず、わらわが何者かを白状せねばならぬ。
――わらわは鬼煌院 さくら。この地を護る鬼じゃ」
「…はぁ? 何言ってるの、お嬢さんが鬼?」
喧嘩腰に尋ねたのは理一の母だ。
レスリングの経験があり、なかなかの美人にしてたくましい体形で、保護者の間でも腕力自慢で通っている。
「ツノでも生えてるのかしら。だったら見せてくれるんでしょうね?」
「すまぬが見せられぬ。代わりと言っては何だが…コロ左衛門」
「フニ~」
角を生やす、つまり鬼力を発動するには鬼仁鋼を召喚する必要がある。
それは初音を無駄に鬼へと近づけてしまうこととなるため、さくらはコロ左衛門に目配せした。
コロ左衛門はふよふよと飛んで行き、さくらの下駄を持って帰ってきた。
寧々子に頼んで雑巾で下駄の歯を拭いてもらい、コロ左衛門はさくらに手渡した。
「これを持ってみるが良い。人間もてる重さではない」
「何かと思ったら鉄下駄じゃないの。あなた、こんなの履いて…
………こんなの…ふんぐっ…!!」
理一の母は鼻緒に指をかけて持ち上げようとしたが、下駄は微動だにしない。
鉄下駄であること自体が妙なことではある。しかしさくらが歩けることから、その重さは常識の範囲内だと誰もが思っていた。
が、顔を真っ赤にして持ち上げようとする理一の母の姿に、この場にいる全員がどよめいた。
初音らもこのことにはさすがに驚いている。
「さくらちゃん、これそんなに重いの!?」
「わふ!?」
「魔妖夷を追い払うための武具じゃからな。か弱い奴ならこの一撃で討てるぞ」
さくらの説明に、初音は改めて思い出した。
鬼仁鋼を持たぬ時のさくらは、これを履いた足で魔妖夷を蹴ったり、蹴りの容量で飛ばしたりする。
致命の一撃にこそならなかったが、それでも吹き飛ばしたり傷を負わせることはできた。
ただの履物ではない、立派な武具の一つなのだ。
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