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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
一章 代理勇者の出奔
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12.お化け、音を立てる

 夜中に目が覚めた。


 もっと正しく言えば、最初から起きていた。ただ布団のなかで丸まっていただけだ。日の出と同時に叩き起こされたはずなのに、日がな一日、眠気はどこかへいったままだった。今も不在だ。

 それでもノイムは、一応は目を瞑って寝る努力をした。起きていると余計なことを考えてしまうからだ。実際、何度追いだしても、脳裏にはレオとタランの顔が浮かびあがってきていた。


 それが先ほど耳に届いた物音で、さっと霧散したのである。

 床を這いずるような音と、微かなうめき声だった。


 ノイムは訝しんで、布団から顔を出した。この部屋ではない。皆揃って、すやすやと寝息を立てている。穏やかな寝顔だ。では隣かと思ったが、それも違う。壁一枚を隔てた聞こえかたなら、もっと近いはずだ。

 ノイムはそっと起きだした。隣で眠る子供を起こさないように、慎重に跨ぐ。


 体と体の隙間に足を差しこみながら、ノイムはカデルに目を留めた。


(……一応、ね)


 ノイムのなかの決まりのようなものだ。夜中に起きるとき――トイレに行くとき――は、必ずカデルを連れていく。今日は違うが、ノイムが見るもの聞くことは、きっと彼に共有しておいたほうがいいだろう。


 そっと傍らに屈んで、肩を叩いた。

 わずかに身じろぎをしたあと、カデルはすぐに目を開けた。彼はいつも寝起きがいい。


「トイレか?」


 そしてノイムに起こされるのに慣れすぎている。


「ううん、なんか、へんな音がきこえたの」

「音?」


 カデルは耳を澄ませたようだった。しばらく沈黙が続く。


「……ほんとだ」


 やはり、ノイムの気のせいではないようだ。這いずる音も、うめき声も、きちんと本物である。

 ふたりは部屋を出た。ドアの蝶番が派手にきしんだので一瞬焦ったが、幸い、誰も起こさなかったようである。


 廊下に出ると、不審な物音はいっそう大きくなった。

 そして、聞こえてくる方向もはっきりした。


「あそこ」


 二階の廊下の突き当たり。

 扉に板が打ちつけられた、開かずの間である。


「お化け……?」


 カデルがそっと吐き出した息は、冷えた空気に溶けていった。

 そういえば、もう冬が近い。年がら年中室内に引きこもっているノイムに実感は薄かったが、たしかにここ最近、気温が下がってきていた。


 一度意識してしまうと、踏みしめる廊下の床板もいつも以上に冷たい気がする。ぺたり、ぺたりと足音を鳴らし、慎重に廊下を歩いた。


 ふたりは釘打たれたドアの前に立った。

 自然、互いの手を握っていた。


「だれかいるの?」


 囁きかけると、どたん、となにかが倒れた。うめき声は激しさを増す。やはり、この部屋には誰かがいる。


「だあれ?」

「んー、うー!」


 今度ははっきり聞こえた。ノイムもカデルも、びくりと肩を揺らす。カデルがノイムの手を引いて、彼女を背中に庇った。

 ずるり、ずるり。どたん。


「んーんー!」


 人の声だ。生身の人間だ。お化けなんかじゃない。

 しかもひとりじゃない。ふたりだ。ノイムの頭に、ひとつの可能性が浮かびあがってくる。

 ノイムは隣に立つカデルを見上げた。カデルもまた、難しい顔でノイムを見返す。


「……怖いのか?」


 黙って頷いた。もっとも、カデルが考える怖いと、ノイムが抱いている「怖い」は違う類のものだ。


「院長を呼んでこよう。そしたらきっと――」

「だめっ」

「なんでだ」

「だって、だって……」


 なかに閉じこめられているのは、レオとタランだ。


 うめき声をはっきり聞き取ってから、ノイムの頭には猿ぐつわを噛まされた人間の姿がちらついて仕方がなかった。代理勇者時代には様々な事件に関わった。自分の手で犯罪者を縛り上げたこともある。猿ぐつわを嚙ませたことも。だから、口を塞がれた人がどんな声の出し方をするのかは、よく知っている。


 何より。

 意味をなさない音となっても、毎日のように浴びていた彼らの声を聞き間違えるわけがない。


「カデルは気づかない?」


 ノイムの問いに、彼は眉根を寄せただけだった。


 ノイムの思い過ごしだろうか。それならそれで構わない。開かずの間にはお化けがいる、と頷き合って、今度こそ眠りにつこう。

 むしろそのほうがずっといい。


 そのとき、オレンジ色の光に背中を照らされた。


「どうしたんだ、ふたりとも」


 カンテラを持った院長だった。


 振り返ったノイムはさっと青ざめる。カンテラの明かりが濃くて助かった。でなければ、顔色の変化を院長に悟られていただろう。

 反対に、ちょうどよかった、と言わんばかりに体を弛緩させたのはカデルだ。


「院長、お化けがいる」

「お化け?」

「そこの部屋、音がするんだ」

「……そうか」


 院長の口元は弧を描いていた。それでも目は、笑っていない。年を取って落ちくぼんだ眼窩の奥に、危うい光が宿っていた。


 ノイムは確信した。

 この向こうにあるのは、ノイムたち無知な子供が触れてはいけないものだ。


「ふたりとも、部屋に戻りなさい。きちんと眠らないと、寝坊してしまうよ」

「お化けは?」

「私が退治しておこう。大丈夫、君たちに危害を加えさせはしないさ」

「そっか……これで安心だな」


 にっと笑ったカデルを見つめて、ノイムは力なく頷いた。こっそり深呼吸をする。でないと、声が震えてしまいそうだった。


「うん……あの、ね。寝るまえに、おトイレいってもいい?」

「もちろん。ついていこうか」


 院長の申し出を、ノイムは首を振って断った。


「カデルといっしょにいくの」


 そうか、と院長は頷く。トイレに行くつもりで起きてきて、開かずの間の物音を聞きとがめたのだと、ひとりでに納得したようだった。それでいい。


「いこ、カデル」

「おまえ」


 さっきはトイレじゃないって言ったのに、と言われそうだったので、思いきり睨んで黙らせた。ノイムの剣幕に、幼いながら察するものがあったのか、カデルはおとなしく口をつぐむ。ほっと胸を撫でおろし、ノイムはカデルを引っ張って階段を下りた。


 ちらりと振り返る。

 カンテラを掲げた院長が、板を打たれたドアに向かってなにごとかを囁いていた。

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