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奇襲


西暦2018年8月6日午前8時15分

日本人民共和国 広島市上空 高度10,000m


「……スーパーフォートレスにつげる。こちらは日本人民共和国防空軍だ。貴編隊は日本人民共和国の領空を侵犯している。直ちに進路を変更し、こちらの誘導に従え……」


 長谷川恭平少佐は最早ゲンナリしていた。性も魂も尽き果てるといった感じだ。それもそのはず、B-29への警告通信。この通信は、6時30分過ぎにB-29と接触して以来、かれこれ一時間半以上も続けている。


 一時間半! バカげた時間だ。これほどの長時間、同じ内容の通信を聞き続けないといけないとは! 彼は憤る。

 途中で何度か無線機のスイッチを切ろうとはした。だが、それは出来なかった。不審機がこの周波数で応答する可能性があったからだ。その結果として、彼は無線機をオフにすることも出来ずにいたわけだ。

 まあ、陰鬱になるのも無理はない。


「畜生。忌々しいB-29め! 一体全体、何を考えてやがるんだ!」


 狭い機内で憤る。時刻表示によると、現在は8月6日午前8時15分。わざわざそんな時を狙って広島上空を飛行するとは! 素晴らしい! 結構なことだ! 彼は悪態をつく。


 眼下の広島市では今頃、原爆犠牲者追悼式典が開かれているに違いない。原爆犠牲者追悼式典は、米国と資本主義陣営の極悪非道ぶりを世界に喧伝する極めて重要な行事だ。当然、この式典には多くの政府高官や外国首脳が出席している。


 日本人民共和国最高会議議長、日本人民共和国最高会議幹部会議長、人民最高法院議長の三権の長たち。さらに外国からは、ソヴィエト人民共和国連邦大統領や朝鮮共和国大統領、満州共和国共産党総書記、モンゴル人民共和国国家主席、中原人民共和国大総統、ワルシャワ条約機構軍最高総司令部議長、駐日ソ連軍総司令官、などそうそうたる顔ぶれだ。


 それ程の御歴々の出席している上空で、B-29を飛ばすなどとは! 帝国主義者どもめ!

 憤慨する彼は、B-29を睨め付けながる。


「ん?」


 そこで彼は、違和感を持つ。


「爆弾倉が開いた?」


 B-29の爆弾倉が開き、幾つかの物体を落とす。それらの物体のほとんどは、投下後すぐに落下傘を開いて減速していく。だが一つだけ、落下傘を開かずに自由落下していくものがある。


「連中……何を落としたんだ?」


 長谷川少佐は疑問に思う。これが攻撃であるなどとは考えない。戦争(ゲーム)にはルールがあるからだ。米国が、宣戦布告も無しに戦争を始めることなど無い。彼は標準的な日本人民共和国民の一人として資本主義を嫌悪していたものの、その程度にはアメリカ軍を信頼していた。


 だが……それは誤りだった。


 西暦2018年8月6日午前8時16分

 そのとき、それは起こった。


 閃光!

 同時に警報音が鳴り、コクピットの液晶画面に赤い警告表示がともる。少佐はその内容を確認し、戦慄する。


 核攻撃警報!

 機体に備えられた放射線検知器が、基準を超える放射線を検出、警報を発したのだ。


「散開! 散開せよ!」


 少佐は命令を発する。部下たちは即座に反応した。8機の戦闘機は訓練どおりの手順で散開し、互いに距離を取る。

 指揮下の機体が全て十分に分散したことを確認した彼は、機体の状況を確認。


 異常なし。

 どうやら、耐電磁放射設計は所定の機能を果たしたようだな。安堵した彼は編隊へと通信を送る。


「ディリフィーン01より全機へ、状況知らせ」


 応答はすぐにきた。


「ディリフィーン02、異常なし」


「03、機体正常」


「ディリフィーン03、問題ありません」


「04、火器管制装置に異常。予備に切替。交戦可能」


 各機が報告を上げる。


「ディリフィーン01、こちら05。第二小隊全機異常なし」


 どうやら全機問題ないようだ。彼は命令を出す。


「反撃する」


 不思議と冷静だった。怒りもなければ、混乱もない。訓練の成果だな。彼は何とはなしにそう思った。祖国が攻撃を受けた以上、反撃する。訓練通りの手順を機械的にこなすだけだ。


「俺と02は敵一番機を狙う。05、06は敵二番機を、07、08は敵三番機を狙え。03と04は予備とする」


「「了解!」」


 各機からの返信。それを聞く前に、彼は自機を緩やかに加速させ、敵一番機へと機首を向ける。

 アフターバーナーに点火するまでもない。敵はすぐ目の前にいる。火器管制装置を作動させる。

 目標との距離は6000m。地上ならそれなりの距離があると言えるが、21世紀の戦闘機にとっては目と鼻の先だ。外すはずもない。使用するのは04式空対空誘導弾。推力変更式のロケットモーターを搭載し、旧世代のミサイルとは比較にならないほどの高機動性能を有する。B-29のような旧式爆撃機ではひとたまりもない。

 彼は発射ボタンを押した。


 軽い衝撃。ミサイルが切り離され、機体がわずかに軽くなったためだ。ミサイルが眩しい光を発しながら目標へと猛進する。それを見つめながら、彼は再度発射ボタンを押す。再び軽い衝撃。二発目のミサイルもまた、突進している。


 閃光。


 先程の核爆発によるものと比較すれば、子供の玩具のようなホンの僅かなもの。だが、効果は劇的だった。ミサイルが爆発し大量の破片を撒き散らす。それをもろに食らったB-29は大きくよろめき、左主翼が引き千切れる。再度の爆発。それは二発目のミサイルによるものか。あるいは航空燃料に引火したのか。B-29は火達磨になった、落下していく。


「ディリフィーン01、一機撃墜」


 僚機のディリフィーン02がそう報告する。

 残りの二機の状況は?

 少佐は周囲を確認しようとしたが、そうするまでもなかった。すぐに報告が上がったからだ。


「ディリフィーン07、目標撃墜」


「こちらディリフィーン05、撃墜した」


 これで確認していた敵機は全て撃墜した。

 他に敵機は? 電探画面を確認。自機が捉えた情報に加えて、30km離れたところを飛ぶ空中警戒管制機(A-50)からもたらされた電探情報にも、敵機や未確認機は存在しない。彼は周囲を見回す。目視で確認するためだ。米軍には多数のステルス機が存在する。電探では探知できない機がいる可能性もある。

 だが、見つからない。ステルス機が侵入しているにしても、少なくとも目に見える範囲にはいない。


 ふう。

 息を吐く。初めての実戦。意外と緊張していたようだ。とたん、腕の痺れに気付く。操縦スティックを強く握りすぎていたのだ。

 そのことに気付いた彼はかすかに唇をゆがめる。自分の未熟さを自嘲したのだ。

 そうして、彼は眼下を見やる。


 広島は燃えていた。


 それに、映像資料で見たあのきのこ雲。実物は、映像で見るよりもはるかに巨大で圧迫感がある。


『なんてこった……第三次(・・・)大戦が始まっちまった』


 誰かの呟き。


 それは間違いだった。この時、世界はまだ第二次(・・・)大戦の中にあったのだから……。



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