第1章 1
主人公の女装ってよくないですかね?
火事だ。
今いる建物は、火の管理が悪かったのか、自然発火なのか、もしくは放火なのか、理由は判らないが炎に包まれている。
生憎、その大きな炎のせいでそれがどんな場所なのかは判らない。
これじゃ、出口も判らないじゃないか。
しかし、それでも僕は足を動かした。
いや、僕だけじゃない、隣には気絶しているのか目を閉じてこちらにも垂れかかっている、綺麗なロングストレートの髪の自分と同じくらいの年頃の少女。
僕はその娘もつれて、この火の手から逃げなくてはいけない。
昔、聞いた知恵を頼りに、空気が綺麗なところを移動するため、しゃがんで移動する。
人ひとり運んだ状態ではなかなか前に進まない。
それでも僕は前に進んだ。
ゆっくり慎重に。
何となく出口が近くなってる気がした。
「……!」
いや本当に出口はすぐそこだ。
ほんの数メートル先にまだ火が回っていない出口が見えた。
僕は興奮して隣の少女を揺さぶる。
「……ん」
すると、意識が回復した少女が半目を開けた。
「ほら、見て! 僕たち出れる! 助かるよ!」
「……でぐち」
まだ意識が朦朧としているのだろうか、彼女は舌足らずな声で返答する。
僕はそんな彼女を抱いて、また一歩ずつ前へ進んだ。
あと、8メートル。
あと、5メートル……。
あと、3メートル…………。
――ガラッ。
突然脆くなった天井が崩れた。
僕は無意識に少女の身体を前方へ押し出した。
男の強い力で押された彼女は、数歩たたらを踏んだ後、その場で転び――よかった、少女は火の外へ出た。
ホッと肩を落とすと、すぐに熱く真っ赤に燃えた天井が僕を押しつぶした。
「僕、死ぬのかぁ……」
☆ ★ ☆ ★
今日も今日とて嫌な夢を見たようだ。
全身は汗でびしょびしょ。
しかし夢の内容は思い出せないのでなんだかもやもやする。
またいつもと変わらない朝を迎えようとしていた。
「……ん?」
そういえばいつもと違って、階下からは物音がしない。外もまだ薄暗い。
しかし、朝は近いようで、遠くの空で鶏が鳴いているのが聞こえる。
「…………」
今日は僕が可愛い妹を起こしてあげることにした。
マイフェイバリットなプリティでキュアッキュアで、もしかしたら魔法使いもやってるかもしれない妹、カンナは僕の部屋を出てすぐ向かいにある。
自分の部屋から静かに抜け出し、足音を立てないように素早く向かいの部屋の扉へ背中をつけるように滑り込む。
こちらシオン。指定位置へ無事到達。今から潜入する。
静かに、慎重にドアノブへと手を掛け、回し、そして――開ける。
「……!」
「……」
目の前には、今上着を脱いだらしく、下はパジャマ、上は下着だけ、という姿のカンナがいた。
「おはよう。お兄ちゃんが起こしにきてやったぜ」
「ちょ、ちょ……」
「そういえば、最近は少し肌寒くなってきたよな。カンナも風邪には気をつけろよ」
「な、な、な……!」
「隣の宿屋のおばさんの娘さんも風邪ひいちゃったんだってさ。季節の変わり目が一番引きやすいんだって」
「お、お、お」
「じゃあ、そういうことで。……ちゃんと伝えたぜ」
僕はクールに部屋を去った。うん、目的はちゃんと果たしたな。
「何を平然と出ていこうとしてるのーーーー!!!!」
「んがっ」
だというのにカンナは後ろから自分の上着を投げつけてきた。
いいのか?
「……自分の役目も果たしたし、別にいいかなぁ、って」
「何よ自分の役目って! 人の下着姿見ておいて何平然としてるのよ!」
「……じゃ、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまじゃないわよっ!」
「どうしろと。それに裸だったら、カンナも昨日僕のを見たじゃないか、お相子、ってことでどうだろう」
「男が上半身みられるのと、女の子が下着姿を見られるのを一緒にしないで!」
「……そういえば、今日の下着かわいいな」
「話をそらさないで! ていうか、話をそらして何の話題にしようとしているのよ! もっとほかにもあるでしょ!?」
「ブラジャー?」
「何も変わってないじゃない!? 下着っていう言い方が、ブラジャーになっただけじゃない!」
「はっはっは、カンナは今日も元気だなぁ」
「……はあはあ。そ、そうですねぇ。誰かのせいでネ。ほんとお兄ちゃん何しに来たのよ」
「カンナを起こしに来ただけだけど」
「なんでそれなのにどこかのスパイみたいにこそこそ静かに人の部屋に入って来たのよ!」
「……運命、かな」
「何を格好つけてるの!?」
カンナは一つため息を吐くと、こちらに手を差し出してきて。
「返して」
「は? 僕は何も取っていないぞ? じゃ、僕は潔く部屋に戻ります。でわでわ」
「その大事そうに手に抱えてる私のパジャマを返して、って言ってるのよ」
「はっはっは」
「笑ってないで返せ―!」
今日も今日とて僕の異世界生活が始まった。
☆ ★ ☆ ★
ところで、この異世界――ムドオリに住む人間の髪色はとてもカラフルだ。
赤、金髪、青、紫、緑、珍しいのでは銀髪なんて人もいるらしい。クラサ村にはいないけれど。
他にも猫耳、犬耳なんていうのもいるらしく、今すぐに会いに行きたいですね。
ま、その中でも特に珍しい髪色が黒髪だ。
ちなみにクラサ村、この黒髪が4人いる。
まあ、まず僕、シオンだ。日本人だしね。
そして妹、カンナ。カンナに関しては異世界にいる妹であり血縁とかはないから、遺伝とかじゃないとは思うんだけれど。いかんせん元の世界の記憶がないから判らない。
次にセイカだ。肩辺りまでのセミロングな髪型でかわいらしいが、性格に難ありだ。
そして最後に――僕の母、ではない。
「…………」
「…………」
朝食を食べ、家を出て、いつもと変わらず仕事場である井戸の前で突っ立っていること数時間。そろそろお昼時で、カンナとセイカがいつものようにサンドイッチが入ったバスケットを持ってきてくれるのかなぁ、とか考えていたら、彼女は現れた。
艶がかった綺麗なロングストレートの黒髪の彼女が。
彼女は、村に入ってきてそのまま、感情を映さない、または眠そうな、そんな瞳で僕をじっと見つめている。
「…………」
「…………」
じっと。じっとだ。
見た感じ年が近そうな少女に見つめられ、僕は自分の仕事を忘れていたことをお思い出した。
「! ……ここはクラサの村だよ!」
「……」
少女は相変わらず無反応。……と思ったらふいと視線を逸らされ、僕の横を通り過ぎて――
――「なんだ、ただのNPCか」
「……!」
今。
今、何て言った。
急いで少女の方へ振り向いたが、すでに彼女は村の雑踏の中に姿を消していた。足早いなぁ。
それにしても、この異世界に来て初めて、元の世界の言葉を聞いた。
『NPC』
彼女は確かにそう言った。ノンプレイヤーキャラクターの略。RPGゲームなどのモブキャラを指す言葉だった。
「ここは○○の村だよ」
とか言うキャラにはうってつけの言葉。
彼女は元の世界の人間?
そしてここはゲームの世界、なのか……?
「なーに深刻そうな顔してるの?」
「うひゃっ!?}
考え事をしていたら、背中を人差し指でなぞられた。
「あはは、相変わらずシオンはいい声で鳴くねぇ」
セイカだった。
あと隣にはカンナもいる。
お昼らしい。
☆ ★ ☆ ★
「で、さっきの女の子は誰だったの?」
マイフェイバリットな妹が作ってくれたサンドイッチを口に含んでいるとセイカがそんなことを言ってきた。
「さっきの女の子? 誰のことだ?」
「ほら、あたしたちがここに来る前に見つめ合ってたじゃない」
「見つめ合って……? ああ、あれはそんなんじゃないって」
「5分以上は見つめ合ってたわよ」
否定しようとしたがカンナが補足説明をしてくれた。
「……見つめ合ってたというか、ただ一方的にみられていたというか。とにかくそういうんじゃないって、変な勘違いするなよ」
「べっつにぃ~。あたしはシオンがどこの誰とどんなことをしようがぁ~? 関係ないですしぃ~? ねーカンナちゃーん?」
「はい―、全くですよねー」
「……やけにとげのある話し方をするな」
「シオンが誰と仲よくしようと関係ないけれど、あたしは……あの娘とは仲良くしないほうがいいと思うな」
いつもわけの判らん自信のようなものでコーティングされている彼女らしからぬ、どこか剣呑とした雰囲気でセイカは、ハムサンドを頬張った。
「……? なんだ? もしかしてセイカ、嫉妬か?」
「はあっ!? 何言ってんの!? ばっかじゃないの!? そういうんじゃないから、変なこと言わないで! ありえない、ありえないシオンとか生理的にあり得ないから」
「……お、おぅ、そ、そか……」
いや、別にうぬ惚れてたわけとかじゃないけれど、かなり傷付いた。いや、生理的て……。年頃の男の子はそんなこと言われて平然となんかしてられないんだぞぅ。
「そんなシオンにはお仕置きが必要だね」
「……はぇ?」
え、何傷つけられた上にさらに何かされんの? 嫉妬がどうのなんて冗談じゃないか、許してくれませんかね?
「無理、許されないね」
「僕の心の中でのつぶやきに返答するな」
「許されないわ」
「カンナ!?」
なぜか、カンナにまで言われてしまった。
「昨日のわたしの分のお仕置きもあるし」
「あ~、それもあったね~」
「あ、あの……? 今お二人の笑顔がとてもお怖いんですが?」
「「うふふふふふ……」」
☆ ★ ☆ ★
「おや、ここに立ってる坊や変わったのかい? それとも病気かなんかか?」
「えへへー、確か風邪で今はおうちにいると思いますよ?」
「そうか、それは大変だな。季節の移り目は風邪になりやすいからな」
「そうですねー、えへへー」
「それにしてお嬢ちゃんかわいいねぇ、名前は何ていうの?」
「えー、やめてくださいよかわいいだなんてほんとにも―」
「いや、本当にかわいいって、それにそのフリフリしたメイド服もとっても似会ってるよ。で、なまえは?」
「…………えへへー、うちそういうのやってないんで―冒険頑張ってくださいねー」
「お、おう、そ、そうか」
肩を落として冒険者さんAは村の外に出て行った。
そして、僕――いいえ! シオリも肩を落とした。
「はあ……、何で僕がこんな目に」
僕は今、茶髪のロングなウィッグをかぶせられ、フリルがやけに多いメイド服を着せられて、お化粧をされて……いわゆる女装をさせられていた。もうしにたい。
どうやらこれがセイカとカンナの罰ゲームらしい。
当然嫌だったし、何度も断ったし、拒んだが、結果このありさま。力に訴えられたらよかったんだけれど、そういう場合女の子のどこに攻撃すればいいんですか?
女装をさせられて、はじめはすぐにばれて村の笑いものになるのかと思ったが、そういう事もなく、冒険者さんには結構かわいいと受けてたりする。いっそころして。
「ホント……メイド服なんてどこから調達してきたんだよ」
早く家に帰りたい。せつに!
「その願い叶えてあげよう」
「だから、人の心を読むな!」
セイカが現れた。
「ここはあたしが受け持つから、今日はもう帰ってもいいよ~」
「え、やだよ……なんか壮絶に嫌な予感がするんだよね」
「あはは、なーんにもないって……たぶん」
「今多分て言ったろうが!」
「とにかくもう帰っていいよー? それともそんな恰好でずっとここに立っているつもり? もしかしてシオンてそういう……」
「あー! 判った判った! 帰る帰りますから!」
結局、僕はセイカの言われるがままに帰ることになった。
くそ、セイカの奴一体何を企んでいるんだ?
あと、補足だけど、僕にそんな趣味はない!




