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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
二章 代理勇者の交流
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26.悪知恵、成功する

 ラヴィアスはなにも言わない。

 ここぞとばかりに、ノイムは畳みかけた。


「カデルにはもう会えないの? わたし、さがしに行けないの?」


 ラヴィアスの顔が苦虫を嚙み潰したようになる。

 彼はちらりとヘラを見た。


「ノイム、その話は……」

「カデル……くん?」


 ラヴィアスが言葉を選ぶ間に、ヘラが反応した。彼女は抱きしめていたノイムを解放して、首を傾げる。


「ノイムちゃんのお友達かしら」

「そうだよ。いなくなっちゃったの」


 ラヴィアスのこめかみに青筋が浮いた。余計なことを言うなと、視線だけでノイムを威圧してくる。

 しかし、怯まない。


「カデル……」


 ノイムはこれ見よがしに肩を落としてみせた。

 嘘泣きはできないが、精一杯悲しく見せかけることならできる。眉間にシワを寄せ、口をへの字に曲げ、表情筋には力を込め、これから泣くぞと顔じゅうでアピールした。


 これが、ヘラには効果てきめんだった。ノイムに感化されて、彼女のほうが泣きそうな顔になる。ヘラは一生懸命にノイムを撫でながら、説明を求めるようにラヴィアスを見上げた。


「なにかあったんですか?」


 面と向かって問われては、答えないわけにはいかない。嫌そうな感情を滲ませながら、ラヴィアスが簡潔に説明した。


「……孤児院に押し入ったごろつきに、子供が何人か攫われたんです。カデルくんもそのうちのひとりでした。彼はノイムと仲がよかったようですから」


 ノイムは内心でガッツポーズをする。

 あとはもう、話の流れに身を委ねるだけでいい。ノイムは悲しそうな顔を維持したまま、頭上で交わされる会話に耳を傾けた。


「行方はまだ?」

「ええ……まあ。私ひとりでは、手を打つこともできなかったもので」

「孤児院の子たちを捨て置くわけにもまいりませんものね。ひとりやふたりじゃ手が足りないはずだわ」


 攫われた子供たちか、孤児院に残った子供たちか。

 どちらかを選ばなければならなかったラヴィアスの心中を――そんな心は端から存在していないのだが――勝手に慮ったのか、ヘラが悲痛な表情を浮かべた。


「わたしのほうでもお手伝いしましょう。冒険者ギルドへの申し出は任せてくださいな。人の出入りが激しいところですから、旅の途中で目撃した方もいるかもしれませんわ」


 口を挟む隙も与えず、ヘラはあれこれと対策を立て始めた。「領主様にもお話を通していただこうかしら」などと呟いている。そんな軽いノリでお願いごとをしていい相手なのだろうか。かなりの大ごとになる。

 ノイムの頬がちょっとだけ引きつった。


(ラヴィーさんに動いてもらえたら、それだけでよかったんだけど……)


 しかし、人手が多くて困ることはあるまい。これは思わぬ成果だ。


「子供たちの預け先を焦っていたのにも合点がいきました。ラヴィアスさんも、その人攫いを追うんですね?」


 ヘラの発言に、ノイムは現実に引き戻された。

 音がしそうなほど勢いをつけてラヴィアスを見上げる。


 彼は一瞬だけ恨めしげにノイムを睨んだ。下唇を噛んで、厚い睫毛を伏せる。


「……ええ、そのつもりです。見過ごすわけにはいきませんからね」


 実に白々しい。

 この間と言っていることが違う! と、平時なら声を大にして責め立てたところだが、今回ばかりはその白々しさがありがたかった。


 ノイムの勝利である。


 ラヴィアスの答えを聞いて、ノイムはとびきりの笑顔を弾けさせた。

 はっと気づいたときには遅い。


 絶対零度の視線がノイムに突き刺さっていた。口元には笑みが浮かんでいる。やわらかなたれ目も弧を描いている。

 ただ、その奥にはめこまれた赤い宝石だけが笑っていなかった。


「この子を預けてすぐに発つ予定でした。しばらく会えなくなります。少しだけ、ふたりきりで話をさせていただいてもいいですか」


 人を射殺さんばかりのラヴィアスの眼光は、ヘラの潤んだ瞳には映っていないようだ。彼女はしきりに頷いて、ノイムとラヴィアスを門のなかへと促した。


「ええ、ええ、もちろんです。立ち話もなんでしょうから、お部屋へどうぞ。ノイムちゃんがこれからどんな場所で暮らすのか、ラヴィアスさんにも、ご自身の目でたしかめていただきたいわ」

「お気遣いありがとうございます」


 ラヴィアスの声音は、とてもありがたいとは思っていない静けさをはらんでいた。


 トパ孤児院の前庭は広々としていた。

 手入れの行き届いた芝生の上で子供たちが駆けまわる。邪魔にならない位置に展開した花壇に春の花が咲き誇り、庭の片隅にそびえる大木には手作りらしいブランコが下がっていた。これが子供には大変な人気らしい。見ているだけでも四、五人が順番待ちをしている。


 彼らを見守るように佇む大きな建物が、トパ孤児院の本館だった。真っ白い外壁が、春の陽光を反射して眩く輝いている。


「子供たちのお部屋が、今は空いていると思いますから」


 ヘラに案内されたのは二階だった。四人ひと部屋の割り当てらしく、各部屋には可愛らしいベッドと机がそれぞれ四つずつ設置されている。ノイムもこれから、誰かとともに寝起きをするのだろうか。


「お帰りの際にはまた声をかけてくださいませね」


 ラヴィアスに言い置いて、ヘラは出ていった。足音が廊下を遠のいていく。

 完全にふたりきりになると、部屋の空気はぐっと重くなった。


 ノイムは気を紛らわすように、ベッドのやわらかさに驚き、壁にかかった風景画に見惚れ、時計の役目を果たす魔晶石を眺め、勉強机にはしゃぐ。


 気休めにもならなかった。

 背中にラヴィアスの視線がびしばしと突き刺さっていた。


「ノイム」


 低い声に呼ばれ、ノイムは跳び上がる。


「やってくれましたね」


 振り向く勇気は出なかった。


 ラヴィアスは助けたノイムを家に送り届けようとしてくれた。殺した院長の代わりに、子供たちの行く末を気遣ってくれた。手を出したら、出したぶんだけ責任を取る。

 逆に、直接関わりのない事件や、手をつけていないことには関与しない。そういう基準で動いているように見えた。


 たとえばカデルがラヴィアスの目の前で攫われていたら。

 あの場にラヴィアスがいれば、彼は無条件でカデルの捜索に動いてくれていた。きっと、そういうことなのだ。


「嫌なら、断ってくれてもよかったのに」

「させなかったのはあなたでしょう」


 ラヴィアスは自分に責任が発生すれば行動する。

 類して、責任があるように見せかけることで、彼を動かすことができるのではないかと思ったのだ。ラヴィアスが断れば、ヘラは彼のことを「子供が攫われたと知りながら、なんの手も打たずに見捨てるつもり」だと思うだろう。ラヴィアスは、それを避けるのではないかと。


 とはいえ、成功するかは五分五分だった。

 ノイムは意を決して振り返る。


「ラヴィーさんでも、他人の……人間からの評価を気にするの?」


 ラヴィアスはまぶたを落とし、口をへの字に曲げていた。顔にかかった髪を、鬱陶しそうにかき上げる。

 尖った耳がちらりと覗いた。

 長命種の証だ。それだけではエルフなのか精霊なのか、場合によってはドワーフなのかも判ずるには至らない。


 しかし、ノイムは知っている。


 彼は魔族である。一国を滅ぼして自分のものとした、魔王である。

 人間憎しと国を潰したラヴィアスが、ヘラに『非情な人間』だと思われることを嫌がるだろうか。たったひとりの人間にどう思われようが、構わないのではないか。


「気にしますよ」


 ラヴィアスの答えは、実にあっさりしたものだった。


「面と向かって『見捨てるのか、薄情者』と責め立てられるのは、さすがに堪えます」


 当たり前のように言われて、ノイムは叫びたくなった。ますますラヴィアスのことがわからない。喉まで出かかった奇声を呑みこんで、慎重に問いを投げかける。


「……そういうもの?」

「そういうものです。私にだって心はあるんですよ」


 ラヴィアスにも心はある。


 これはノイムの胸のやわらかいところを痛烈にえぐった。

 改めて、叫びたい衝動に駆られる。


 脳裏に次々とひらめくのは、魔王城の最上階。前世のノイムがラヴィアスを相手に繰り広げた死闘。躊躇いもなく振るわれる刃と、あっという間に狩られた命。心があるというのなら、あの瞬間にこそ、その心を痛めてほしかった。刃先を迷わせて、躊躇してほしかった。


 ああ、でも、彼が最後に見せた表情は――。


 そこまで考えて、ノイムはかぶりを振った。どれもこれもすべて、前世での話だ。

 ノイムはラヴィアスの正体を知っている。しかし今のラヴィアスは、ノイムが()()()()()()()()()()()()

 彼の発言には、なにも含むところはないのだ。


 考えすぎて深みにはまるのはよくない。

 ノイムは気を取り直した。


「じゃあ、この間……カデルが攫われたとき、私が『薄情者』ってラヴィーさんのことを罵ってたら」

「致し方なしと、カデルくんのあとを追ったかもしれません」

「絶対じゃないの?」

「あるいは、面倒な子供だとその場であなたを殺したかもしれない。あのときの私は、かなり苛立っていたので」


 ノイムは黙った。

 あの場で思い切ったことをしなくてよかった、と心の底から思う。手助けか死かなんて、同じ天秤に乗せるほうが間違っている。そんな賭けには乗りたくない。


「……幼い子供の前で、そういうこと言う?」

「あんな悪知恵をはたらく幼子は、幼子と呼べません」

「正真正銘の五歳児なのに」

「だから、本当に五歳児なら自分からそういうことは言わないんですよ」


 ラヴィアスが深いため息をこぼした。はっきりとノイムに呆れたようだった。


「怒ってる?」

「多少は」

「……ごめんなさい」


 ラヴィアスからの許しはなかった。

 おかげで、ノイムは謝罪が受け入れられたのかそうでないのか、真剣に悩む羽目になった。彼の機嫌を損ねるのは、できれば遠慮したいところだ。彼も自分で言っていたが、ふとした瞬間に殺されてはたまらない。


 そもそもが敵対する種族の王である。


「こうなった以上、あなたの望みどおりに働いてやるしかありません。カデルくんの行方、探ってみましょう」


 それでも彼は、一度言ったことを取り消すつもりはないらしい。


「ただし、期待はしないこと。成果が出るとは限りませんからね」

「うん。ラヴィーさん、ありがとう」


 ラヴィアスは矛盾だらけで、なにを考えているのかわからない。前世で抱いた印象も評価も、ほとんど当てにならない。かつてのように全幅の信頼を寄せたい気持ちと、まったく信用できない気持ちがノイムのなかでせめぎ合っている。


 ただ、ひとつだけたしかなのは。


 ラヴィアスとの間に生じた新たな縁に。


 否定しきれない喜びを。


 ――ノイムが、抱いてしまっていることだった。

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