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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
三章 代理勇者の家族
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56.再会、最悪の気分により

 役者は揃っていた。


 キッチンには硬い面持ちのマーリアが立っている。寝室として分けられている衝立の向こうからは、イゴルの青ざめた顔が覗いていた。


 そしてシンシアが恐怖に凍りついた状態でデビーの向かいに座っている。

 細い首にはナイフが突きつけられていた。モニカを殺したナイフだった。片腕をデビーに押さえられている。少しでも動く気配を見せたらざくりとやる、とでも脅されたのだろう。


 散々泣いてぼうっとしていた頭が、一気に冷えた。

 ノイムを抱いているヒルバールの服を掴んで、ぐっと体を反らす。デビーと自分の距離をたしかめた。


(私がここでデビーに飛びかかれば)


 シンシアを解放できるだろうか。ノイムのほうが素早く動ける自身がある。成功するだろう。ナイフを奪うところまでいけるかもしれない。そうなれば形勢逆転。あの顎と首の境目がわかりにくい急所に切っ先を突き入れてやれば、すべて丸く収まる――。


 ノイムを抱えるヒルバールの腕に力が込められた。


 ノイムの企みなどお見通し、というわけだ。

 背中にも手が回される。振りほどけない。ノイムは、ふんと鼻を鳴らして体の力を抜いた。


「ガキはガキらしく抱っこされてるんだな」


 耳障りな声を響かせて笑ったデビーは、ヒルバールを傍に呼び寄せた。シンシアを脅しつけているせいで身動きがとれないのだ。

 デビーの横に来ると、ノイムの目が、不安げなシンシアの視線とかち合った。


「……私があんたについていけば、シシーは解放されるんだね」

「話が早くて結構だが、そこまでサービスしてやることはできんな。この赤毛は連れていく」

「そんな!」


 悲鳴を上げたのはマーリアだ。しかしデビーがこれ見よがしにナイフに力を込めると、両手で口を覆って押し黙った。

 代わりにノイムが反論する。


「この家の人は関係ないでしょ」

「だが、こいつらを野放しにしちまったら、俺が街を出る隙がない。あっという間に通報されて、馬車を走らせたところでお縄につくのがオチだ。それじゃあ意味がないんだよ。てめぇに対するけん制の意味もある」


 シンシアを人質として連れていけば、マーリアもイゴルも手出しはできない。ついでに、ノイムがデビーのもとから逃げ出そうと策を弄することもできない。デビーにとってこれ以上ない都合のいい存在だった。ノイムとしては内心で歯噛みするばかりだ。


 トパの街に来てからシンシアとの間に築いた関係が、すべて裏目に出てしまった。


「とはいえ、それじゃあ孤児院までは手が回らねえな。おまえがいなくなったとなると捜しにくるだろう。結局すぐに追手がかかる」

「まだなにかしようってんの。ビビり」

「なんとでも言え」


 デビーはシンシアを引き立たせた。シンシアが座っていた椅子が、音を立ててひっくり返る。


「さあ、考えてみろ。どうすれば俺は安全に逃げられる」

「知るか――」


 自分で考えろ、と言いかけたノイムの眼前に、シンシアの首が突き出された。ナイフの切っ先がゆっくりと沈められる。シンシアが息を呑む。喉がかすかに動く。

 赤い筋が、つ、と彼女の肌を伝った。


 ノイムは歯を食いしばった。ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせたい気持ちを押さえつける。体のほうはもうほとんど暴れかけていたが、それはヒルバールのおかげで見事に封じられた。

 行き場を失った激情がノイムの身をぶるりと震わせる。


「――わ」


 こんなこと言いたくない。こんな奴のために、ノイムは。


「私が、この家の子になる」


 これは、もっとほかの場面で言うべきセリフのはずだったのに。

 そもそもまだ、ノイムを引き取ることについて、本人間では一言たりとも話し合っていない。まだ孤児院とシンシアたちの間で交わされているだけの話だった。ノイムは一応、知らないことになっている。

 それをこんな場で持ち出すなんて、屈辱以外のなにものでもない。


 こんなことになるなら、将来への懸念なんてすべてかなぐり捨てて、自分から「シシーたちと一緒に暮らしたい」と言っておくんだった。

 唇を噛みながらも、それでも舌は饒舌に動く。シンシアの首にはまだナイフが当てられている。止められなかった。


「このままシシーの家で暮らしたいって言えば、急ではあるけど、孤児院に帰らなくなっても不審には思われない……孤児院の人たちが、私を捜すようなことはなくなる」


 あとはマーリアやイゴルが黙っていれば完璧だ。ノイムとシンシアが奴隷商に攫われたことは露見しない。


「だ、だめだよノイム! あたし、そんな理由で家族になんてなってほしくない、したくない……! あんまりだよっ」


 母さんも父さんもなんとか言ってよ、とシンシアが声を張る。両親を振り返ろうとしたようだが、首筋にきらめく銀の凶器のせいで叶わなかった。

 代わりにノイムが、ふたりの顔色をしっかり見た。


 マーリアの口は震えていた。きつく握った拳の関節が白くなっている。彼女は、ノイムと目が合うと、そっとうつむいた。

 イゴルは相変わらず青ざめていた。今にも吐きそうである。ただ、彼は目を逸らさなかった。シンシアの問いに答える気はないようで、口を引き結んだまま、真っ直ぐにノイムを見据えてくる。


 こんなかたちで家族になるつもりじゃなかった。

 それはマーリアもイゴルも同じ思いだろう。しかしここでそれを口にすることは、「ノイムを助けて自分の娘を見捨てる」と宣言することと同義だ。逆もまた然り、娘さえ助かればノイムはどうでもいいという意味になってしまう。


 これでは口を開けるはずがない。ノイムにも痛いくらいにわかる。だから、マーリアにもイゴルにも、そんな非情な選択をさせるつもりはなかった。


「なにも死ぬわけじゃないもん。帰ってきたときにやり直せばいいんだよ」


 ノイムは笑った。泣き跡が残っていて格好がついていないかもしれない。それでもいい。マーリアとイゴルに、そしてシンシアに、ノイムは大丈夫だというのが伝われば、それでいいのだ。


 デビーに鼻で笑われたが、きっぱり無視した。誰がなんと言おうと、絶対にこの奴隷商からは逃げてやる。

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