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第四話 市中凱旋③

 ◆

 リリスとアロマキャンドルを作った後、明日はお菓子を作ろうと約束をした。しかもその材料を買いに行くために一緒に外に出る事にまでなった。


『あの子が自分から出かけたいなんて言うのは初めてだよ』


 女将はとても嬉しそうにイスカにお礼を言った。その日の夕食が他の宿泊客に比べて豪華だったのはきっと気のせいではない。

 夕食後、イスカは上機嫌でジンロの帰りを待っていた。彼に早く今日の首尾を伝えたい。上手くいったのもジンロの助言があったからこそだからだ。


 昨日、リリスの部屋に置いてあったキャンドルを見てそれがどこで入手できるのかを聞いてみた。イスカのいたメルカリアでは、教会のキャンドルを持ちかえる風習が無かったからだ。


『それはたぶん修道院が敷設されているからだろうな』

『修道院?』

『聖職者見習いが修行の為に自給自足の清貧な生活を送るための施設だよ。そこではお勤めとして教会に必要な備品なんかの製作もやってるんだ。だからミサのときに余った蝋燭やお菓子を子供に配るんだよ』


 メルカリアの教会には修道院は無かったからそういった風習が無かったらしい。ともかく修道院に行けば

詳しい話を聞かせてくれるとジンロは言った。


『店では売ってない薬品なんかも独自に精製しているから、困った時は行ってみたらどうだ?』



「ジンロ、早く帰ってこないかな」


 ジンロは仕事が長引いているからなのか、夕食の時間になっても戻ってはこなかった。仕方なく一人で食事を済ませ、部屋で窓の外を眺めながら彼の帰りを待っている。

 町の中心地から少し離れたこの宿だが、祭りに浮かれる人々の喧騒はここにまで届いていた。どこからか花火の爆発する音や歓声も聞こえる。

 ランプを消して暗くした部屋の中で、イスカは窓の縁にもたれかかっていると、不意に背後のドアが開いた。


「……ジンロ!おかえりなさい!」


 現れたのは少し疲れた顔をしたジンロだった。嬉しそうに近づいて来るイスカを見て目を丸くする。


「お前、まだ寝てなかったのか?」

「うん。ジンロに早くお礼が言いたくって」


 イスカが今日の事を話すと、ジンロも優しく微笑んだ。


「……そうか、よかったな」


 イスカの頭を撫でる手が優しい。だが、イスカは無意識に眉を寄せた。


 ―――ジンロの様子が、いつもと違う。


 そう思ったのは何故だろうか。早く寝ろよ、と離れていってしまうジンロの手を思わず掴んだ。


「――?」

「……あ。ご、ごめんっ」


 自分でもよくわからない、突飛な行動だった。引きとめたはいいものの、何かを言おうとしたわけではなく、しどろもどろになって手を放す。

 ただこのまま離れたくなかったのだ。それは、昼間の喜びをもっとジンロに話して聞かせたかったからなのか、或いはジンロの背中がひどく頼りないものに見えたからなのか。

 言い淀んでいるイスカの元に、するりと腕が伸びてきた。そのままイスカの身体はジンロに引き寄せられる。


「―――!?え、ちょっと、ジンロ!?」


 いつの間にかイスカはジンロの腕の中にいた。月明かりしかない薄暗い部屋で、イスカはきつく抱きしめられていた。パニックになって逃れようとするが、相変わらずの力加減でイスカの抵抗は無駄に終わる。


「ジンロ?」

「……」


 恐る恐る頭上にあるジンロの顔を覗きこもうとしたけれど、薄暗さに加えて首を固定されているせいでその表情が全く見えない。

 間近でよく見ると、ジンロの服はあちらこちらが解れてよれよれになっていた。微かに血の匂いもする。何かトラブルに巻き込まれたのではないだろうか。


(一体何してたのよ……)


 目の前にいるこの人が何を考えているかわからない。ただ微かな息遣いとイスカと同じ速さで動く心臓の音だけが聴こえてくる。


 ドクドク


 鼓動は速い。気が動転しているイスカはともかく、どうしてジンロがこんなに速いのか。

 ジンロはただ黙ったままイスカを抱きしめる。何をするでもなくただ無言で、その存在を確かめるように―――


「――――――」

「―――え?」


 ジンロの消え入りそうな呟きにイスカは思わず声をあげた。ようやく見えたジンロの表情は今まで見た事の無いほど苦しそうだった。

 ジンロはそっとイスカの身体を離すと、今度こそ何も言わずにソファの方に向かっていく。イスカはただ茫然とその背中を眺めていた。


 ―――手放せたら、どんなに楽か


 何について言ったのかはわからない。けれどもその言葉はイスカの心臓に重くのしかかる。


(どうして、そんな事言うの?どうしてそんな辛そうなの?)


 先ほどまで浮かれていたはずのイスカの心は、あっという間に深い泥濘(ぬかるみ)に沈んでいった。

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