邂逅Ⅱ
「お侍様はどちらから来られたのですか?」
「江戸だ。」
「江戸かあ。
一度行ってみたいなあ。
きっと賑やかなんでしょうね。」
「場所にもよるさ。
それ程、良い所でもないぞ。
辻斬りや盗賊が跋扈しておる。」
「昔、と言っても五年位前かな。
江戸へ連れて行ってやる、
と言う男が客の中に居たの。
身請けしてくれるのかと思ったらさ、
『抜けろ』と言うのよ。
恐くて出来なかった。
抜けて捕まったらどんな目に遭うか。
でもね、それで良かったのかも知れない。
その男、女衒だったみたいなの。
もう一人の飯盛りがそう言ってたわ。」
「飯盛り?」
「うん、旅籠の仲居で
色も売る女を飯盛り女って言うの。
一軒の旅籠で
二人まで認められているんだって。
で、そのもう一人の飯盛りが女衒に
『江戸へ連れて行ってやる』と
騙されてここに売られてきた、と
言っていたわ。」
「お前はどうして飯盛り女になったのだ?」
「親に売られたの。
小さい頃の話よ。
初めから飯盛りと云う訳じゃなかったわ。
小さい頃は飯炊きや掃除などの
下女の仕事をしていたの。
大きくなって、
飯盛りの一人が身請けされて、
私が飯盛り女になったと云う訳。」
「身請けされたいか?」
「そりゃあね。
でも年寄りは嫌だな。
先に死なれたら、その後、
私一人じゃ生きて行けないもの。」
「苦労ばかりが続くな。」
「あはは、飯盛り女なんて、
皆こんなものよ。
でもね、幸せな時期もあったの。
ここに売られてくる前、
男の子たちと一緒に遊んでいた頃、
あの頃は楽しかったなあ。
チャンバラやって遊んでいたの。」
『えっ?』
「お前、何処の出なんだ?」
「高里という所なの。」
「隣りの藩か。」
「えっ、そうなの?
随分遠くへ
売られてきた気がしていたけど、
割と近くなんだ。
死ぬ前に一度帰ってみたいな。」
「親に会いたいのか?」
「ううん、
私を売った親になんか会いたくない。
あ、別に親を恨んでいる訳じゃないよ。
子供を売らなきゃいけない理由が
あったんだろうしね。
一緒に遊んでいた男の子の中に、
何時もお握りをくれた子がいたの。
その男の子には会いたいな。」
「お前の名は何と言うのだ?」
「お君。」
小四郎にその名の心当たりは無い。
もしかすると
俺の知っている子ではないのかも知れぬ、
と小四郎は思った。
お君は思い出を語り続ける。
「家は貧乏で、
飯を食べさせて貰えない日もあったの。
だけど、お昼には
その男の子からお握りを貰えた。
だから雨の日が嫌いだった。
チャンバラが出来ないもの。
ある日、朝飯を食べさせて貰えなくて、
雨が降っていたけど傘をさして、
何時もの遊び場に行ってみたの。
誰も居なかったわ。
予想していた事だけど悲しかった。
家に帰る頃にはびしょ濡れになっていた。
傘と言っても
ボロボロの破れ傘だったから。
頬を伝う雫が雨なのか涙なのか
自分でも分からなかった。
でも一番悲しかったのは売られた日ね。
親に
『飯、食べさせてやれねえんだ。
許してくれ』
と言われたわ。
『食べさせてくれなくても良い。
嫌だよ、嫌だよー。』
と泣き喚きながら言ったけど無駄だった。
見知らぬ男に手を掴まれて
力尽くで連れて行かれた。
『これから何時もの場所で
チャンバラやるんだ。
嫌だよ、嫌だよー』
と思ったけど、
いくら抵抗しても無駄だった。
その時、子供心にも悟ったわ。
もうチャンバラで遊ぶ事は出来ないんだ、
お握りを貰うことも出来ないんだ、と。
そしたら涙が次から次へと
止め処なく流れて来た。
あの日の事は今でも良く覚えている。
忘れたい事なのにね。」
お君はフーッと溜息を吐いた。
「御免なさい。
こんな話、面白くないわよね。」
「いや………
ところでお前を身請けするのに
いくら掛かるのだ?」
「えっ? 私を囲ってくれるの?」
「いや、別にそう言うつもりではない。」
「なあんだ。
同情してくれるだけなら止して。
身請けだけされて、自由になっても
私一人で生きちゃいけないよ。
どうせ又、同じ様な道に戻るだけ。
むしろ余計に悪くなるかも。」
「そうか。
聞いて悪かったな。」
「十五両」
「えっ?」
「私の身請け代、十五両なの。
大金でしょ。
でも、気が変わって
囲う気になったら宜しくね。
あ、別に期待はしてないから。」
「うむ、一寸、持ち合わせが無いな。」
小四郎に嘘を吐いた自覚は無い。
百両と十両を返して、
篠田家に切り餅(二十五両)を置いてくれば、
財布には江戸へ戻る費用を
少し超える程度しか残っていないからだ。
そう考えれば、持ち合わせが無い、と
いうのは強ち嘘ではない。
お君が幼馴染みだとしても、
江戸へ連れて行く気は無い。
身請けだけして放って置くのは無責任だ。
せめて帰りにこの旅籠に寄って、
お君に二百文を払う事にしよう、と
小四郎は思ったのだった。




