129.道、分かれ
ノイムとシンシアの自堕落な生活は、滝壺に向かって水が落ちるような勢いで終わりを告げた。
きっかけは当然、ノイムとシャティアが村を追放されたことである。
これまで村の復興に尽力していたシャティアが、サルシャの町の片付けに回ったのだ。事件の当事者がいるのといないのとでは、事態の収束スピードもまるで違う。ラヴィアスはさぞかし助かっただろう。
身辺が落ち着きはじめると、自然、夕食の席ではそれぞれの近況や、今後の活動方針が話題に上った。
「とりあえず、優勝賞金はきっちりもらえたよ。トワンにぶっ壊された闘技場の……いや、壊したのはほとんどラヴィアスさんか……? とにかく、闘技場の修繕費のぶんが差し引かれたもんで、ほとんど残らなかったけど」
「その代わり、我が家から魔族討伐の報奨金を出させてもらった。きっかけはシャティアさんだったとしても、君たちが動いてくれなかったら、あの魔族はサルシャの町でも、近辺の村でも、かなりの被害を出しただろうからね」
グラスを傾けていたエクシアがにっこりと微笑む。サフィート騎士団が見事に役立たずだったぶん褒賞金には多少の色をつけたそうである。
シャティアがにやりと口の端を吊り上げた。エクシアと並んで座っているので、見事な対比になっている。
「というわけで、結果的には得をした」
シャティアの笑みは倍増しであくどく見えた。
「ただ、ギルドに出したトワン討伐の依頼の報酬をラヴィアスさんに払う必要がある。ってわけで、ギルドに断ってから、団長サンからもらった金を直接ラヴィアスさんに渡したんだけど」
シャティアの目が、エクシアを挟んでさらに隣に位置するラヴィアスに向かう。
ラヴィアスはちらりと彼女を一瞥した。
「間に合っているので、差し上げます。あなたは村を追いだされて住居を失ってしまったのですから、今後なにかと入用になるでしょう」
淡々と答えると、手元の皿に意識を戻す。彼の白い指先は、まったく音を立てない上品な仕草でナイフを操り、肉を切り分けていた。
「だ、そうだよ」
シャティアの笑みが深まる。ここで食い下がったりせず、素直に受け取るところが実にシャティアらしい。
「だから丸ごと鍛冶屋の親父のところに持っていって押しつけたんだけど、半分返された。どこで話を聞いたんだか知らないけど、ノイム、あんたの弓の腕がなかなかだって知ったみたいでね。『あのちび、悪くない』だってさ。あんたの腕を見込んで、弓は半額でいいってことらしい」
「嬉しいような嬉しくないような……」
ノイムは自室に立てかけてある黒塗りの弓を思い浮かべた。
トワンと戦うために、鍛冶屋の親父に後払いで売ってもらった短弓である。ヴァンドラゴンの腱を使った質のいい高級品だ。お得に入手できた点は喜べる。
しかしちび呼ばわりはいただけない。
たしかにちびなのだが、まだ幼いので不可抗力である。これから伸びるに決まっている。将来的にちびではなくなるのだ。だからやっぱり、ちび呼ばわりはいただけない。これは嬉しくない。
「得をしたんで、余った金でノイムの服を新調した。流れの商人にいいの持ってるやつがいてね。魔力を込めて織った布でできた上着。滅多なことじゃ破れないし、血でべっとり汚れても洗えば落ちるし、燃やされたって残る、はず。試してないけど。あとで取りにおいで」
「いつの間に!」
聞くだに値の張る代物である。高級弓をプレゼントしてくれただけでも十分すぎるくらいなのに、もはや申し訳なくなってくる。
「餞別だよ、餞別。あんたたち姉妹は、これから家に帰るんだろ。ラヴィアスさんの手も空いたし、もういつでも出立できるって聞いたよ」
「……なあに、その言いかた」
まるで、シャティアはノイムたちと一緒に来ないとでも言っているようである。シャティアも帰る家がなくなったのだから、ノイムたちと一緒にトパの街に来るのではなかったのか。
疑問を素直にぶつけると、肩をすくめて返された。
「子供の引率はラヴィアスさんひとりで十分だろ」
「……子供の引率…………間違ってはいませんけれど」
ラヴィアスが嫌そうな顔でシャティアを見る。間に挟まれたエクシアがちょっと可哀想だった。
露骨な表情を向けられたシャティアは、怯むどころか楽しそうに笑みこぼした。今度は邪気のない笑顔だ。そのままこちらを見るものだから、ノイムはなんだか落ち着かない気持ちにさせられた。
「あたしはランベルクに行くよ」
さほど大きな声ではなかった。
しかし、カトラリーと食器が触れ合う音だけがある食堂には、驚くほど響いて聞こえた。
「父さんたちの首、埋めてやらないとね。生首じゃなくなったとはいえ、まさか持ち歩くわけにもいかないし」
シャティアの家族の首は、今もシャティアが持っている。適切なものがないからと、寝床のかけ布にくるまれたまま、彼女の部屋に置いてあるはずだ。
トワンから取り返した際には肉も皮もついた生首だったのだが、日を追うごとに姿を変えていった。色褪せ、ほころび、暖炉の薪が崩れて灰になるように骨だけになったのである。もはやそこにシャティアの父や母や兄の面影はない。今シャティアが保管しているのは、個人の区別なんてとてもつけられない、三つのしゃれこうべだった。
嫌な言いかたではあるが、どうも、トワンが魔法で鮮度を保っていたようだ。彼が死んだことで魔法が解け、シャティアの家族の首は、本来の姿に戻ったのだった。
どろどろに腐敗させる心配はなくなった。とはいえ、たしかにシャティアの言うとおりである。頭蓋骨を三つ抱えたまま旅を続けるのは、いろいろと問題があった。シャティアの家族だって、あちこち連れ回されては安らかに眠ることもできないだろう。
「そっか、そうだよね……」
シャティアはいつか、ランベルクに帰って、彼らを埋葬しなければならない。
それはわかっていた。もちろんわかっていたのだが、心のどこかで、ノイムとシンシアをトパの街に送り届けてから――もっと言えば、ノイムがひとり立ちできる年齢になってから、一緒に行くものだと思い込んでいた気がする。
(冷静に考えたら、そんなに待ってくれるわけがないよなあ)
「そんなに落ちこまないでよ、今生の別れってわけじゃないんだからさ」
すかさず言われて、ノイムはちょっと恥ずかしくなった。心を読まれたかと思った。どうも、わかりやすく顔に出ていたらしい。
「埋葬したらすぐ戻ってくる。そしたらあんたたちの街に宿を取って、あっちこっち飛び回ってるラヴィアスさんの代わりに、子守りをしてやるよ。知らないうちに拉致されて、奴隷になっちまったりしないようにね」
茶目っ気たっぷりのシャティアに、ラヴィアスが海より深いため息をついた。
「まったく、今回は本当に酷い目に遭いました。ノイムを連れ戻すだけで済むと思っていたのに……」
「不安なら、あたしが外回りしたっていいんだけど? 代わりにラヴィアスさんがトパの街に残って、ノイムとシシーの面倒を」
「お断りします」
そりゃあ断るだろう、とノイムは思った。
子守りなんて、ラヴィアスからすれば最もやりたくないことのひとつに違いない。旅に同行させてくれと頼んで凍てついた瞳で睨まれた日のことを、ノイムはまだ覚えている。だからこそ、シンシアを助けてそのまま連れ歩いていたと知って、心底驚いたのだが。
ひとりでに納得するノイムとは対照的に、シャティアはなにやら意味深な目をラヴィアスに向けていた。
「あたしにわざわざ話をつけるより、自分で世話しちまったほうが早いだろうに」
ラヴィアスの動きが、一瞬だけ止まった。ノイムは見逃さなかった。
ただひとりラヴィアスの隣に座っているエクシアも、その変化を顕著に見留めたようだ。しばしの間、じっと横顔を観察する。
疑問をたたえたエクシアの碧眼が、シャティアに向けられた。
「話をつけるとは?」
ラヴィアスがわずかに視線を上げる。ガーネットの瞳が咎めるようにエクシアを睨んだ。
生憎と、エクシアはシャティアのほうを向いている。気づくわけがない。
しかしシャティアは気づいただろう。エクシア越しにしっかり見えたはずだ。なんなら、わざと自分から目を合わせて、エクシアに向けられた眼光を代わりに受け取りにいっている。
なにかラヴィアスに不利なことを口にする前触れだ。
「ノイムが寂しがるから、できるだけ早く戻ってきてくれって頼まれたんだよ。最初なんか、あたしが動かなくても済むように、ランベルクには自分が行くのでも構わないとかなんとか言ってたね」
ノイムは思わず、ラヴィアスを凝視した。
もう少しもう少しもう少し……! と思いながら執筆しております。長く続いた五章もあと少しで終わりです。五章が完結したら、二度と同じ轍を踏まないように、きっちり準備をしてから六章を始めるつもりです。今度は計画的なお休みなので!!!!!!!!!!!! 突然失踪するわけじゃないんで!!!!!!!!!!! 許してください。
久しぶりの投稿なのに爆速で最新話を読んでくださった方々がいて、ねずみもちは感無量です。朝の五時に一気読みしたらしい人も(アクセス解析で)観測しましたが、体が心配です。




