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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
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128.義務、果たさず

 シンシアの顔色は面白いくらいにころころ変わる。

 村の付近の森で勇者の剣が見つかったと聞いて驚き、シャティアが村の子供を引き連れて見物に行こうとしたと聞いて目を輝かせ、羨ましがった。


 しかしその明るい表情も、話が暴走熊との遭遇に差しかかったところで凍りつく。

 ノイムがここにこうして無事でいる以上は怖がる理由もないのだが、そうも割り切れないらしい。ノイムの脇腹に刻まれた痛々しい傷跡を見ているからだろうか。熊の爪で掻かれたノイムの痛みを想像したのかもしれない。


 そしてあのとき、ピンチに陥ったノイムは、手近にあった勇者の剣を抜いた。

 その剣をもって熊を倒したことを告げると、シンシアは口をぽっかり開けたまま、わなわなと震えはじめた。


「そんな大事なこと、なんで黙ってたの!!」


 絶叫である。部屋中に響く大音声だった。


 ノイムがテーブルを跳び越えて掴みかかる暇もない。そもそも騒がないで聞いてくれと頼んでおいたはずなのだが、シンシアはきれいさっぱり忘れたようである。ノイムは半ば腰を浮かせたまま、がっくりとうなだれた。


「ラヴィアスさんは知ってるの?」

「いや……というか、ラヴィーさんに知られないために、お姉ちゃんにも黙ってたというか」

「なんで!!」

「声が大きい」

「だって、勇者だよ!? たしかに、ノイムは普通より大人びてて、強いかもしれないけど、でも、でも……」


 眉を吊り上げたシンシアが、向かいに座るノイムを、頭のてっぺんからつま先まで見つめる。


「……まだ、子供なのに! 歳だってあたしの半分しかない」


 身内に勇者の素質があると聞いても、シンシアははしゃいだりしなかった。


 ついこの間、トワンと戦ってぼろ雑巾のようにされたノイムを知っているからだろう。魔族ひとりと戦ってあれだけ酷い目にあったのに、魔王になんて太刀打ちできるわけがない。ましてや未熟な子供の身で。この義姉は、それを正しく理解している。


「心配しなくたって、私は勇者にはならないよ。無謀なことして死にたくないもん。勇者の剣も元の場所に置いてきたし」


 ノイムがこれを言うのも何度目だろう。シャティアにも言ったし、村長にも言った。悲しいかな、村長の理解を得ることは終ぞできなかったが。


「ノイムはそのつもりかもしれないけど、ねえ、知ってる? うちの街の教会のとこに、立て看板があったの」


 ノイムはぎくりと身をこわばらせた。


「怖いこと書いてあったから、あたし、ずっと覚えてる。たしか、勇者がいるってわかってるのに、いませんって嘘つくと……」

「知ってる、超知ってる。『勇者を見つけた者に褒賞を与える。なお、勇者が見出されているにも関わらず、その存在を隠匿した者は斬首の刑に処す。』でしょ」


 サニア国王の名前で出されている、あの忌々しいお触れである。


「私だって一言一句違わず覚えてるよ」


 なにしろ自分のことだ。忘れるわけがない。

 とはいえ、勇者の剣を見つける以前から自分が勇者だと知っていたことは、誰にも話していない。シャティアがうっすら察しているくらいだが、深く突っ込んで聞かれたこともないので、そのままそっとしておいてもらっている。


「難しい言葉で書かれてたのに、よくすらすら言えるねえ。あたしなんて、最初わからなくて、母さんに意味を尋ねたよ……じゃなくって」


 ほう、と感心しかけたシンシアが頭を振る。怒った顔で身を乗り出し、ノイムを睨みつけた。


「知ってるなら、なんでそんなに落ち着いてるの!?」


 またもや絶叫である。


 ノイムとしては、お触れについて悩む段階はとうに突破している。開き直ったと言い換えてもいい。

 この件で、シャティアの村の村長にずいぶん怒鳴られたのは記憶に新し――い、というほどでもなかった。どちらかというと、遠い昔の出来事に思える。村を出てからあまりにもいろいろなことが起こりすぎた。


「慌てたってなにかいいことが起こるわけでもないし。勇者になったら魔王に突貫せられて死ぬし、勇者だってことを隠してるのがバレたら処刑されるんだもん。だったら、もう、私が勇者の剣を抜いたって事実を、全力で隠蔽するしかないでしょ?」


 ノイムが腕を組んで胸を反らすと、シンシアにものすごいため息をつかれた。「そうじゃなくって」と言いながら、ソファーの背もたれに沈む。どうも呆れたらしい。


 ノイムの隣で、シャティアが肩を震わせていた。サイレントで爆笑している。

 どうりでソファーの座面がやけに跳ねると思った。クッションがきいていてものすごくやわらかいので、座った人間の仕草がダイレクトに振動となって伝わるのである。


「死ぬか処刑かの二択なんて、ほぼ人生詰んだようなもんだろ? だから、普通はそこでうろたえるんだよ。あんたが達観しすぎなの」

「別に達観しているわけじゃ……」


 今はまだ、ノイムが危機感を抱く状況にはなっていない。焦る理由がないとも言えるし、実感がないとも言える。


「だいいち、今の本題はそこじゃないよ」


 シンシアが復活して「こんな大変なこと、ラヴィアスさんにも言わないと駄目だよ!」などと言い出したら困る。彼女が静かになったのをいいことに、ノイムは話をずらした。

 勇者の剣は、そもそも、ノイムとシャティアが村を追放された原因から派生した話なのだ。


 ノイムの指摘で、シンシアも本来の話題を思いだしたようである。ぴょんとソファーの上で跳ねた。


「そうだった! ノイムが勇者だってことと、ふたりが村を追いだされたことに、関係があるの?」

「お姉ちゃんがさっき言ったよ」

「んえ?」


 シンシアが体ごと首を傾けた。どうも気づいていない。


「勇者がいることを黙ってたら、処刑されちゃうでしょ。あのお触れについては、村長も知ってた。でも、私が勇者にはならないって拒否して、本当に王都に行かないまま時間が経っちゃったから」


 たとえ今から申告したところで手遅れだろう。

 その場にいない人間が勇者の剣を抜いたとは、とんだ狂言である。戯れ言だと片づけてもらえれば御の字。あとからノイムが本当に勇者だとわかって、「なぜ黙っていた」と詰められてしまえば、村人たちは一巻の終わりだ。処刑まっしぐらである。


 事態がどう転んでも、ノイムはもう、村にとってただの脅威にしかならない。

 とどのつまり、村はノイムという不発弾を抱えることになってしまったわけだ。


「そこに、トワンの襲撃でしょ。魔族が村を襲ったのに、私は勇者の剣を使わなかった。取りに行こうともしなかった。ラヴィーさんのおかげで、死人は出なかったけど、怪我人はたくさん出たし、村はめちゃくちゃにされたから」


 ノイムが見たのはトワンと戦ったあの日だけだが、覚えている限りでも、結構な数の家屋が壊されていた。畑もずいぶん荒れていた。というか、最後にラヴィアスがトワンを吹っ飛ばしたときに巻きこまれたようだった。これはどちらかというと、ラヴィアスの火力調整ミスである。彼に言っても無駄だろうが。


「……それで?」


 シンシアに先を促されて、ノイムは我に返った。


「それで、頭にきちゃったんだよね、きっと。さっきシャティアが言ってた『義務を放棄した』ってのは、まあ、おまえは勇者なんだから魔族が出たら勇者の剣を使って戦うのが常識だろう、そうしなかったのは、村を助けるのに手抜きをしたからだ、みたいな……上手く言えないけど」


 ニュアンスは伝わるだろう。隣のシャティアを見上げると、頷いて返された。さすがの彼女も笑い止んでいる。


 シンシアはすっかり沈黙してしまった。

 体を傾けすぎて、もはやソファーに倒れ込んでいる。顔じゅうにクエスチョンマークが貼りついていた。まだ理解できないらしい。


「…………それだけで? ノイムが勇者になるのを拒否して、村が襲われたときに勇者の剣で戦わなかったから? それだけで?」

「まあ、うん、そう思うのはわかる」


 大人げないとは、ノイムも思う。

 思うが、トワンの襲撃は村にとってそれだけ痛手だったのだと考えられる。いくらなんでも、村長の一言だけで村の住人の追放が決まるわけはないだろう。少なくとも、村民の過半数の同意があったはずだ。

 もう、ノイムとシャティアには関わりたくない。そう考えた村人が、それだけいたということである。


「でも、やっぱりおかしいよ」


 納得できない、とシンシアが顔をしかめる。ソファーに突っ伏して、唸りはじめてしまった。よっぽどモヤモヤするらしい。


 ノイムだって、納得したわけではない。ただ、村がどんな考えでノイムたちを追放するに至ったのか、彼らの思考をなぞって理解できるだけだ。

 それはシャティアも同じようだった。ノイムは彼女と顔を見合わせて苦笑した。


「そうだ、子供たちから伝言」

「……私に?」

「『黙っていなくなる奴があるか、馬鹿野郎』だってさ。要約するとね。みんなご立腹だったよ。連れ出したあたしも怒られたけど」

「うわあ」


 そういえば、サルシャの町へ行くときは、村に黙って出てきたのだ。当然、子供たちにも一言も告げていない。それから一度も、村には帰っていない。トワンと戦った日、彼らの顔は遠目に見たが、言葉は交わさなかった。

 

 もはや村には戻れなくなってしまった。


「子供たちはみんな、あたしらの追放に猛反対だったよ。あたしもノイムも、村を助けようと頑張ってくれたのに、なんで追いだすんだって。子供の意見だから、頭っから無視されてたけど」


 反発する皆の姿が目に見えるようだった。絶対的な味方と呼べる村の子供たちの存在に、胸が温まる反面、ちくちくとささくれ立った痛みも走る。

 結局、ろくな挨拶もしないまま、彼らと別れることになってしまった。


「ちょっと顔を出してみたり」

「会話する間もなく放りだされるよ。あの村狭いし、今は家の建て直しの途中で、見通しがいいから。こそこそ忍び込んでもすぐに見つかる」

「だよねえ」


 断念するしかあるまい。

 ノイムが元気だということはシャティアが伝えてくれているだろうから、それで良しとしよう。

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