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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
一章 代理勇者の出奔
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15.計画、練る

 結論から言うと、ノイムとカデルの立場はなにも変わらなかった。


「とびきりの引き取り手を探してやるから楽しみにしていろ」とはデビーに言われたが、それだけである。どれほど口が回ろうともしょせんは子供、知でも武でもおとなには劣るのだ。

 昨日のノイムがデビーに殴られるがままだったところからもわかる。下手に拳や足を防ごうとしたら、間違いなくそれが原因で骨を折っていた。


 軽く見られているなら好都合だ。

 なにしろとにかく時間がない。堂々と悪だくみをさせてもらう。


「カデル、ここのぼれる?」

「いける、と思う」


 翌日になって、ノイムとカデルは庭に出ていた。教会の横にくっつけられた増設棟を回り、二階の開かずの間の窓を見上げている。

 表ではアリサが、追いかけっこをして遊ぶ子供たちに付き合っていた。ときどき思いだしたようにノイムたちの様子を見に横手までやってくるので、ノイムはこれ見よがしに怯えた顔をしてみせた。カデルはすぐに般若の顔をしてしまうので、目を見て怯えるのではなく、顔を逸らすように言ってある。


(ぜんぶ一気に知っちゃったときはどうなるかと思ったけど……)


 カデルは強かった。


 子供たちを迎え入れるのは里親ではなく、金を払って彼らを手に入れた畜生ども。院長やアリサは親代わりなどではなく、子供という商品を用意する外道。孤児院の外には地獄が待っていて、うっかり脱走しようものなら監禁、そして餓死。逆らえば暴力も辞さない。


 これだけの光景を、昨晩でひと息に見せつけられたのだ。世界がひっくり返ったような心地がしただろう。あれから寝るまで、彼が「お腹は大丈夫か」以外の言葉を発することはなかったし、眠っている間もずっとうなされていた。


 それでも、起きたときには落ち着いた目をしていた。

 そしてただ、ノイムに問いかけたのだ。


『おまえは、ぜんぶ知ってたのか』

『うん、知ってた』

『院長とアリサは俺たちの味方じゃないんだな』

『……うん』

『デビーは、俺たちを売る悪い人間なんだな』


 淡々と確認を取ったカデルは、俯いた。しばらくは透明な雫がぽたぽたと垂れていたが、顔を上げたときにはやっぱり平然として、しかし緑の瞳にだけは、狂おしいほどの熱をたぎらせていた。


『おれ、レオとタランのこと、助けたい』

『わたしも。いっしょに方法をかんがえよう』


 そういうわけで、こうして外に出ていろいろと案を練っているのである。


 何度目かにアリサが前庭へ戻っていくのを見届けると、カデルは靴を脱いで、壁面に出ている梁に手をかけた。


「窓からレオとタランを連れだすのか?」

「まあね」


 教会の横に増設された居住スペースは木造なので、外から見ると木の柱や梁が壁を縦横無尽に走っているのが見てとれる。子供の小さい体であれば、これらを取っかかりにして上ることもできよう。現に、カデルは柱と梁、窓枠をうまく伝ってあっという間に二階まで登りきってしまった。


 戻ってくるカデルの手足の動きを観察しながら、ノイムはううんと唸った。


(……ものを持つのはやっぱり無理だよね)


 両手両足は壁を登るのに塞がってしまう。部屋に入るためには窓をこじ開ける必要があるし、そのあとだって水や食料を運ばなければいけない。これでは不可能だ。


(紐で括って……パンくらいならできるけど、飲みものはさすがに厳しいな。だいいち、窓を開ける手段がないのには変わらないし……)


 二本の手では成し得ない。

 ノイムは着地したカデルの背中をじっと観察した。細い体はお世辞にも健康的とは言えないが、食事はきちんととっていて、家事や遊びで運動もしている。これくらいの年だと一歳や二歳の差は大きいので、彼は当たり前にノイムよりも成熟した体をしていた。


 ノイムはカデルのように靴を脱ぎ、彼の首に腕を回して体重をかけた。


「カデル、おんぶ」

「は?」


 ノイムの唐突なおねだりに、カデルが「何を言っているんだこいつは」という顔をした。それでもちゃんと背負ってくれるのが彼のいいところだ。

 ノイムは手足でしっかりカデルに絡みついた。体格の差か、それなりの安定感がある。


「重い?」

「べつに、これくらい」

「じゃあ、このまま壁登ってみて」


 カデルが絶句したのが、手に取るようにわかった。


「……おまえも自分の手で登れるんじゃないのか」

「それじゃあだめなの。両手が使えないと、まどを開けられないでしょ」

「たしかに、そうだけど……」


 カデルは背中に張りついたノイムと、目の前にそびえ立つ外壁とを交互に見て、深いため息をついた。覚悟を決めたらしい。


「ちゃんと掴まっておけよ。落ちるかもしれない」

「大丈夫だよ。だって、ぜったいに落とさないようにがんばるでしょ、お兄ちゃん」

「振り落としてやる」

「ひどい」


 ちょっと傲慢に振る舞いすぎたかもしれない。まさか、お兄ちゃんポジションで悦に浸るお年頃は過ぎてしまったのだろうか。早すぎないか。と思ったが、ノイムやレオやタランに手を焼かされていれば、うんざりするのも当然だと納得してしまった。


「ごめんって。でも、これが一番かくじつなの。でないと、今度はいろんな道具がひつようになってくるし」


 そうなると、難易度はぐっと跳ね上がる。一両日中にどうにかすることもできないだろう。

 へそを曲げたカデルをなだめすかして、やっと実行に移してもらった。


 さすがにひとりで登ったときよりも時間がかかった。梁のへりにかける細い指が、力をこめすぎて白くなっている。不安は残るが、とにかく、ノイムを背負ったままでも、カデルはきちんと二階の窓にたどり着いた。


「そのままちょっと待ってて。下りなきゃあぶないって思ったら、言ってね」

「わかった」


 耐久力も知りたいところだ。カデルはすでにずいぶん苦しそうだったが、すぐに音を上げたりはしなかった。


 ノイムはしっかりカデルにしがみついたまま、慎重に片手を離して窓に触れた。当たり前だが、鍵がかかっている。「おい、落ちるぞ」とうめくカデルを無視して顔を寄せれば、しっかり留まった掛け金が見えた。

 普通には開けられない。が、つけ入る隙はあった。あまりお金をかけていないからか、細かいところに粗が見える。濁りガラスと窓枠の間には、細いものを差しこめそうな隙間があった。


(外れるかな……)


 とはいえ、さすがに指は入らなかった。押してもびくともしないので、これは割るしかなさそうだ。

 割るといっても、普通に叩き割ってしまってはおしまいである。破壊音とともに院長やアリサがすっ飛んでくるだろう。できる限り静かにやらなければならない。


(懐かしいなあ)


 深夜に貴族の邸宅へ忍びこみ、窓からこっそり侵入。囚われていた人を助け出す……なんてのも、代理勇者時代に一度だけやったことがある。

 あるのだが、あのときは仲間の魔導士に魔法で鍵を開けてもらった。こんなアナログな手法ではない。


(魔法……魔法ねえ)


「カデル、まほう使える?」

「見たこともない」


 だよねぇ、と頷いて、ノイムはすぐに引き下がった。

 カデルが魔法と縁遠いのは、前世からわかっていたことだ。彼は魔力を持たない。より正確に言えば、魔法を発動できるほどの魔力を持たない。並々と水をたたえたコップであれば傾ければ水を垂らすことができるが、もともと一滴しかない状態なら逆さまにしても厳しいのだ。つまりそういうことである。


「もう下りて大丈夫だよ、ありがと」


 ノイムがふたたび両手をカデルの首に巻きつける。カデルは登ったときよりもいくらか慎重に、壁を伝い下りた。結局、最後までカデルがギブアップを告げることはなかったというわけだ。

 それでもさすがに疲れたようで、彼は地面にぺたんと座りこんでしまった。ノイムはその隣に屈んで、額に浮いた汗を袖で拭ってやる。


「何回も往復できる?」

「たぶん……上で待つ時間が長いとできないかもしれないけど」

「じゅうぶんだよ。さすがだね」

「……まあな」


 ふん、と鼻を鳴らしたカデルは照れくさそうだった。余裕はありそうだ。


「じゃあ、今夜ね」

「ン?」


 にっこり笑ったノイムが告げると、カデルの表情が固まった。

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