第五話 サーカス団②
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「全く冗談じゃないわ!この忙しい時に、設営の遅延だなんて!」
会場の視察から戻ってきた道化師の男は、自テントに着くなり苛立ち気に吐き捨てた。部屋に備え付けてある簡易椅子を乱暴に引き寄せると荒々しく足を組んで座る。
彼の名はクライヴ=ルーイン。顔に異様な道化師の化粧を施し、服は高級な貴族のジャケットを羽織っている。なんとも珍妙ないで立ちだが、変わり者の集まるサーカスをまとめるれっきとした一座の座長だ。彼は一息つくと控えていた側近を睨みつけた。
「……で、見つかったの?」
クライヴは前置きもなく側近に尋ねた。その視線は身体が凍らされるかと思うほど冷たく、長年の付き合いである側近でさえ一瞬息を詰まらせる。
「いえ……、行方をくらましたと聞いてからこの数日、町の様子を窺っていましたが、一向に姿は見当たりません。ひょっとしたらもうすでにこの町にはいないのやも」
「それはそれで大事じゃないのよ。あいつはアタシ達の事を知ってるのよ?言いふらされて寝首かかれるなんてアタシは御免よ」
目を泳がせて挙動不審になった側近の報告にクライヴは鼻を鳴らした。部下たちにある者の捜索を命じていたのだが、こちらも一向に進展がなかったらしい。側にあったジャグリング用のボールを壊れんばかりに握りしめると、それを見た側近がますます震えあがる。
クライヴはポケットから葉巻を取り出すと先端を口にくわえた。片方の指を天にかざすとその先にどこからともなく青白い炎が灯り、クライヴはその火で葉巻に火をつける。役目を終えた火は再び何事もなく霧散し消えた。
魔術。
それは言葉にすれば簡単だが、この世の誰しもが使えるわけではない。こう言った簡単な術でも使えるものはこの世界でもごく少数に限られる。かつてこの国に生きていた術師と呼ばれる者たち。八百年前シルキニス王によって迫害を受け隠れて生き続けていた者たちだ。
そしてこのサーカス団にはそのごく少数の人間の割合が大半を占めている。それはこのサーカス団が術師たちの隠れ蓑であるからだ。
「もし、アタシ達サーカス団が術師の末裔の自衛組織だと知れれば、国府もおそらく黙っちゃいないわ。また多くの同胞が失われるかもしれない。そうならないために、何としてもあいつを捕らえなくてはいけないのよ」
だから血眼になってでも見つけなさいと側近に命ずる。相手も真摯に頷いたが、その一方で彼の顔には疑問符が浮かんでいた。
「しかし座長、その件もそうですが、数日前の謎の凱旋についても調べるというのはどういうことなのですか?」
側近の問にクライヴは渋面になった。
この一座は毎年このラージュの謝肉祭で目玉となるサーカスを開催している。祭りの観光客にも好評で、ここ数年は定例の行事となっていた。クライヴもこの事に強い誇りを持っていて、謝肉祭の花形はあくまでも自分であり、その他大勢の楽団や劇団は全てその前座だとも思っている。事実謝肉祭が盛り上がるのは彼らの一座がパレードを行ってからだ。賑やかな町は一層華やかになり、ようやく祭りも本番を迎えるのだという気になる。
ところがもう間もなく彼らの登場という時に、町中で民衆の話題を一挙に集めたとんでもない催し物が開かれたという。曰く、世にも珍しい火を吹く虎と翼が生えた男が町中で壮大な見世物を行ったらしい。生で見た者は少ないが、その奇抜なスペクタクルショーは一夜のうちに町中の噂になった。
あれはどこの劇団の見世物なのか。早く本番がみたい。
そんな声が町中に飛び交い、もはや町はお祭り騒ぎだ。サーカスが始まるよりも前に、それ以上の関心事が客の中で話題になっていた。
「少し興味があるのよ。アタシ達より前に観衆の興味を掻っ攫っていったその強者がどんな奴等なのか」
「それだけ……、ですか?」
「それだけよ、なんか文句ある?」
クライヴが睨みつけてやると、側近は勢いよく首を横に振った。
「とにかく最初の件が最優先よ。いい?これはサーカス団だけの問題ではないの。下手をすればアタシたち術師一族の存亡にも関わる事よ。……失敗は許されない、何としても捕らえて、アタシの前に引きずり出しなさい。アタシたちが万全の状態でショーをするためにも、ね」
クライヴは吸っていた葉巻の煙を側近に吹きかけた。さっさと出ていけ、と暗に告げると側近はたじたじになってテントを出て行った。
後に残ったクライヴは深いため息をついて椅子の上で仰々しく胡坐をかいた。その顔は座員たちに見せていたような唯我独尊な表情ではなく、やや疲れの見える年相応の青年のそれになっていた。
(まったく、次から次へと心労の絶えないことだわ)
葉巻を加えながら、クライヴは先ほどサーカスのテントですれ違った男の事を思い出していた。
「何となく、そんな感じがしたんだけど……。何分こっちは本物かどうかわからないしねぇ」
独り言を呟くクライヴの瞳には濃い紫の靄が渦巻いている。




