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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
一章 代理勇者の出奔
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14.開かずの間、暴かれる

 ごくりと唾を飲んだのは、ノイムかカデルか。


「今の話、本当なのか?」


 少なくとも、口を開いたのはカデルが先だった。


「今の話って?」

「レオとタランを二階に閉じこめてるって」


 院長が答えるまでに間があった。

 瞬間、ノイムは気を持ち直す。ここでカデルを矢面に立たせるわけにはいかない。意を決して、彼を庇うように立ち上がった。


「二階の突き当たりの部屋、あそこに死ぬまで放置するんでしょ」


 こうなったらもうやけくそだ。精いっぱいの虚勢を張って、下から院長を睨んだ。柔和な笑みを貼りつけたその顔がこわばる。なにか言われる前に、ノイムはさらに畳みかけた。


「それだけじゃない。私たちを売る気……違う。もうとっくに、何人も子供を売ってる。今まで引き取られていった子のなかで、まともに里親と巡り合ったのなんてひとりもいない。みんな、奴隷にされてる。そうでしょ?」

「……ずいぶん詳しいんだね」

「だって院長、私が赤ちゃんのとき、目の前で散々話してたじゃん」

「そうか、あれを覚えているのか。参ったな。君は思っていたより頭がいいらしいね」

「そりゃどうも」


 服の背中がつんと張った。

 カデルが掴んだようだ。彼の手の震えが、背中を通してノイムに伝播する。


 このあとはどうしよう。どうすれば助かるのだろう。レオとタランと同じように、ノイムもカデルもふたりまとめて二階の開かずの間に入れられるだろうか。あの部屋に窓があれば、どうにかして抜けだすことも可能かもしれないが、なければ――。


「おい、退け」


 不機嫌をまき散らしたデビーが、院長を押しのけた。でんと突きでた太鼓腹のせいか、目の前に立たれると大変な迫力がある。上背がないのに、院長よりもうすら寒いものを感じた。


 いや、彼に威圧感があったわけじゃない。

 ノイムの防衛本能だ。


 気づいたときには、腹にデビーの靴裏がめり込んでいた。カデルともども吹っ飛ばされて、廊下の壁に衝突する。派手な音とともに建物が大きく揺れ、天井からホコリが降ってきた。


 ノイムはこみ上げてくる胃の中身を必死で押し戻した。背中には柔らかい感触がある。

 耳元で唸り声が聞こえた。カデルがノイムの体にしっかり両手を回して、衝撃から守るように抱えている。こんなときにお兄ちゃんを発揮しなくてもいいのに。直に背中を打ったぶん、彼のほうがだいぶ痛いはずだ。もちろん直に蹴られたノイムの腹の痛みも相当なものだが。


 しかし、この役回りで逆によかったかもしれない。ノイムが下敷きになっていたら間違いなく、カデルを支えきれずに骨が折れていた。


「アリサ、子供たちが起きだしてくる。部屋に留めておいてくれ」

「わかりました」


 孤児院の子供に思いきり暴力を振るわれたにも関わらず、院長はまったくこちらを見ていなかった。アリサだけはノイムたちを一瞥していったが、それだって本当に見るだけである。折り重なって倒れる幼子には一言もかけないまま、足早に階上へ向かっていった。


 子供たちが一斉に目を覚ました気配がする。

 ちらりと上に意識を向けた瞬間、ノイムは髪の毛を掴まれた。


 ぶくぶくした気持ちの悪い手だ。デビーである。彼はぜい肉をたたえた指にノイムの髪を絡ませて、市場の魚のように持ち上げた。

 ぶちぶちと髪が抜け、頭皮が悲鳴を上げる。抵抗してデビーの腕を掴んだが、ほとんど意味をなさなかった。ただぶよぶよした感触を手のひらで受けただけだ。


「利口ならこれからどう振る舞えばいいかわかんだろ、ガキ」

「放せよ、デブ」


 ぱぁん、と高い音が響いた。頭が吹っ飛ぶかと思った。頬が熱い。


「へーえ、ガキに煽られてカッとなっちゃうんだ」

「口の減らねえガキだな」


 また頬を叩かれた。次いで床に放り投げられる。衝撃で、蹴られた腹が鈍く痛んだ。


「った……」


 カデルがいない。

 はっと顔を上げれば、口を塞がれた状態で院長に捕まっていた。なにがあったのか、だいたい予想ができる。「やめろ」と叫んでノイムを助けにかかろうとしたのだ。


 腕のなかで暴れるカデルをものともせず、院長はゆるゆるとかぶりを振る。


「君たちは、この間も二階のあの部屋を気にしていたね。特別に見せてあげよう。ついておいで」


 ノイムに拒否権は与えられていなかった。ついていくしかない。院長に捕らわれたままのカデルを苦々しく見つめ、ノイムはのろのろと立ち上がる。体中が痛い。

 たたらを踏むと、デビーにつま先でつつかれた。


「急かされなくてもちゃんと歩くし。せっかちだね」

「まだ殴られ足りねえのか」


 鼻で笑ってやった。本当に殴られる前に、体に鞭を打って院長を追い抜き、階段を上がる。

 ちょうどアリサが戻ってくるところだった。子供たちはすでに寝静まったようだ。おおかた、トイレに起きたノイムが派手に転んだとかなんとか、適当に言いくるめたのだろう。


「奥の部屋を開けるよ」

「今ですか? 子供たちがまた起きちゃったら……」

「慎重にやればいい」

「……釘抜きを持ってきます」

「明かりもよろしく頼むよ」


 頷いたアリサは一階の物置きに向かっていった。今度はノイムにもカデルにも、目もくれなかった。


「さて、お披露目といこうかね」

「クソジジイ」


 デビーと違って、院長にこの手の悪態は通用しないらしい。にっこりと心からの笑顔で返されてしまった。


 ▽ ▽ ▼


 開かずの間が開かれた。

 つんと鼻を刺すような臭い。むっとこもった空気。息が詰まるようなひどい場所だった。たった数日でこんなになるものなのだろうか。


(いや……当たり前か)


 なにしろ、彼らはここから一歩も出ていない。出られないともいう。

 空っぽの部屋の隅に転がっていたのは、たしかにレオとタランだった。手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされ、力なく横たわっている。

 廊下から差した明かりに反応して、タランが顔を上げた。カンテラに照らされて、原形をとどめないほどに腫れた顔面と、吐しゃ物にまみれた口元があらわになる。


 ノイムはうっかり顔をしかめないように、必死で平静を保った。


「うー!」

「静かにしなさい」


 院長にぴしゃりと言われると、タランは顔じゅうに恐怖を貼りつけて押し黙る。


 まだ体力が残っているらしいタランとは反対に、レオはぴくりとも動かない。ノイムは思い切って部屋に踏み入った。咎められはしなかった。


「レオは? 生きてるの?」


 そっと囁けば、タランは震えながら頷いた。ノイムは手を伸ばして、すっかり荒れた彼の髪をかき混ぜる。いっそう声を落として、ほとんど耳元で呟いた。


「私、頑張る。ふたりを助けるから」


 タランの震えが、ぴたりと止まった。


(絶対とは、言えないけど……)


 やれることはやってみよう。見捨てることはできない。したくない。

 元はといえば、ノイムの軽率な言動が原因である。ノイムが外出だなんだと騒がなければ、レオとタランが脱走することも、こうして連れ戻されて閉じこめられることもなかった。


 ノイムはつぶさに部屋を観察した。窓はある。塞がれていない。二階という高ささえどうにかできれば、抜け出すことも、外から侵入することもできるだろう。ただ、鍵がかかっている。まさか今ここで開けるわけにはいかないので、外からどうにかする必要があった。

  あとはふたりの縄を切る方法である。ただ部屋のなかで自由にするだけでは駄目だった。時間が経てば、院長とアリサが死体を処分するために部屋を開ける。レオとタランにはなるべく早く健康体になって、孤児院から出てもらわなくてはならない。


(そのためには、ごはんをなんとかしないと)

 

 レオもタランも、水すら飲めていないはずだ。立ち上がるのも辛いだろう。

 考えることが多い。計画を練る時間が必要だった。


(やるならやっぱり、夜しかないだろうな……)


 最後に、糸が切れた人形のように倒れているレオがきちんと息をしていることを確認する。タランのすがるような目を振り切って部屋を出た。


 示し合わせたように、ドアが閉じられる。ノイムは振り向けなかった。

 院長に抱えられたままぶら下がっているカデルの瞳が、こぼれんばかりに見開かれているのを視界の隅で捉える。そちらにも、気を遣ってやる余裕はなかった。


「……で、私たちはどうなるの?」


 ノイムの声はか細かった。

 目頭が熱くなる。滲んだ視界を誤魔化すように、強く目を瞑った。

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