プロローグ
何となくギャグよりなお話になると思います
僕、シオンの周りは橙色の大きな炎に囲まれている。
その炎の真ん中で自分は倒れこみ動くことができない。
家が火事になったりした時は、かがんで空気が綺麗なところを移動した方がいいなんて言うけれど、もうそんなことも意味がないくらいに視界は真っ赤だ。
息が苦しい。
心臓は警告をするように痛いくらいに早鐘を鳴らす。
熱い……を通り越してもう痛い。
もう……判っていた。
「僕、死ぬのかぁ……」
☆ ★ ☆ ★
息苦しさで目が覚め、体を起こすと、寝間着は寝汗でぐしょぐしょだった。
どんな悪夢を見ていたのかは思い出せない。しかし気分は最悪だ。
「う……気持ち悪い」
窓からは朝日が差し込み始めている。
カーテンを開けると向かいの石煉瓦でできた家々や商店が見える。小さなクラサ村の街並みだ。……いや、村並みか?
下の階ではすでに物音がしている、母さんと妹が朝食の準備を始めているんだろう。
もう起きてもいい頃合いだ。
僕はそろそろがたが来たのかギシギシうるさいベッドから抜け出し、寝間着から着替えることにした。
シャツと上にはおる緑色のカーディガン、穴の開いてぼろぼろのズボンを準備して、汗でぐっしょりした上着を脱ぐ。
――がちゃり。
という音ともに、
「お兄ちゃーん! かわいいあなたの妹が起こしに来てあげたよー!」
妹が部屋に入ってきた。
上着を脱ぎかけたままの僕と目が合う妹――名前は、カンナ。
どこに出しても恥ずかしくないかわいい妹だ。
その1歳下の14歳の妹は、僕のシックスパックな腹筋を見て顔を赤らめる。
カーッ、みたいな擬音が聞こえそうな感じだ。
「おに、お兄ちゃ……」
「おはようカンナ」
「あ、うん、おはようお兄ちゃん……も、もう起きてたんだ」
カンナは顔をそらしながらぼそぼそと喋る。ちなみに眼だけはこっちをしっかり向けていたりする。
僕は寝間着を脱ぎ捨てて、シャツの袖に腕を通しながら答える。
「ちょっと夢見が悪くて、起きちゃったんだよ」
「それって大丈夫なの?」
心配そうな顔で訊いてくる我が妹をつい抱きしめたくなるが、そんなことはせずに着替えを済ませる。
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「えへへ」
照れ笑い浮かべながら、後頭部をポリポリと掻く彼女をやっぱり抱きしめてみることにした。
「きゃっ!?」
「ああ! かわいいなこのやろうこのやろう!」
「え!? 何それ褒めてるの怒ってるの!?」
「いい匂いがするなー」
最後に残り香を堪能しながら妹を開放することにした。くんくん。
「ふう、ありがとうございました」
「……最近お兄ちゃん毎朝抱きしめてくるよね」
「なんか、こうしないと自分が本当にこの世界にいるのか心配になるんだよ」
「…………」
あら信用されてない。
心外です。
でもしかし実際の話、自分がこの世界にいるか、というよりここはこんな場所だっただろうか、となんだかふわふわしている気がするのだ。
「ふーん、まあ、何でもいいけど。お兄ちゃんにギュッとされるのは嫌いじゃないし」
妹は腰を突き出し、腕は頭の後ろにもっていって脇を見せるようなポーズになる。
お色気ポーズのつもりだろうか。
「もう少し凹凸があれば決まるポーズなのかもしれないけど」
「お兄ちゃんのバカッ!」
「うがっ!?」
カンナは僕が脱ぎ捨てた寝間着を、こちらに放り投げて部屋を飛び出していった。
と思ったらすぐに戻ってきて、
「お母さんがもうすぐご飯だから、って」
「判った、すぐ行く」
言ってからすぐにパタパタと階下に降りて行った。
僕も行くか。
ダイニング兼リビングに行くと、母さんはフライパンで目玉焼きを焼き、カンナは食器の準備をしていた。
いつもと何も変わらない風景。
でもどこか違う気がする。ここ1か月くらいこの胸を漂うこの気持ち。
僕が席に着くとすぐに朝食の用意がされ、目の前には母さんの作った、おいしそうな料理が目の前に飛び込んできた。
「「「いただきます」」」
3人が席に着き、3人で手を合わせる。
なんだか心がホカホカする暖かな雰囲気だ。
しばらく特に会話もなく、料理を食べていると、母さんが声をかけてきた。
「今日もお仕事でしょ。最近村の近くには魔物が出る、って話だから気をつけなさいよ」
何の話かと思ったらそんなことか。
「魔物が出る、ってそれはあくまで近くの森での話だろ? 僕がいつもいるのは村の入り口だし大丈夫だよ」
「でも心配なのよ。父さんもそんなこと言って……」
さっきまでの雰囲気が嘘のように部屋は重く暗い空気になる。
父さんは1か月前、仕事の最中に村に突然侵入した魔物に襲われて死んだ。
そのお仕事は息子である僕が受け継ぐことになったが、今までのところ何も危ないことはなく、むしろこんな簡単な仕事でこんなに高い給料をもらってもいいものなのか、と逆に心配になってしまうくらいの仕事だ。
しかしやはりその話題は暗くなるほかない。
「そ、そう言えば聞いてよお母さん! お兄ちゃんったら最近毎朝抱き着いてくるの!」
カンナはそんな嫌な雰囲気を振り払うように明るい声で話題を変えた。でも正直お兄ちゃんその話題も嫌だな。
そんなこんなで、朝食も終わった。
僕は身だしなみを整えて――と言っても、制服とかがある訳ではないので、髪型を整える程度だけれど――外に出る。
「いってきまーす」
「気をつけなさいよー」
「行ってらっしゃーい、お兄ちゃん」
僕は家族に見送られながら村の入り口のほうへと向かった。
僕ら家族が住むこの村、クラサ村は人口200人程度の本当に少人数の村だ。
しかし、近くの大きな港町と城下町の中継地点にあるため人の行き来は絶えない。
すぐ近くには森や山もあるのでそこから木材を運ぶ人間、海から魚を仕入れる商売人、他にも世界中を旅する冒険者や旅人なんてものもよく通る。
そのため、宿場や酒場、さらに近いうちにカジノもできるとかでそれなりに賑わったところだ。
朝早いというのに村の至るお店はすでに店開きを始めていた。
そんな具合に村の様子を眺めながら歩いていたら、もう村の入り口についてしまった。
入り口、と言ってもそこには門がある訳ではない。
村全体は岩や柵に取り囲まれているが、そこだけ特に何もなく、あるのは井戸と「ようこそ、クラサ村へ」という立ち看板だけだ。
そしてそろそろ明かしてもいいだろう。
僕のしている仕事というのは、何を隠そう――
――「ここはクラサの村だよ」
――と、井戸の前に立ち、村にやってきた商人や木こり、冒険者や旅人に声をかける、というものだ。
何を隠そう、というかできることならずっと隠していたかった。
井戸までくると、そこに立っていたショートカットのボーイッシュな少女――セイカが声を掛けてきた。
「あ、シオン」
「おはよう、そしてごくろうさま、セイカ」
僕は夜にその仕事をしていたセイカと交代して井戸の前に立った。
実はこの仕事、シフトせいなのだ。
「いつも悪いな、夜の方の仕事をさせて」
「ううん、いいよ別に、気にしないで。あたしがやりたくてそうしてもらっているだけだし。それに夜の方が人の量が全然少ないからちょっとさぼってもばれないしね」
「そんなこと言って、夜のほうが魔物も危険なんだぞ」
「シオンはお母さんにそう言われて、自分がいるのは村の入り口だから大丈夫、とか言ってるんでしょ?」
セイカはふふん、と得意げな笑みを浮かべる。
「何で知ってる……って訊くまでもないか」
「あはは、シオンのお母さんがいつも言ってるよ」
「あの人はすぐになんで喋るからな……」
「しょうがないよ。お母さんもシオンが心配なんだから」
「……僕もセイカが心配なんだけどな」
「え?」
「っ! なんでもないよ!」
「あはは、ちゃんと聞こえてたから安心して、ありがとうね」
「もうお前早く帰れよ!」
「ハーイ、今帰りまーす」
セイカはそのまま、あははと笑って家の方へと帰っていった。
ったく本当に人を食ったような性格をしている。
「ここはクラサの村です!」
思考を中断して、村に入ってきた一組の冒険者のパーティーにお決まりの言葉を向けた。
☆ ★ ☆ ★
村にやってきた人々にお決まりのセリフをぶつけたり、村について訊かれたことに答えたりしているうちに時間はお昼時となった。
そろそろカンナがお昼を運んでくる頃だろう。
どうせだからいま説明するが、僕たちがやってる仕事はこれだけではない。
もちろん基本この村にやってきた人に声を掛ける、というものだが、しかし本来の目的はそうではない。
僕たちはいわゆる門番なのだ。
しかし、入る人間を規制したりなどは特にしない。
規制し削除するのは魔物だ。
先ほどからちょくちょく話に出てくる魔物は、クラサ村すぐ近くの森に多く潜んでいる。
そのため、誰かが村の入り口で見張りをするものが必要だった。
それが僕たちだ。
だから、僕も幼馴染のセイカも小さい頃から剣術や武術の鍛錬を仕込まれてきた。
そんなある程度は強く、ベテランともなれば村の英雄とでも言えるような仕事だが、そのベテランの父さんは死んだ。
村の近くに来る魔物と言っても、だいたいはゴブリンのような弱いものばかりだが、父さんが戦って、そして殺されたのは大きな銀色の毛皮を持ったライオンだった。
だから一応危険な職業ではあるのだ。
今まで魔物を見かけたことないけど。
そんなこんなで時間が半刻くらい過ぎた頃、
「お兄ちゃーん」
「シオン―ッ」
少し大きめのバスケットを持ったカンナとセイカがやって来た。
「なんで、セイカまで……。夜ずっと働いてたんだから、寝といたほうがいいんじゃないのか?」
「あはは、そんなこと言わないであたしも混ぜてよ」
「そうだよお兄ちゃん、セイカ姉も私たちの家族みたいなものなんだから」
「……まあ、いいけどさ」
ただ、心配なだけだ。
今はそうでもないけれど、セイカは昔は病気がちな女の子だったし。
でも、ご飯を食べる時は大勢のほうが楽しいし、ダメなんて言えない。
「じゃ、食べようか、今日の弁当は何かな?」
「今日は、なんと~……じゃーん!」
カンナがバスケットを開けて見せてきたのは、おいしそうなサンドイッチだった。
「……わーい、うれしいなさんどいっちだー」
「言いたいことがあるならはっきり言っていいよお兄ちゃん……」
「……毎日これだよね」
「わたしの得意料理ですから」
正しく言うと唯一作れる料理だ。
まあ、おいしくないとかじゃないからいいんだけどね。
手元のタマゴサンドを取ろうと手を伸ばす。
「もーらいっ!」
「んなっ!}
するとタマゴサンドに手が触れる寸前でセイカによって奪われた。
「あはは、早いもん勝ちだよ」
「だからってわざわざ僕が手を伸ばしたものを食べなくてもいいだろ!」
得意げな笑顔を浮かべるセイカに愚痴を述べる。まあ、無意味だと判ってるんだが。
「おいしー!」
反省の色なんて全く見せる気のない成果が頬に手を添えて身悶える。
なんて幸せな顔をするんだろうか。
そんな彼女に作った本人であるカンナも満面の笑みだ。
「ありがとう、セイカ姉! お兄ちゃんったらそういう事言ってくれないんだよー」
「それはひどいね。こんなにおいしいものをごちそうになってるんだからちゃんと言葉や態度で示さないといけないよね」
「……言いたいことがあるなら本人の方を向いて言ってくれ」
カンナとセイカは本当の姉妹の様に仲良くお喋りしている。
女三人寄れば姦しい。いや、三人いないんだけどさ。
仲がいいのはいいことだ。
その中に僕も入れてくれれば尚、ありがたい。
こちらも見ずに攻撃してくるのは、ほんと、うん、罪悪感が刺激されるのだ。
「だってよ、カンナちゃん。何をしてもらおうか?」
「そうだよねセイカ姉。ちゃんと態度で示してもらいたったほうがいいよねー?」
「そうそう。愉快なのがいいね」
「……………」
「「うふふふふふふ……」」
罪悪感が刺激されるからって話を掛けるんじゃなかった、と今更ながら、遅まきながらに後悔してます。
僕はいったい何をされるんだろうか。
……は、初めてだから優しくしてねっ。
☆ ★ ☆ ★
結局、お仕置きというか何というかは後日に持ち込まれることになった。
彼女たちの最後の笑顔を見た限りでは、僕にとって生涯最悪の災厄がやってくるかもしれない。
……はあ、今から憂鬱だ。
今は午後のお仕事だ。
お仕事とか言うと何をやってるのか曖昧になってしまうから、この職業にも何か確かな名称が欲しいものだ。
まあ、そういうわけでずっと立ってます。
今のところ誰も村にやって来る者はいなく暇だ。
どうやら村の近くで目撃された魔物の討伐に多くの人が向かっている、というのが原因らしい。
父さんの敵は、父さんを殺した後にすぐ行方をくらまし、今もなお行方不明なので、魔物退治に村の外に出るのにも大群が必要なのだとか。
話によると魔物はゴブリンらしいし、見つかり次第一瞬でかたがつくだろう。
なんてだらだらと井戸の前で過ごしていると、日が沈み始め、村の入り口にぞろぞろと重武装の輩が大勢やって来た。
ゴブリン討伐部隊だ。
その討伐部隊の中の一人――ガタイがよく、顔に獣に引掻かれたような傷跡がある男だ――がこちらに気付くとまっすぐ向かってきた。
他のメンバーは「疲れた」だのなんだとぼやきながら村の奥の方へと向かっていった。酒場に行くのだろう。
「おっす、シオンのぼうず」
「こんばんは、リンガーさん」
話し掛けてきたのは僕の父さんの友人だった男で、僕と面識がある。
「若いのにご苦労様だな」
「いえいえ、ご苦労様も何もただ立って、声を掛けるだけですから。こんなの小さな子供できますよ」
「だが、仮に魔物が村に侵入してきたら一番最初に戦わないといけないのはお前だ」
「まあ、そうですね。父さんが死んでしまった時からその覚悟はできています」
「……そうか」
リンガーさんはどこか哀愁の表情を浮かべながら答えた。
いや、実際それは正解なのだろう。
父さんが銀色のライオンと戦っていた時、リンガーさんはその場所にいたという話だ。
父さんを助けられなくて後悔しているとも言っていたことがある。
だからと言って、僕がリンガーさんのことを逆恨みで怒ったり、恨んだりなんて不毛なことはしない。
だから、そんな表情を浮かべるリンガーさんを励ますように口を開いた。
「それに今日に限って言えば、ご苦労様なのはリンガーさんたちでしょう。ゴブリン退治に行っていたんですよね?」
「……ん、ああ、それなー」
あ、これも何かダメな話題だったか?
リンガーさんは首裏をかきながら気まずげに空を見ている。
「ああ、そんな顔すんな、ちょっと今日は見つけられなかったってだけだ。明日も見てくる予定だしな。それにもしかしたら、って言ってたのはいい年した婆さんだしな、見間違いだった、なんてこともあるかもしれん」
「そうですか。じゃあ、明日も頑張ってください」
「おう、ありがとうよ」
リンガーさんはいかつい顔にしかし愛嬌のある笑顔を浮かべて去っていった。
「わっ!」
「うわぁっ!?」
と、ガタイのいい男たちを見送っていると、突然後ろから肩をたたかれた。
「……ってセイカか」
「お仕事ご苦労様」
「リンガーさんに言われるのとセイカに言われるのとでは、なんでこうも感じる気持ちが違うんだろうな、言ってることはほとんど同じなのに」
「あはは、照れるなあ、そういうのは~」
「言ってくと今のは全然嬉しくない、ってことだからな」
憎まれ口を叩いてもセイカの奴は相変わらずいつものように、あはは、と笑顔を浮かべている。
……本当、どうやったらこいつを凹ませられるんだろうな。
「そろそろ交代の時間だよシオン」
「ああ、もうそんな時間なのか」
僕とセイカで12時間ごとのシフトだ。
もうそろそろ6時で交代の時間だ。
「ちゃんと休めたのか?」
「安心して。あたし、徹夜には自信あるんだ」
「いや、今のどこに安心要素があったんだ?」
「……さあ?」
「自分でも判んないのかよ!」
なんて言ってるうちに6時を伝える鐘が鳴り響いた。
「とりあえず体には気をつけろよ。もし疲れていたりしたらいつでも変わるから」
「はあい。本当に心配性なんだからシオンは」
「絶対だぞ。絶対疲れたら言うんだぞ」
「判ったって」
今の判ったは判ってないときの判った、だったが、これ以上あいつに何を言っても聞かないんだろう。
頼ってくれてもいいんだけどな。
僕はセイカと交代すると家へと帰った。
あとは朝と同じく母さんと妹が用意した晩御飯を食べて、なんとなくお昼のことを思い出して「ごちそうさま」とは別に「ありがとう」を言ったりして、目を丸くした母さんと、照れ笑いを浮かべるカンナに見送られながら自室へと向かった。
あとは寝間着に着替えて寝るだけだ。
それが僕の日常。
何事もない幸せな日常……。
「んなわけあるかあああぁぁあぁぁっっっっ!!!!」
僕は枕に顔を目一杯埋めながら叫んだ。
「え、お兄ちゃん、何か言った―?」
それでも声は聞こえるようで、向かいの部屋にいるカンナから声が飛んできた。
「なんでもなーい!」
すぐに返事を返す。
それよりも今の現状が問題だ。
僕の名前は柊紫音。
1カ月前まで日本に住んでいた。
……はずだ。
いや、はずだ、と言うのはなんとなくそういう気がするからだ。
僕はその日本で暮らしていた。しかしそれしか思い出せない。
家族構成。友人。その他諸々。
何となく異世界に飛ばされた、と言う事しか思い出せない。
しかしそれと同時に、この異世界――ムドオリと呼ばれているらしい――で15年間過ごした記憶も持っているのだ。
一体どれが本当で、どれが偽物なのか判らない。
まあ、今いる場所を考えればムドオリの方が現実なんだが。
じゃあ、日本での記憶は? 柊紫音とは?
そんなこんなで自分が本当にこの世界にいるのかが不安になるのだ。
「ああ、本当ふわふわしてるー……」
そんなこんなで、僕は自分のこともよく判らないまま一日を終える。
毛布や枕のざらざらとした感触は嫌に現実っぽかった。




