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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
一章 代理勇者の出奔
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13.決行、盗み聞き

「……おい、起きろ」


 それから数日、今度はノイムが夜中に起こされた。


「また聞こえる」


 ぼやけた視界にカデルの顔が映った。夢か現か、と目をすがめる。


「お化けはまだ退治されてない」


 ノイムはまだぼうっと見つめていた。しびれを切らしたカデルが、ノイムの頭の下から枕を引き抜く。ごん、と薄い敷き布団越しに頭をぶつける。さらには布団をめくられて、ノイムはようやく目を覚ました。


「なあに?」

「だから、音。また聞こえるんだ」


 カデルは問答無用でノイムを立たせて、部屋の外に引っ張り出した。


 頬を撫でた冷気に身を震わせる。この間よりもまた一段寒くなった気がした。

 カデルがやる気になっているのは、はっきり言って意外だった。院長に報告したことだし、もう終わったことだと考えているとばかり思っていた。だからこそノイムも、あれ以来彼の前で一切の話を出さなかったのである。


 いや、違う。

 怖かったのだ。話をするのが。


「……しずかだよ」

「しっ」


 ぺちん、とノイムの口が塞がれた。黙って耳を傾ける。


「泣いてる……?」


 たしかに聞こえた。すすり泣く声だ。本当にかすかだった。カデルはこれを聞き分けたのか。


「院長のところに行こう」


 今度こそ怖いものはなくなるからな、と手を引かれて、ノイムは突然ひらめいた。


「……わたし、もうおばけこわくないよ」

「でも、震えてるだろ」

「さむいの」

「それに、ずっと変だ」


 カデルは階段の半ばで立ち止まる。真っすぐに見据えられて、ノイムはどきりとした。


「へんじゃ、ないよ」

「変だよ。ずっと怖がってる」


 どうやらこの兄貴分は、観察眼に優れているらしい。


 たしかに、普段どおりの態度で過ごすことはできなかった。

 レオとタランの姿がない。それを実感するたびに、ノイムの胸にはひやりとしたものが走る。そして板が打ちつけられた、二階の突き当たりの部屋が頭をよぎるのだ。その奥に縛られ、猿ぐつわを噛まされ、食事も与えられずにただ転がされているふたりの子供の姿まで勝手に想像してしまう。


 顔には出さないようにしていた。院長やアリサが訝しんだらおしまいだからである。それでも、ともに過ごす時間が圧倒的に多いカデルには、お見通しだったようだ。


 ノイムは目が泳ぐのをこらえて、カデルの鮮やかな瞳を見返した。


 このあたりで仕掛けるべきなのだろうか。

 たしか、今日はデビーが孤児院に来ていた。そのまま一晩泊まっていくという話だった。レオとタランの件があってから、デビーが来るのは初めてだ。もしかしたら、彼らの処遇について相談しているかもしれない。


「……怖いよ、ずっと。でも、カデルが考えてる怖いと、私が考えてる怖いは、意味が違う」


 想像していたよりもずっと低い声が出た。


「どういうことだ?」


 前触れもなくテンションを落としたノイムにカデルは驚いたらしい。それには構わずに、今度はノイムが彼の手を引いた。


「行こっか」

「どうしたんだよ、急に」

「どうもしない。静かにしてて。足音も立てないで」


 カデルからすれば、手のかかる妹分が豹変したように感じられただろう。彼の戸惑いは、つないだ手から十分すぎるほどに伝わってきた。それでもノイムの言うことを聞いて、ことさら静かに移動しようとしてくれるのは、きっとこれまで培ってきた絆の賜物だ。


 一階に下りると、院長の部屋から明かりが漏れているのが見てとれた。建てつけの悪い扉のあちこちには隙間がある。中を覗けるほどではないが、盗み聞きするには十分だった。

 ノイムは振り返ると、人差し指を口に当て、改めて静かにするように示した。カデルは迷っていたようだが、最終的には頷いた。


「――だから」


 院長室の扉に忍び寄ると、なかの会話がこぼれてきた。ぴたりと耳をつければ、もう完璧だ。多少こもってはいるものの、内容は苦労せずに聞き取れた。

 ノイムの隣で、カデルも同じように壁に耳をつけた。


「ひとまず、二階の部屋に閉じ込めてある。あまり長くは保たないが、買い手はつくかね?」

「ちいと幼すぎる。そんでもって、やかましすぎる。無理だろうよ」


 院長に答えたのはデビーだ。お茶でもしながら話しているのだろうか、合間に陶器が擦れ合う音が聞こえた。


「前から思ってたんだが、あんたたちのやり方はぬるい。躾も受けつけないあのガキふたりじゃ、成長したって買い手はつかんぞ。もっと早く処分するべきだったんだ」


 すぐ傍で息を呑む音がした。もちろんカデルだ。


「しかし、捨ててもすぐに戻ってくるだろうに」

「違う。文字どおりの処分だ」

「それは……殺すということで合ってるかい、デビーさん」

「当たり前だろう。ほかではそうしてる。売りものにならんものを育てても仕方ないからな」

「ふむ……」


 ほんの少しだけ、部屋に沈黙が下りる。


「子供を売るのと、子供を殺すのではわけが違いませんか」


 その隙間に口を挟んだのは、普段よりもやや控えめな女の声だ。言うまでもなく、アリサだった。


「違う。ずいぶん違う。殺すほうはびた一銅貨たりとも入ってこないわ、死体のあと処理はしなきゃいけないわ……赤字もいいところだ」

「ここにはほかにもたくさんの子供がいますし、子供というのは存外勘がいいものです。子供を専門に扱っているデビーさんなら百も承知のことでしょうが……」

「まあな。正面切って殺ってしまっては、勘づくガキが出てくるだろう。が、今回ばかりはもうすべての行程が終わってるはずだ」


 ふたたび静かになった部屋に、デビーのものらしき舌打ちが響いた。


「部屋に閉じこめてるなら、もうこれ以上手を下す必要はねぇ」


 そのまま放置してしまえばいい。数か月も経てば、立派なガキミイラの出来上がりだ。


「それは……」

「これなら、わざわざ殺す必要はない。なにもしなくていいんだからな」


 三度目の沈黙。院長とアリサは、互いに顔を見合わせでもしているのだろうか。

 結論は、ほんの数秒で出た。


「決まりだ。あの子たちにはもう一度言い聞かせておかないといけないね。この間叱ったら、今度は泣き声がうるさい。これでは、それこそ子供たちが気づいてしまう」


 会議が終わりに差しかかっている。これだけ聞けば十分だろう。ノイムは扉から耳を離した。見つからないうちに寝室へ戻らなくてはいけない。


(カデル……)


 ここまでにしよう、と促すつもりで、ノイムは隣に手を伸ばす。

 指先は空をかいた。


 見れば、彼はとっくに立ち上がっていた。どころか、ノイムのすぐうしろに立っている。


 彼は拳をつくって、手を持ち上げていた。

 嫌な予感がした。


「カデ――」


 遅い。止められなかった。


 こん、こん、こん。


 静寂に包まれた廊下に、カデルのノックは驚くほど大きく響いた。

 部屋のなかの気配が、にわかに慌ただしくなる。ノイムは呆然としてカデルを見上げたまま、扉の前から退くことすらできなかった。


 内開きの扉が開かれる、無情な音がした。


「君たち……」


 降ってきたのは院長の声だ。ノイムは廊下に膝をついて屈んだまま、顔を上げることができなかった。


「どうしたんだい、こんな時間に」


 院長はもうわかっている。ノイムたちがなにを聞いてしまったのか。だからノイムとカデルのふたりにかけられた質問は白々しく、紡いだ声はどこまでも冷ややかだった。

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