第33話 真打ち登場
彼の登場に、わたしは声を震わせて歓喜した。
「ガーラさん……! よく、ご無事で!」
「まー、なんとかな。シーナもこっぴどい目を見てたけど、命に別状はないよ」
その言葉で、わたしの胸のつかえが取れた。
よかった。姉さんも無事なんだ……!
「そういうおまえは?」
「わたしは大丈夫です。でも、ゼルスさんが……」
「うーわ、こりゃひっどいな。こっちはどーにかしとくから、早く手当てしてやれって」
「はい──」
わたしがゼルスさんへ回復魔法の処置を進めると、ガーラさんは黒の神官に向き直る。
「ガーラさんでしたよね。これはどういうつもりでしょう?」
「どうって……見てのとーりですよ。意味のなさそーな弱い者イジメは、ここらへんでやめとかない?」
「弱い者イジメ……?」
諫めるガーラさんに対して、ディスティさまは心外そうに首を傾げる。
彼は依然として笑っていたが……心なしか、不服そうにして見えた。
「酷い言われようですね。ボクは町に危険をもたらしたドラゴンを成敗しただけなのに」
「せーばいー…? これのどこがだよ。あんた、目か頭がちょっとおかしいんじゃない?」
普段通りのとぼけた口調で、ガーラさんは言った。
……この人にその気はないのだろうけど、中々にこき下ろした発言だ。
現にディスティさまの眉はぴくぴくとつり上がっていて、怒気を含んでいる。
「ボクは、アナタの発言のほうが理解不能ですがね。一体なにがそんな不思議なんです?」
「だってあんた、笑ってるじゃん」
──そこで、彼の笑顔が完全に固まった。
「負かした相手を笑いながら痛めつけてる時点で、ただの嗜虐行為だろ。そんなことも知らないんすか?」
「……だったら、なんです? アナタはボクの行いを批判したいんですか?」
無機質な声で、黒の神官は話をつぐ。
ガーラさんはぽりぽりと後ろ頭をかいて、
「いんや。危険だから倒したってところに文句はないよ。けど、それで次にするのがリンチってのは、おかしいと思うんだよな。
第一……成敗するのが目的なら、なんで止めをさしてないのかが不思議だし」
──あ──
それは……確かに、そうだ。
ガーラさんの疑問は、わたしにとっても目から鱗が落ちるものだった。
「町の人達のことを真に思うなら、最優先すべきはドラゴンの駆除一択だ。この町の平穏は、そうしない限り戻ってこないからな。
でも、あんたはそれはしてない。そもそも、ここまで追い込んで半殺しにはしても、命を奪おうとまでしていない……。
ほら、おかしいだろ。言ってることとやってることの辻褄が合わない」
ディスティさまは言葉を返さない。
仮面みたいな笑みを貼りつけて、静かに話の終着を待っている。
「ま、別にそれならそれでもいいけどさ。でもそうなると、やっぱあんたのやってることは成敗なんかじゃないよ。ただの自分勝手な憂さ晴らしだ。
それなら止めるよ。誰かのためじゃなくて、立場の悪い奴を追い詰めるためだけの行いは、見ていて気持ちいーものじゃないし……。
あと、後でシーナにあれこれ言われるのは勘弁してえ」
「く、くくくくっ! なるほど……筋は通ってますね」
ディスティさまが低く笑う。
「同時に、とても反吐が出る話だ。思い出したくないものを思い出しそうで、頭が痛いったらありゃしない……」
ちゃき、と。その手の剣をガーラさんに向けるディスティさま。
今の彼の表情には、ゼルスさんをなじっていた時と同じ、狂気の色がにじんでいる。
「憂さ晴らしに暴れないと──これは駄目そうですねえ」
ガーラさんは、無言で剣を身構えた──。
◇◇◇◇◇◇◇◇
口火を切ったのはディスティさまの疾走だった。
二人の間に開いた距離が瞬きの間で詰められ、その剣先がガーラさんの首元に迫る!
ギィン!
自身の剣で、これを受け流すガーラさん。
白刃と白刃が交錯し、一進一退の打ち合いが繰り返される。
ディスティさまの剣は苛烈だ。
激しい猛攻にガーラさんは受け手に回っているけど、そこに焦りの色はない。
寧ろ、敵の刃を往なす彼の動作は、少しずつ最適化されても見えた。
それはディスティさまも把握しているのだろう。前のめりに身を沈めると、ここ一番の早さで突っ込んだ!
再度、正眼の構えで迎え撃つガーラさん。
──そこでぱっと、ディスティさまの手から剣が放られた!
「ぐっ!?」
慌ててガーラさんはこの投擲を防ぐも、生じた隙は大きい。
懐に滑り込んだディスティさまが、ガーラさんに右掌を突き出す!
「ふっ!」
だけど、ガーラさんも負けてはいない。
直撃よりも僅かに早く身を引き、上体をそらすことでこれを回避する!
びゅんっと、ディスティさまの掌底は空を裂くに留まった。
それとほぼ同時に、ガーラさんは引き込んでいた剣を押し出し、突きを放つ!
がぁん!
鈍い金属音が響いた。
剣の切っ先は神官を捉えていたが、ディスティさまはかえって剣身に肉薄し、自身の左手の甲でその剣の腹を叩くことで、剣ごとガーラさんを弾き飛ばしたのだ。
ほとほと、人間離れした芸当をされる──!
体勢を崩した両者は、互いに距離を取った。
わたしの目は、辛うじて彼らの動きを捉えていたけど……どちらともに、恐るべき反応速度をしている。
でも……これはまだ、序の口のはずだ。
ディスティさまは勿論、ガーラさんも──。
「ちっ……」
黒衣から新たな剣を取り出しながら、黒の神官がガーラさんを見据える。
「アレに反応できるなんて……お強いですね、アナタ。嫌気が差します」
「いやいや。じゅうぶん焦ったっての。あんた、剣が獲物のわりに暗殺者みたいなことをするんだなー」
「呑気な感想ですね。余裕しゃくしゃくですか?」
「えー……。そーいうつもりはないんだけどなー」
「……その顔で言われても、説得力に欠けますよ」
苦々しいものを見る調子で、ディスティさまがぼやく。
肩で大きく息を吸って、呼吸を整え……その眼を開けた。
「仕方ありませんね。それでは次は、防げない攻撃を仕かけましょうか」
──空気が変わった。
右肩に剣を担ぐような八相の構えを取ると、ディスティさまが駆ける。
さっきよりも更に速い!
ガーラさんは両手で剣を握り締めて、これに応じようとした。
「っ!」
しかし。何か嫌な予感でもあったのか、相手が間合いに入る一歩手前で側方へ跳び退く!
どごぉがぁっ!!
轟いたのは、剣戟には場違いな音だった。
それもそのはずで──なんと、彼の剣が薙いだ先の城壁が斬り壊されていた!
驚きに目をみはりながらも、わたしは思い出していた。
そうだ。あの方の剣はゼルスさん……鉄よりも固いドラゴンの爪や肉体を易々と斬ってみせたのだ。
それだけ、ディスティさまが本気になったということなのか──どちらにせよ、あの斬撃を受けようものならただではすまない!
「ガーラさん!」
思わず、わたしは叫ぶ。
ガーラさんは──剣を引いて身構えた。
表情に変化はないけれど、その眼には、確かな光が宿っている。
……大丈夫だ。
あの人はまだ、勝ち筋を見失っていない……!
「ふん……。これでも顔色一つ変わらないですか。ほんと、やりづらい御仁ですね……。その胆力は素直に賞賛して然るべきでしょうか」
「そりゃ、どーも」
じりじりと、双方の緊張が高まる。
わたしが固唾をのんだ、その時。
「≪フレイム・ブラスト≫!」
──その魔法は、真上から降りかかった。
連続で投じられた火炎球に、ガーラさんは大きく後ろに退く。
それはディスティさまも同様だった。
これが意味するのは、今の魔法は完全な横槍だったということ。
即ち──
視線を巡らせれば、魔法の術者はすぐに見つかった。
城とつながる城壁の上。
縁に金があしらわれた真紅の外套をなびかせ、同色の魔法帽をかぶる、魔道士の姿。
「そこまでよ」
この朗々とした声は──まさか──?
「それ以上の交戦は止め、速やかに停戦しなさい。さもなくば…」
青い鎧をまとった兵士達が庭園に流れ込んできて、わたし達はあっという間に彼らに包囲された。
「これはこれは……弱りましたね」
苦笑しながらもディスティ様は刃を収めて両手を上げ、ガーラさんもそれにならう。
二人の対決は、そこで唐突な終わりを迎えた──。
◇◇◇◇◇◇◇◇
城壁から降りてきた魔道士がこちらに歩み寄ってくる。
格好は見慣れなかったけど……肩で切り揃えられたターコイズブルーの髪を手でなびかせる様は、馴染み深いものだった。
かつん、と。彼女がわたしの前で歩みを止める。
「──リオさん、なんですか……?」
「そうよ」
彼女はにっかりと笑って、わたしの呟きに肯首した。
ここまで読んで下さりありがとうございました。7章・完です。
次で1部ラストの章となります。大詰めですね。
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